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「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

北京五輪で女子ソフトに「悲願の金」をもたらせた感動のドキュメント

 2020年東京オリンピックパラリンピック競技大会の開催日まで、後580日ほどになった。採用されている各スポーツ種目の代表選手はほとんど決定していないが、特に追加種目として採用された野球やソフトボール、空手等の5競技18種目のスポーツ選手にとっては、ほとんど消えていたオリンピックの代表選手入りという大きな夢が現実味を帯びてきたのできっと奮起しているのではないかと思う。そして、その夢を実現するために、日々の厳しいトレーニングや代表選手を選考する熾烈な試合に命を削るような思いで臨んでいるであろう。結果はどうであれ、一人一人のアスリートたちには悔いのない日々を送ってほしいものである。

 

 話は変わるが、私の自宅近くに市立中央図書館があり、仕事が休みの日には時々立ち寄ることがある。私がよく借りるのは、最近の直木賞作家である葉室麟氏や青山文平氏の時代小説、哲学や倫理学・教育学関係の学術書、健康やスポーツ関係の本などである。特に現在の職場に勤務するようになってからは、健康やスポーツ関係の本が多くなった。その中で、私としては珍しくスポーツ・ドキュメント『あの一瞬―アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか―』(門田隆将著)を借りた。

 

 題名に興味を引かれたこともあったが、次のような理由もあった。私が市内のある中学校長の時、本書の著者・門田隆将氏が著した『甲子園への遺言―伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯―』というドキュメントを読んで大変感動し、『伝統の打撃コーチ・高畠導宏から学ぶ―「甲子園への遺言」を読んで―』と題する校長講話をしたことがある。それ以来、私は門田隆将という作家に興味をもつようになったからである。取り上げた人物の真実の姿に肉薄する著者のドキュメンタリー作家としての資質に、私は惚れ込んだのである。

 

 本書は、「オリンピックという魔物」と「アスリートの原風景」という二部構成になっており、挫折から這い上がってくるアスリートたちの闘志と努力の物語を綴ったドキュメントを各部5編ずつ取り上げている。著者は、アスリートたちが極限の戦いに挑む時に、何が彼らを鼓舞し、支えたのか、そこにしっかりと目を向けている。本書の取材で筆者は多くのアスリートを訪ね歩きながら、「われわれにとって最も貴いことは、一度も失敗しないということではなく、倒れるたびに必ず起き上がることである。」という劇作家のオリバー・ゴールドスミスが残した言葉を何度も思い起こしたそうである。取り上げられているドキュメントは、どれも感動的である。私は、真実の重みを伝える一つ一つの物語に引き込まれていった。

 

 その中でも私の心を大きく震えさせたのは、『志は国境を越えて~女子ソフト「悲願の金」をもたらした女の輪廻~』と題したドキュメントであった。平成20年に開催された北京五輪女子ソフトボールで、準決勝と決勝の二日間に413球を投げて、日本に金メダルをもたらした最大のヒロイン・上野由岐子投手のことは約10年の歳月を経た今でも多くの人の記憶に新しいと思う。私は、当時これらの試合をテレビで観戦していて、上野投手の強靭な肉体とタフな精神力、そして並外れた投球術に度肝を抜かれた。素質の高さはもちろん、きっと常人には想像もできないような厳しい練習を積み重ねてきた結果の表れだろうと思った。しかし、それだけではなく、その裏側にこのような物語があったからこそ、日本の女子ソフトボールに「悲願の金メダル」をもたらせたのだ!

 

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 アテネ五輪で銅メダルに終わった直後、上野は壁にぶち当たっていた。その上野に世界一のアメリカ行きをもちかけたのは、「日本に金メダルをもたらすこと」を夢見ていた帰化人・宇津木麗華(中国名・任彦麗)だった。なぜ中国人の麗華が日本のために…。それは、若い頃から憧れていた日本代表チームの小柄なサード・宇津木妙子に教えを乞うことで、麗華は打撃の奥深さを知り、その技術を飛躍的に向上することができた。その恩返し故である。そして、麗華と共にアメリカに渡った上野のコーチ役を引き受けてくれたのは、シドニー五輪アメリカ代表のクリスタ・ウィリアムズ投手だった。アメリカの投手が、アメリカに勝つことを夢見ているライバル国・日本の投手のコーチをする。日本・中国・アメリカ。日本女子ソフトボール界に悲願の金メダルをもたらした背景には、ソフトボールが好きでたまらない、国境を越えた「女たち」の出会いと因縁があったのである。「スポーツという文化」のもつグローバル性と精神性を象徴する感動のドキュメントであった。

 

 このような胸を熱くするようなドラマが、各スポーツ界には人知れず展開しているであろう。2020年東京オリンピックパラリンピック競技大会という表の舞台の熱戦を体験することもさることながら、その裏で展開されている感動的なドキュメントについても、追体験的に知りたいものである。