ようこそ!「もしもし雑学通信社」へ

「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

生徒や保護者にとっての「部活動」のブラックな面について考える~中小路徹著『脱ブラック部活』を参考にして~

   以前の記事で、「部活動」指導に係わる教員の「働き方改革」の現状及び今後の行方について綴った。その際に、「部活動」が学校の教育課程外の「生徒による自主的、自発的活動」でありながら、「超勤4項目」以外は原則的に時間外勤務が職務上の命令できないにもかかわらず学校の教員が指導するというグレーゾーンの活動であることが、生徒にも教員にも「強制」と「過熱」という負の面を生じさせる誘因になっていることに触れた。

 

 そこで今回は、生徒や保護者にとっての「部活動」のブラックな面について、『脱ブラック部活』(中小路徹著)を参考にしながらまとめてみたい。

 

 本書は、朝日新聞入社して以来スポーツ記者を長年務めた後、現在は「スポーツと社会」担当の編集委員をしている著者が、5年間、「部活動」について取材したことを基に執筆したものである。内容は、顧問の教員や生徒及び保護者の立場からとらえた「ブラック部活」の実態を明らかにしている。また、暴力的指導としごきや多発する重大事故という側面から「部活動」の問題点を浮き彫りにして、なぜそれらの問題点が起きるのかという理由や背景等について考察している。さらに、「脱ブラック部活」への模索をしている実践の場を紹介しつつ、これからの望ましい「部活動」の在り方について展望しており、私は多くのことを学ぶことができたので、以下にその一端を紹介しようと思う。

 

 まずは、生徒や保護者にとっての「部活動」のブラックな面の実態について。子どもが長時間の「部活動」に拘束されて疲労困憊になり、余裕のない日常生活を送らざるを得ない情況を目の当たりにすると、保護者は居ても立ってもいられない気持ちになるであろう。本書で紹介している「兵庫県尼崎市の中学校のある球技部に娘が入っている母親」や「東京都の中学校のソフトテニス部に娘が入っている父親」は、そのような情況を解決しようと自ら行動を起こし「部活動」改革を追究していった実例である。しかし、抜本的な解決への道のりはまだまだ遠い。また、「近畿地方の中学校の陸上部に長男が入っている母親」は、「部活動」の強制加入と生徒の志向に合わせられない指導内容等について改善してほしいと学校や顧問に働き掛けたが、なかなか改善されないと半ばあきらめている。これらの事例は、生徒にとっても保護者にとっても「部活動」のブラックな面として強く認識されているものである。

 

 次に、暴力的指導としごきという側面からとらえた「部活動」の問題点について。2013年1月に明らかになった大阪市立桜宮高校の男子バスケットボール部の主将の自殺事件や、柔道女子の日本代表で監督をはじめとする指導陣が強化合宿などで選手に暴力を振るった事件は、まだ耳目に新しいと思う。その後、日本体育協会(現・日本スポーツ協会)をはじめとする各種スポーツ団体が暴力根絶に向けて鋭意取り組んできた。しかし、未だに「部活動」の暴力的指導は根絶されていない現実がある。その理由について著者は、体罰=暴力的指導を受けるとそれを肯定的にとらえがちになり、「負の連鎖」を生む傾向があること、絶対的な指導者の下で恐怖心もあって隠蔽する傾向があることなどを挙げている。また、歴史的な背景として著者は、戦前から学校でスポーツを行うために「自己犠牲」「集団主義」「精神鍛錬」といった道徳や心の教育を施すことが重視され、「楽しみ」より優先されたこと、それ故に「心を鍛える」という名目でたたくことが正当化されたことなどを挙げている。さらに、日本のスポーツ界全体において監督崇拝が強いこと、「部活動」の成績が内申書や調査書に明記され、進学に影響することなどが体罰=暴力的指導を許す土壌を生んでいるとも言っている。私は中学校・高校と野球部に入っていた時に、指導者ではなく先輩から体罰=暴力的指導やしごきを受けた経験があるが、それらによって大いに心が傷ついた。自分が先輩の立場になったら、絶対にそのようなことはやらないと心に決め、実行してきた。「負の連鎖」は自分が断つという強い気持ちを一人一人が持ってほしいと心から祈っている。

 

 さらに、多発する重大事故という側面からとらえた「部活動」の問題点について。著者によると、柔道部では大外刈りによる重大事故が多発しているという。また、熱中症による悲劇も後を絶たない現状もある。これらの原因について著者は、柔道ではまだ受け身が十分身に付いていない初心者に段階的な指導を行わなかったり、体重差や力量差がある組み合わせによったりして重大事故は起こっていると言っている。また、熱中症に関しては体格・体力(特に肥満気味で耐性が弱い生徒)に配慮した練習メニューの未作成、WBGT(気温、湿度など総合的な暑さを示す指数)の軽視、しっかりとした給水時間の未確保、普段から生徒とのコミュニケーションがとれる指導姿勢の乏しさ、比較的涼しい朝でも危険であるという認識不足等を原因として挙げている。したがって、これらの原因分析に基づいた再発防止策を取ることが不可欠である。しかし実際は、再発防止策の情報が運動部顧問に行き届いていないのが現実である。学校は、各顧問が担当している競技の専門的な知識や安全な指導法を含めた研修を受けさせるようにしなくてはならない。また、重大事故の再発防止を妨げる元凶とも言える「学校や教育委員会の隠蔽体質」を打破するために、公正な調査委員会の設置と適正な運営等を行うルールが適用されつつある。この点での「脱ブラック部活」がより一層進むことを私は念願している。

 

 最後に、これからの望ましい「部活動」の在り方について。著者は、「上意下達の強圧的指導」「選手の自主・自治が弱い環境」「勝利至上主義」「スポーツだけの狭い世界」という体質を払拭されることで、本当の意味の「脱ブラック部活」は成し遂げられると強調している。そして、2018年3月、スポーツ庁がとりまとめた「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が「脱ブラック部活」への歩みを促進していると期待を込めて述べている。その中で、今までは顧問を務める教員の「働き方改革」の側面から近年の行き過ぎた「部活動」に対する問題提起をリードしてきたが、練習のやり過ぎは子どもの発達発育にも悪影響を与えるというスポーツ医科学の根拠を出しながら、保護者への説得力を持たせ、ガイドラインに実効性を持たせようとした点を著者は評価している。トレーニング効果を上げ、けがを防ぐためにこそ、適度な休養が必要なのである。この点、私も全く同意する。

 

    また、競技志向だけではない、生徒のニーズを踏まえた多彩な運動部の設置を求めている点も特筆すべきことである。2017年4月、東京都世田谷区の船橋希望中に「軽運動部」ができた。月に2回ほど、1時間~1時間半の活動をする。競技志向ではなく、「体を動かしたい」という生徒が、ボクササイズやダブルタッチ、チアリーディング、ブラインドサッカー、バランスボールの体幹レーニング、ミニテニスなどの活動を楽しんでいる。「勝つことを目指すのがスポーツ」とか「ひとつの競技をやりきるのが美徳」とかといった今までのスポーツの固定観念を翻す運動部活動が誕生していることは、「スポーツは遊び」という本来的な意味を取り戻すことにつながる素晴らしい取組だと私は嬉しく思う。今後、私が常々主張している学校の「部活動」を地域のスポーツクラブなどへアウトソーシングしていけば、さらに生徒のニーズを踏まえた多彩な運動部活動が保障されるのではないだろうか。