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「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

「今、ここ」を充実し、「優雅に生きる」人生とは…~森下典子著『日々是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』を読んで~

 当ブログを始めて今まで178回の記事を綴ってきたが、まだ明かしていないことがある。それほど大袈裟なことではないが、実は私が地元の国立大学教育学部に在籍していた頃の一時期、「茶道同好会」に入っていたことがある。中学・高校時代は「野球」にのめり込んでいた私が、大学に入学して、なぜ「茶道同好会」に入ったのか。不思議に思う読者もいるであろう。その理由を簡単に述べると、「野球」というスポーツ活動を続けることが心身共に難しくなった私が、大学ではそれに替わるだけの価値がある文化活動をしてみたいと思っていた時、硬派の「茶道同好会」(創始者が工学部の男子学生)に入会している先輩から勧誘されたからである。

 

 「茶道」は女性が花嫁修業として行うお稽古事だと、それまでの私は認識していた。ところが、大学近くの公民館を借りて同好会活動をしているところへ私が体験入会した時、その室内の雰囲気は糸を張り詰めたような緊張感があった。お点前をしている主人役と、和菓子や薄茶を飲食しているお客役の、双方の先輩たちの表情は、真剣そのものだった。私は、背筋がピンと伸びるように気が引き締まった。「茶道」をなめてはいけない。本気で取り組まないと、この道を究めることは難しい。そう直感した私は、すぐ入会を決めたという訳である。

 

 入会後、私は同期の誰よりも熱心に練習に取り組んだ。活動場所の公民館へ一番に駆け付け、室内の掃除から様々な「茶道」の道具類の準備まで二人目の人が来るまでの間に半分以上を済ませた。最初の頃は活動時間中ほとんど、何度も何度も「割り稽古」や「略盆点前」を練習した。家に帰ってからも、「袱紗さばき」が自然に身に付くまでやっていた。また、お茶会の誘いに対して率先して応じた。そんなにまで熱心に取り組んでいた「茶道」の活動だったが、2回生の後半になり同好会の運営方針を巡って内部で紛争が起きたことをきっかけにして、私は退会してしまった。創会以来の硬派路線を守ろうとする私は、軟化路線への方針転換を唱える多数者と対立してしまったのである。多勢に無勢。私が身を引く形で同好会を去った。それ以来、「茶道」の活動を一切することはなかった。

 

 そんな私だが、40数年ぶりにお茶会に参加することがあった。それは嫁入りした二女の義母が「お茶」の師匠をしている関係で、私たち夫婦に招待券が届いたからである。久し振りに扇子や懐紙を入れた用具を携えて、茶室に入った際には学生時代の緊張感が蘇ってきた。久し振りに口に含んだ薄茶の味は格別だった。「お茶」はやっぱりいいなあと、私は心の中で呟いた。「お茶」の世界にまた魅入られそうになった瞬間であった。

 

 そんな私が、最近「お茶」に係わる素晴らしい本と出逢った。『日々是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』(森下典子著)という本である。本書を原作に典子役を黒木華、武田先生役を樹木希林が好演して話題になった映画が一昨年の秋に全国公開されたので、知っている読者も多いのではないだろうか。そこで今回は、最近の私の心境に重ねながら本書を読んで、一番心に残ったことを綴ってみたいと思う。

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 「お茶」という生き方は、雨の日は雨を聴き、雪の日は雪を見る、夏には暑さを、冬には身の切れるような寒さを味わうような生き方。どんな日も、その日を思う存分味わって生きていれば、人間はたとえ、周りが「苦境」と呼ぶような事態に遭遇したとしても、その状況を楽しんで生きていけるかもしれない。…本書の第13章「雨の日は、雨を聴くこと」の中で、著者はそのようなことを記し、「日々是好日」という言葉の真の意味を悟った瞬間の感動体験について語っている。

 

 最近まで「恨み」というネガティブ感情にとらわれて悶々としていた私にとって、本書は灼熱の真夏に飲む清涼飲料水のような役割を果たしてくれた。そう、本書は前回の記事で綴った、自分の人生を「優雅に生きること=満足すること」の極意を教えてくれたのである。そして、上述した箇所の前に次のように語る箇所もある。「雨の日は、雨を聴きなさい。心も体も、ここにいなさい。あなたの五感を使って、今を一心に味わいなさい。そうすればわかるはずだ。自由になる道は、いつでも今ここにある。」…過去や未来を思う限り、安心して生きることはできない。道は一つ、今を味わうこと。ただこの一瞬に没頭できた時、人間は自分がさえぎるもののない自由の中で生きていることに気付くのである。つまり、「今、ここ」を充実させることが、自分の人生を「優雅に生きること=満足すること」になるのである。

 

 著者が日常的に「お茶」を体験する中で実感したことを言語化した本書は、私たち読者に「お茶」の世界を追体験させてくれながら、いつの間にか自己と自然が一体化する境地に誘ってくれる。読後、私は簡単には言葉で表せないような爽やかな感動に浸ることができた。本書を読めば思わず誰もが、自分も「お茶」の世界に足を踏み入れてみたいと思うのではないだろうか。私も学生時代を思い出しながら、今度こそ「お茶」の世界を十分に堪能してみたいと考えている。