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「信頼されない教師たち」の実態を踏まえた解決策について~妹尾昌俊著『教師崩壊―先生の数が足りない、質も危ない―』を参考にして~

 ここ数回の記事において、教師が尊敬されなくなった歴史的な経緯や公教育を担う教師の在り方、さらに教師を尊敬することが子ども自身の「学びの主体性」を保障する考え方になることなどを綴ってきた。しかし、教師たちの中には「尊敬」どころかその基本である「信頼」さえ得られないようなことを仕出かす不届き者が少なからずいる。そのような「信頼されない教師たち」の実態を確かなデータとファクトに基づき客観的に明らかにしてくれている本に、私は最近出合った。それは、今年4月末に発刊された『教師崩壊―先生の数が足りない、質も危ない―』(妹尾昌俊著)という本である。

 

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 著者の妹尾氏は、教育研究家で学校業務改善アドバイザー。京都大学大学院法学研究科を修了後、野村総合研究所を経て2016年から独立し、文科省での講演のほか全国各地で教職員研修やコンサルティングを手掛けている。中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員や、スポーツ庁文化庁の「部活動のあり方に関するガイドラインをつくる有識者会議」委員も務めた方である。著書には『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』『変わる学校、変わらない学校』等があり、積極的に自説を発信している。Twitterでも公教育をよりよくするための様々な提言や情報等を発信していて、私もその数多くのフォロアーの中の一人としていつも学ばせていただいている。

 

    本書は、現在の公教育を担う教師に関連する各種データや独自調査等に基づいて、その置かれている危機的状況を5つの「ティーチャーズ・クライシス」と題して解説するとともに、クライシスの解決に向けた具体的な道筋を明らかにしている。本書の構成を見てみると、まず第1章から第5章で、次のような5つの「ティーチャーズ・クライシス」を解説している。「第1章 教師が足りない-担任がいない、授業ができない、優秀な人が来ない」「第2章 教育の質が危ない-読解力の低下、少ない公的資金、受け身の生徒の増加」「第3章 失われる先生の命-長時間労働うつ病の増加、死と隣り合わせの学校現場」「第4章 学びを放棄する教師たち-理不尽な校則、画一な指導、考えなくなった先生」「第5章 信頼されない教師たち-多発する不祥事、失敗から学ばない学校、教育行政」。そして、それら5つの「ティーチャーズ・クライシス」の解決に向けた道筋を明らかにするために、「第6章 教師崩壊を食い止めろ!-ティーチャーズ・クライシスの打開策」を位置付けている。

 

 そこで今回は、私の現在の課題意識に即して特に第5章の内容概要をまとめるとともに、第6章に記しているそれに関連する解決策について紹介しながら、私の思いも付け加えてみたい。

 

 著者はまず、昨年10月に発覚した教師いじめ事件を取り上げている。神戸市立東須磨小学校で、25歳の男性教員が同僚の教員4人からいじめや悪質な嫌がらせなどを受けていたという、当時ニュースやワイドショーなどで激辛カレーを目にこすりつけられる映像を何度も見かけたあの事件である。本事件によって、日本全国に「教師不信」「学校不信」がかつてないほどに高まり、児童・生徒、保護者や世間、教員志望者等に与えた悪影響は計り知れないものがあった。著者は、新聞記事や最新の世論調査等の客観的なファクトとデータを例証にしながら、その「不信」の中身について述べている。また、事件後の学校と神戸市教育委員会の対応が、保護者や世間の「学校不信」を増幅させた事実も触れている。神戸市教育界の現状を改めて知り、元教員の私は何とも情けなくなるとともに腹立たしい思いに駆られてしまった。

 

 次に、教師によるわいせつ事件や体罰・不適切な指導等の不祥事について、公的な実態調査の結果に基づいて諸々の事実を指摘している。私が特に注目したのは、わいせつ行為で処分された件数が2018年度に過去最多を記録したことや、「指導死」が1989年から2018年の間に少なくとも82件も起きていること、尼崎市教育委員会が2019年度に全市立学校・幼稚園・保育園を対象にして実施した体罰実態調査の結果において小中校65校のうち88%の57校で児童・生徒本人340人が体罰を受けたと回答していることなどである。著者は、同様のような文科省の調査において各教育委員会が認定している数字を見る限り、体罰として認識されていないケースが多数ある、あるいは教育委員会体罰の事実が伝わっていない可能性があるとも述べている。私も同様の感想をもった。

 

 さらに、著者は教師の不祥事に関する教育委員会のずさんな対応によって、生徒の命を奪ってしまったいくつかの事案についても言及している。そして、学校や教育委員会が、ミスを組織全体で共有して、ミスから学ぶ仕組みが不十分であり、「失敗から学ぼうとしない組織」のままなので自浄作用が弱く、システムとしての問題を孕んでいることを鋭く指摘している。私は、取り上げられた事案から導き出した著者のこのような指摘に対して、元教育関係者の一人として反論したい気持ちがないではないが、ある程度認めざるを得ない。学校や教育委員会が自浄作用のある組織になり、保護者や子どもたちから本当に信頼されるようになってほしいと心から願っている。

 

 最後に、著者は第6章で5つの「ティーチャーズ・クライシス」の最重要課題として「欲ばりな学校をやめる」=「学校のシェイプアップ、教師の役割の縮小」を提示し、それに基づいて5つの「ティーチャーズ・クライシス」の解決策を提案している。その中で特に私の課題意識に即している「クライシス5 信頼されない教師たち」に対する打開策として、「コア業務以外の教員の負担を減らし、様々なスタッフがケアすることで、児童生徒の事件、事故のリスクが下がり、SOS等に早期に気づくこともできるようになる。組織的な対応も行いやすくなる。」と「クライシス1~4が改善した結果、教師や学校、行政への信頼は高まる。」の2つの事項を指摘している。私は著者のこの指摘事項に賛同する。特に現在実施している「教師の働き方改革」の具体的な内容をぜひ実現させてもらいたいと熱望している。しかし、現職の教員に話を聞いてみると「まだまだ実現には程遠い」という本音の声を聞くことが多い。また、指摘事項に逆行する事例が最近起こった。それは、ある県では新型コロナウイルスの影響で学校が休校措置になったことを受けて、小中高の教員らが毎日、ゲームセンターやショッピングモールのパトロールを行っていると言う。教育関係者の意識改革には、保護者や地域社会の人々と課題意識を共有することが不可欠だと痛感した。

 

 本書がより多くの日本国民に読まれ、5つの「ティーチャーズ・クライシス」の最重要課題とその解決策等について共通理解が図られて、教育界に山積している難問題をよりよく解決していく道筋が少しでも具現化されることを念願しつつ、今回はこの辺で筆を擱きたいと思う。