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『心の健康』を示す尺度について~SOCやレジリエンスという概念~

   「健康」というととかく身体面に目が行きがちである。確かに病気になったり怪我をしたりすると、日常生活を円滑に営むことが難しくなるので、私たちにとって「体の健康」はとても大切な関心事である。しかし、同じく日常生活に大きな影響を与える「心の健康」については、どうであろうか。私は精神面にも身体面と同様、いやそれ以上に目を配る必要があると思う。 

 

 そこで、今回は「心の健康」を示す尺度について書かれた『人間にとって健康とは何か』(斎藤環著)という本から学んだことをまとめてみたい。

 

 本書は、気鋭の精神科医である斎藤環氏がある雑誌に「健康は生成する」というタイトルで掲載した連載を加筆修正して一冊にまとめたものである。具体的な内容は、病気の原因を探り除去する「疾病生成論」(パソジェネシス)から、健康の原因を探り支援・強化する「健康生成論」(サルトジェネシス)へという、近年の医学界に起きている健康の考え方のパラダイムシフトを踏まえて、特に「心の健康」を示す尺度としてのSOC(センス・オブ・コヒーレンス、首尾一貫感覚)やレジリエンス(抵抗力・復元力)などの概念を解説し、その有効性について多様な事例を紹介しながら実証している。また、「健康と幸福のパラドックスの謎」についても論究している。

 

 まず、「心の健康」を示す尺度の筆頭格であるSOCを構成する要素には、「把握可能感」(わかること)・「処理可能感」(できること)・「有意味感」(意味があること)の三つがある。そして、この三つの要素をバランスよく発達させることが、「心の健康生成」においては重要である。また、SOCはストレスフルな刺激すらも健康を高める素材に転換してしまう力を備えており、SOCが高い人は楽観性や高い目的意識だけでなく、ストレスをストレスと感じない、ある種の「鈍感力」をもっているのである。さらに、SOCは人生の早い時期、だいたい30歳くらいまでに後天的に強化される学習性の感覚とされているが、その後も発達する場合もあり、生涯にわたってその発展は続くと言われている。

 

    では、SOCの発展を促す経験は?と問えば、第一に価値観の共有、ルールや習慣に基づく経験、つまり一貫性のある経験。第二に適度なストレスがかかる経験。第三によい成果が得られた場合、そこに自分自身も参加し影響を及ぼしたという経験なのである。私たちの人生においても、これらの経験を積み重ねていきながらSOCを高めたいものである。

 

 次に、SOCと同じくらい重要な概念であるレジリエンスについて。レジリエンスについては多くの研究者がテーマとしており、その概念規定には様々な意見がある。それらを敢えて要約すると「逆境を乗り越えて適応する力」とまとめられる。SOCが「同じであること」に重きを置いているのに対して、レジリエンスはどちらかと言えば「柔軟性や多様性、変化」の重要性を強調している。「心の健康」という視点から言えば、どちらも重要であろう。また、「信じやすさ」(反面では、「騙されやすさ」)がレジリエンスを高めるという説がある一方、これと対立する研究成果も報告されている。まだまだ研究の余地がありそうだ。

 

 なお、レジリエンスの高さと倫理性の高さが常に両立するかどうかは難しい問題である。歴史を振り返っても、ヒトラーポル・ポトスターリンなどの独裁者たちはレジリエンスが高い人物であった。それぞれに人生の様々な苦難を乗り越えてきたが、反面「悪」の心を肥大化させてしまった。なかなか難しい…。

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 最後に、幸福度がレジリエンスを高めることは知られているが、私たちの関心が最も高いのは「幸福とお金」の関係であろう。これまでの研究成果から、幸福度と富には必ずしも相関関係がないことが分かっている。食べるに困らないだけの収入があれば、後は条件次第で人はいくらでも幸福になれるというデータもある。私は今、妻と二人で清貧生活を送っているが、十分幸せな気分で日々を過ごしている。反対に、経済的に恵まれていても、不幸な人生を歩む人が少なくないことを私たちはよく知っている。富は幸福の絶対条件ではないのである。