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「発達障害」の特性をどのように理解し、どのように対応すればいいの?~本田秀夫著『発達障害-生きづらさを抱える少数派の「種族」たち-』から学ぶ~

 前々回の記事において、2005年に寝屋川事件を起こした少年の犯行動機と「広汎性発達障害」との関連について綴りながら、私は「発達障害」全般に対する理解を深めていく必要性を強く感じた。そもそも私が「発達障害」に対して強い関心を抱いたのは、今から20年ほど前に昇任教頭として山間部の僻地小規模校に赴任していた頃、学校教育において「特殊教育」から「特別支援教育」へのパラダイム・シフトが図られたことがきっかけであった。その当時、特別支援学校や特別支援学級に在籍する子どもたちと共に、通常の学級に在籍しているLD(学習障害)・ADHD(注意欠陥・多動症)・高機能自閉症等の「発達障害」のある子どもたちに対する特別の支援の在り方が問われていた。私は学校管理職として、特別支援教育をよりよく推進するために、まず自らが「発達障害」の特性を理解することが大切だと考え、関連文献を読み漁り、自己研修を深めていたのである。したがって、当時から私なりに「発達障害」の特性について理解していると思っていた。しかし、それは十分ではなかったことが、最近『発達障害-生きづらさを抱える少数派の「種族」たち-』(本田秀夫著)を読んでよく分かった。

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 例えば、寝屋川事件を起こした少年が診断された「広汎性発達障害」は、当時、言語発達の特徴等によって「自閉症」や「アスペルガー症候群」等に細かく分類し、それらの総称として呼ばれていたが、現在はそれらの様々な状態をまとめて「自閉スペクトラム症」(ASD)と呼ばれているようになっている。また、ASDの主な特性は、「臨機応変な対人関係が苦手」なことと「拘(こだわ)りが強い」こと。具体的には、場の空気が読めない、独特の言葉遣いをする、人に対して一方的なかかわり方をする、興味の範囲が狭い、手順やルールに拘るなどの行動が見られる。これらの特性は、先の加害少年の犯行動機にも少なからず影響を与えていたと思われる。ただし、「ASDの人は犯罪を起こしやすい。」というように、短絡的に「発達障害」と犯罪を関連付けることは慎まなければならない。もしASDの加害少年の特性を、周りの人々が十分に理解し適切にかかわっていれば、寝屋川事件のような事件を起こさなかったかもしれないからである。

 

 そこで今回は、第二の寝屋川事件を起こさないためにも、「発達障害」の特性をどのように理解し、どのように対応すればいいかについて、本書から学んだことをまとめてみたいと思う。

 

 まず、精神科医として30年以上「発達障害」を診療してきた著者は、今までの臨床経験に基づく様々な事例を挙げながら、「発達障害」の中でも割合がかなり多いにもかかわらず、十分に理解されていない「発達障害が重複しているために、個別の発達障害の特性に強弱が起きて、複雑な現れ方をしている人」のことを中心に解説している。この点、本書は私が今までに読んできた「発達障害」の入門書や解説書の類とは一線を画している。

 

 「発達障害」の入門書や解説書の多くは、ASDやADHDなどの特性のうち、どれか1種類だけが存在している人の事例を基に解説している。だから、そのような人の場合は「発達障害」があっても、文献で解説している内容に近い行動が見られるので、シンプルに診断することができ、対応もしやすくなる。そうすれば、生活上の支障もある程度、防ぐことができる。しかし、「発達障害の重複」がある人の場合、見られる特性に強弱が起きて分かりにくくなり、中には「発達障害ではない」と診断される場合も少なくないという。その理由の一つに、「発達障害」の専門家でも、「重複」に特別に注目している研究者が少数しかいないことも影響しているのであろう。だからこそ、本書のもつ意義は大きいのである。

 

 また、著者は、「発達障害」の特性は必ずしも障害となるものではないという考え方をもっている。具体的に言うと、もともと自閉スペクトラム(AS)や注意欠陥・多動(ADH)などの特性があり、それが生活の様々なバランスの中で支障となった時に、ASDやADHDの特徴として現れてくるのではないかという考え方のことである。この考え方によれば、実際の病態としては、発達の特性が存在するだけであり、その段階で気付くことができれば、生活上の支障をかなり予防できることになる。だから、「発達障害」を理解するためには、生活上の支障がほとんど出ていない特性の弱いケースもよく検討していく必要があり、本書の中にはその検討結果の成果として「発達障害」の「強弱と重複のイメージ」図を掲載してくれている。私は、この図は「発達障害」の特性をとらえる見取り図として、大変有効ではないかと思った。

 

 次に、著者は「発達障害」への対応の基本について、次のように述べている。発達の特性が分かったら、その特性に合わせて生活環境を整えること、換言すると「環境調整」を行うことが大切である。「環境調整」をもう少し詳しく説明すると、一般的には特性を周りの人に理解してもらい、周りの人と一緒に生活環境を調整すること、また本人が自分なりに世渡り術を身に付けていくことを意味している。ただし、特性が強い場合やすでに二次障害が起きている場合など、「環境調整」だけでは状態の改善につながらないケースもある。その場合は必要に応じて「療育(治療的な教育)」や「福祉サービス」といった「専門的な対応・支援」を受けること、カウンセリングや薬物治療等の「医学的な治療」を受けるという対応法があり、本人の状態によって、それらを使い分けるのが重要になってくるのである。本書では、その中でも特に生活面の「環境調整」について詳しく解説されており、「発達障害」のある人やその家族等にとって大変参考になる。ぜひご一読を勧めたい。

 

 最後に、著者は「発達障害」のことを「~ができない」病気と考えるのではなく、「~よりも~をする」という「選好性の偏り」と考えるほうが、ずっと当事者の理解に役立つと強調している。「発達障害」という少数者のグループを、何かができないという「障害者」というよりも、独特のスタイルをもつ「種族」のようなものとして理解すること。本書を読み終えて、私は“目から鱗が落ちた”かのように頭の中がすっきりとした気分になった!