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孫にとっての〈ことば〉の世界について考える(2)~浜田寿美男著『「私」とは何か-ことばと身体の出会い-』を参考にして~

     前回の記事では、『「私」とは何か-ことばと身体の出会い-』(浜田寿美男著)を参考にしながら、初孫Hにとっての「〈ことば〉の世界」の手前になる「意味世界」形成の構図や道筋について、特に私たちじじばばとHとの間における「三項関係」の具体的な様相を交えながら説明してみた。多分に言葉足らずの記事だったのではないかと反省しているが、そこは私の説明能力の乏しさが原因になっているので、その点ご容赦願いたい。

 

 そこで今回は、Hが「意味世界」から「〈ことば〉の世界」へどのように移行・発展していくのか、その構図や道筋についてHの今の発達情況も踏まえながら説明してみたい。この作業を通じて、できれば私たちじじばばのHへの今のかかわり方に妥当性があるものなのかどうかを知る手掛かりにしたいというのが、私の本音である。

 

 著者は、人間の声が〈意味するもの〉としての〈ことば〉の要素となるのは、自分と相手が相互に声を「かける-かけられる」関係として、声を介した「三項関係」を成り立たせているからにほかならないと言っている。また、その声は深く情動とつながっており、このことは〈ことば〉の発生の過程で大きな意味を持っていると強調している。つまり、声=情動の世界の共有ということがあるからこそ、声は〈意味するもの〉という、〈ことば〉の交換を担う不可欠の要素として、人間の世界に根を下ろしてきたのである。具体的に述べよう。この世に生れて間もない頃から私たち周りの大人は、Hが〈ことば〉を理解することができないことを重々承知の上で、しきりに声をかけ、しっかりと〈ことば〉でもって語りかけてきた。一方、Hの方も、最初は泣き声で、次第に喃語を発しながら、その声の調子で何かを訴えようとし、また現にそれだけのことで何かが伝わる実感を得てきたと思う。また、それ以外にもまなざしを交わし、身体を触れ合わせ、抱き合い、ものを受け渡しし、そのもので一緒に遊び、声をかけあう…まさにこのような何気ない日常のやりとりこそが、Hが「意味世界」から「〈ことば〉の世界」へと移行・発展する過程を保障することになっているのである。

 

 では、そのような中からHにとってはっきりと「〈ことば〉の世界」が成り立っていくのは、どのような道筋があるのであろうか。

 

 この点について著者は、声をテーマにする「三項関係」と、ものの体験をテーマにする「三項関係」が、〈ことば〉につながるものとして問題になると指摘している。例えば「母親が子どもと一緒になって犬と遊びながら、『ワンワン、かわいいね。』と声をかける」という一つの事態の中に、この二つの「三項関係」が重なり合っていると言っている。そして、この重なり合いの中で、「ワンワン」が犬であるという結びつきを、大人の側から子どもの側に同型的に敷き写して、〈意味するもの-意味されるもの〉の記号的関係を染み込ませていくのである。つまり、この二つの「三項関係」の重なり合いによって声が体験とつながり、〈ことば〉が成り立つという訳である。前回の記事で構図として描いた「意味世界」の敷き写しと同じように、「〈ことば〉の世界」についても、大人から子どもに向けて、互いの共同の生活を通して敷き写しが行われていくのである。もちろん忘れてはならないことは、このような「〈ことば〉の世界」の敷き写しが可能になるのは、人間の脳が本来的に備えている言語獲得装置的な基盤を前提としているということである。したがって、脳のこの部分に欠損があれば、前述したようなコミュニケーション基盤が整ったとしても、言語獲得的な機能が働かないことになり、「〈ことば〉の世界」が成り立たないことになる。

 

 私はHが発語する有意味言語数が少ないことを心配し、脳が備えている言語獲得装置的な基盤の欠損について多少不安を持っていたが、前回の記事で記したような今のHの発語内容を考慮すれば心配することはないと判断している。一般的に男の子の方が女の子より発語に関しては年齢的に遅い傾向があるらしいので、今のところ私たちじじばばのHへのかかわり方は現状のまま、つまり前回及び今回の記事で述べたようなかかわり方を大切にしながら、今後のHの様子を見守っていこうと考えている。

 

 今回の説明も前回同様、あまり要領のよいものにはならなかったなあと反省しきりである。皆さんの中で、もっとこのような内容を詳しく知りたい方や、子育てや孫育ての最中で私と同様な悩みや心配をしている方がいたら、本書はとても参考になるものであり、発達心理学研究における「発達論的還元」の手法を用いた新たな知見を得ることができるので、ぜひ本書をご一読されることをお勧めしたい。私自身、とても多くの学びを得ることができ、本書に出合えたことを心より感謝している。