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「がんもどき理論」や「がん放置療法」を提唱する「近藤誠理論」は間違っている?!~勝俣範之著『医療否定本の嘘』を参考にして考える~

   本ブログの本年1月26日付けの記事の中で、中村仁一、近藤誠著『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の内容の一部を紹介した。その後、著者の一人である近藤氏の著書『がん放置療法のすすめ~患者150人の証言~』を読む機会があった。その中で著者は、全てのがんは「本物のがん」か「がんもどき」のどちらかに属し、「本物」は初発がん発見のはるか前に転移しており、他方、がん発見当時に転移がない「もどき」は放置しても初発巣から転移が生じないことが確認できたと述べている。したがって、著者によればいずれの場合でも治療をすることは意味がないという結論に至るのである。これが近藤医師の提唱している「がんもどき理論」の骨子であり、「がん放置療法」の基本である。

 

 これに対して、「ミリオンセラー近藤本に騙されないがん治療の真実」というサブテーマを掲げた『医療否定本の嘘』の中で、著者の勝俣範之氏は次のような見解を示している。「近藤医師はがん医療の問題点を浮き彫りにしたことは評価できますが、すべてを否定してしまったために、かえって患者さんを惑わせ、現場にいっそう混乱をもたらしたことは、大きな問題であると思います。また、しっかりとした治療をおこなえば治っていたであろう早期がんを『放置』することによって、進行がんになり、命を落とすという犠牲者まで出ています。」がん患者にとって「近藤誠理論」はマイナスに作用する面もあるというのを知り、私は改めて再考する必要を感じた。

 

 そこで今回は、「がんもどき理論」や「がん放置療法」を提唱する「近藤誠理論」は間違っているのかどうかを、本書で述べられている勝俣医師の見解をもう少し詳しく紹介しながら検討してみたい。

 

 まず、「がんもどき理論」の嘘について。「がんもどき理論」の問題点の一つは、「がんもどき」に相当する「放っておいても進行しないがん」を最初から見分けることができないということだと彼は述べている。また、もう一つの問題点は、「放っておいたら進行して、いずれは命を奪ってしまうけれど、積極的治療によって治るがん、延命・共存できるがん」がすっぽり抜けていること。つまり、近藤医師はすべてのがんを「本物のがん」と「がんもどき」の2つに分けているが、実際には少なくとも次の4種類に分けられると言っている。①放っておいても進行しないがん ②放っておいたら進行していずれは死に至るけれど、積極的治療で治るがん ③積極的治療を行っても治癒は難しいけれど、治療で延命・共存できるがん ④積極的治療を行っても、治癒も延命・共存もできないがん 「がんもどき理論」では、真ん中の2つ(②と③)がすっぽり抜け落ちているため、治療が全否定されているわけである。それは、積極的治療で治るはずのがん、延命・共存できるはずのがんをみすみす見逃してしまうことになるので、大きな間違いだと主張している。実際に、少数ではあるが、がんが転移しても、なかには積極的治療によってがんが治る人もいるとのこと。どうも「がんもどき理論」は主張点を強調するためか極論的なものになっているのではないだろうか。

 

 次に、「がん放置療法」の嘘について。「がん放置療法」は、過剰な医療は避けるべきだという警告であるなら、その点は評価できると彼は述べている。しかし、近藤医師は自説に誘導するために一部の正しいことを極端に誇張しているところが問題なのだとも言っている。そして、がんが治る可能性が高いのにもかかわらず、積極的治療を勧めずに「放置が一番」と言うことは、医学的にも科学的にも倫理的にも大問題だとも批判している。また、実例の中で近藤医師の「放置療法」の説明の仕方は、とても適切な説明がなされたとは言い難いそうである。「治療をしても無駄」「放置しなさい」と一方的に自説のみを強調するのは、適切なインフォームド・コンセントとは言えないのである。さらに、「放置療法」は「研究的治療」として第三者の倫理委員会に治療計画を提出し許可を得るべきだが、それをせずに患者さんに研究的治療を行っているのだから、「人体実験」をしているようなものであるとも厳しく糾弾している。

 

 標準的にがんの積極的治療は、手術・放射線抗がん剤のがんの三大療法を適切に組み合わせながら行っている。また、がんの治療法を決める際には、疾患側の要素(がんの発生部位、ステージ、組織型、遺伝子発現型など)と、個々の患者さんの要素(年齢、合併症、家族歴、既往歴、全身状態など)に分けて考えている。そして、がん専門医院ではキャンサーボード(外科医や腫瘍内科医、放射線治療医などの専門家が集まって、がん患者さんの治療方針を決定していくカンファレンスのこと)を月1回以上開催することが必須になっており、そこで患者さん側の要素も考慮に入れて詳細に治療方針が決定されることにより、患者さんに最適ながん治療の方針が立てられることになっている。彼はその過程でもっとも大切なことは、患者さん個々の価値観や想い、希望を尊重していくことだと強調している。

 

 最後に、彼はステージ4の胃がんでも、積極的に治療することにより7.5%の治療成績が得られているエビデンスを示して、転移性のあるがんでも治るがんがあることを「がんもどき理論」や「がん放置療法」ではまったく説明できないと指摘している。さらに、近藤医師を信じて標準的治療をすべて拒否し、元の主治医を離れていった後、インチキな免疫療法などにつかまって、十分な緩和ケアを受けることもなく亡くなった患者さんがいることが一番残念で悲劇だとも主張している。

 

 私は、以上のような内容が本書によって分かったので、「がんもどき理論」や「がん放置療法」を提唱する「近藤誠理論」を金科玉条のようにとらえる愚かさを知ることができた。また、自分がともすると弱者や敗者の気持ちや立場に立ったつもりで絶対正義を守ろうとする感情論に流れて、一見正論のような見解を鵜呑みにして絶対化してしまう傾向があることも再認識した。何事もおいても一つの見解を絶対視せず、「相対」的な見方や「中庸」的な態度を保持しつつ思索を深めることが肝要なのである。本書は、私によい学びの機会を与えてくれた。感謝、感謝!

 

 追伸;今回の学びをきっかけにして、『長尾先生、「近藤誠理論」のどこが間違っているのですか?~絶対に後悔しないがん治療~』(長尾和宏著)も読んでみた。本書は、「近藤誠理論」を信奉するフリーライターが長尾氏にインタビューをするという構成で、「近藤誠理論」も「現代の医療界」にもそれぞれ問題点があると指摘する町医者による、主治医に訊けない“絶対患者目線”のがん治療論になっている。各論点について「中庸」の立場で冷静に検証しているので、大変学ぶべき点が多かった。