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家庭裁判所調査官の仕事の魅力とは?~柚月裕子著『あしたの君へ』を読んで~

 10日ほど前の記事の中で、私が小学生の頃に母子家庭になったことについて少し綴ったが、それに関連して他にも思い出す場面があった。それは、両親の離婚調停が行われていた頃だと思うが、私が母親に家庭裁判所へ連れて行かれた時のことである。家庭裁判所の人が私だけを小さな部屋に招き入れて、いろいろと質問してきたのである。その内容はほとんど忘れてしまったが、次のような質問だけはよく覚えている。「君は、これからお父さんとお母さんのどちらと一緒に暮らしたい?」その質問に対して、私は「お遍路さんをしてもいいから、お母さんと一緒がいい!」ときっぱりと答えた。なぜ、「お遍路さん」という言葉を使ったかというと、それまでの母親との会話で「お母さんと一緒に暮らすようになったら、お遍路さんをしなくてはならないようになる。」というような主旨を聞かされていたからだと思う。小学4年生頃だから、「お遍路さん」の意味もよく分からず、母親の言葉に倣って使ったのだと思う。しかし、この家庭裁判所の人に答えた言葉で、私は「どんなに苦労してもこれから母親と一緒に生きていこう!」と覚悟が決まったのである。

 

 さて、最近私が暇を見つけては読んでいたのは、『あしたの君へ』(柚月裕子著)という本であった。主人公は望月大地。職業は2年間の研修を経て晴れて家庭裁判所調査官となるという家庭裁判所調査官補である。本書は、その研修期間に九州の福森地裁に配属された大地が5つの家族との出会いを通じて、悩みを抱える人たちと真剣に向き合い、少しずつ、そして確実に成長していく物語である。小学生の私に質問した人はもしかしたら裁判官か調停委員だったのかもしれないが、私はこの家庭裁判所調査官だったのではないかと勝手に想像しながら、本書を読み進めた。そして、小説とは言え、家庭裁判所調査官の仕事について少しずつ理解することができた。

 

 そこで今回の記事は、本書の中で離婚調停をしている両親や祖父母の間で心が揺れ動く小学5年生の悠真を中心とした「第5話 迷う者」を取り上げて、家庭裁判所調査官の仕事の魅力について綴ってみたいと思う。

 

 まず、少し長くなるが話のあらすじを綴ってみよう。研修期間が始まって約8か月後に少年事件担当から家事事件担当に替わった大地は、直属の先輩に当たる露木調査官から、ある離婚調停の担当を依頼される。離婚申立人である妻は、片岡朋美、35歳。相手方の夫は、片岡伸夫、46歳。子どもの名前は、悠真、10歳。揉めているのは、悠真に対する親権問題であった。裁判官から、夫と妻の生活環境や経済状況を詳しく調べて、妥協点を探ってほしいという依頼が来ている。早速、関係書類に目を通した大地は、つい世間一般にありがちな見方しかできない。しかし、以前の経験から「思い込みで、案件をとらえてはいけない」と自戒する。そして、2回目の調停で妻と夫とも親権を手放す意思がないことを確認し、息子の悠真の気持ちを聞くことにする。

 

    数日後、伸夫の自宅を訪問し、何気ない会話から悠真に父親と母親のどちらと暮らしたがっているのか探ろうとしたが、悠真は曖昧な返事しかしない。大地は悠真の気持ちを聞くどころか、帰りに「親ってなに」と怖いぐらい真面目な顔で聞かれて言葉に詰まってしまう。そのことを同期の志水と美由紀に相談すると、悠真に対する接し方について二人が言い合いになり場の空気が悪くなり、志水からは「悠真くんを子ども扱いしないでほしい」と忠告を受ける。その後、朋美の住むマンションを訪問し、よい住環境だと分かり母親が親権をもつ方がいいと考えつつあった時、室内に男性がいた痕跡を感じて、大地は管理人にその事実を確認する。

 

 3回目の調停では、朋美に付き合っている男性がいるらしいことが明るみになり、その交際相手の阿部孝史こそが悠真の実の父であることが分かる。そして、その事実を夫の伸夫も最初から知っていながら朋美と結婚したことを告白し、妻と離婚したくないと懇願する。朋美もその気持ちが分かり、動揺する。そこに、祖母に連れられた悠真がやってきて、大地だけがプレイルームで聞き取りを行い、隣の部屋から他の関係者は中の様子を見ることになる。ひとしきり悠真の話を聞いた大地が「悠真くんにとって、本当の親っていうのは、どんな人なのかな」と尋ねた途端に、悠真が暴れ出したり叫び声を出したりする。それを見て大地は悠真を優しく胸に抱きかかえると、悠真が「親に本当とか嘘とかあるなんて、わかんないよ。僕にとって、お父さんはお父さんで、お母さんはお母さんだよ。わからない、わからないよお!」と泣き叫ぶ。大地は「ごめん、悠真くん、ごめんよ」とひたすら謝り続けた。その日の段階で、片岡夫妻の離婚調停は結論が出なかった。1か月後に開く4回目の調停までに考えをまとめてもらうことになった。

 

 4回目の調停でも、双方ともに親権を諦める様子はなかった。しかし、朋美の離婚に対する意志がわずかだが軟化した。悠真が両親の離婚を納得するまで待ってもいいと、歩み寄ってきたのである。わずかだが、伸夫と朋美の距離が縮まったようである。また、その後の大地との面会で一言もしゃべらなかった悠真だったが、1通の手紙を大地に手渡した。そこに書かれていたことは…。

 

 長々と話のあらすじを綴ってしまったが、その理由は悠真の心の揺れ動く様子を少しでも読者の皆さんに伝えかったからである。子どもは両親が離婚するという事態をどう受け止めようとするのか。本文の中にある大地の次のような心の声が表している。「子どもにとっては、本当の親も嘘の親もない。自分を愛してくれる存在が親なのだ。子どもがこの世に生まれる前の親の事情など、本人には関係ない。大人の事情など、親の身勝手でしかないのだ。」その通り。私にはよく分かる。もちろん、だからと言って離婚が絶対よくないと結論付けているのではない。子どもが自分なりに納得することができる選択肢を保障することが大事だと、私は離婚調停をしている両親に強く訴えたいのである。

 

 それにしても、家庭裁判所調査官の仕事は大変である。形式的に言えば、「裁判官が調停委員の見解だけでは判断できない場合に依頼され、裁判を争っている当事者が置かれている状況を丹念に調べて、裁判官に双方の詳細な情報を報告する」のが仕事である。しかし、その調査とは単に形式的なものに留まらず、当事者の言動の奥に秘めている本心を突き止めたり、生活環境や人間関係等の事実からそれらが語る本当の意味を探ったりして、当事者が心から納得することができる結審や調停にしていくよう細心の心配りをしていくことが何よりも大切な仕事なのである。本書の解説をしている益田浄子氏も書いているが、このように当事者と一緒に悩み考え、それぞれの心情を汲み取り、常に未来を見据えて明日に想いを巡らすことこそ、家庭裁判所調査官の仕事の魅力なのではないだろうか。