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気候危機を克服する唯一の道としての〈脱成長コミュニズム〉について~斎藤幸平著『人新世の「資本論」』から学ぶ②~

 前回の記事で、気候危機の原因たる資本主義の本質は、人々の生活に必要な「使用価値」よりも人々の欲望を充足する「価値」を優先することで商品の希少性を高めることにより、経済を成長させていくことにあると綴った。また、その資本主義を強力に進展させてきた「グローバル・ノース」と呼ばれる先進国の豊かな生活は、「グローバル・サウス」という「外部」から収奪したり、環境負荷等を転嫁したりすることによって支えられてきたことを確認した上で、今、その「外部」が地球上に存在しなくなった現実にも言及した。だから、著者の斎藤氏は、資本主義下における気候危機に対して抜本的な手を打たなければ、地球環境は元に戻ることができず、その結果として人類の滅亡に繋がる可能性が高いと警鐘を鳴らしていることにも触れた。では、どうすればよいのか。著者はその回答として、あの『共産党宣言』や『資本論』の著者として有名なカール・マルクスの晩期における思想を拠り所にして、〈脱成長コミュニズム〉という未来図を提案していることを予告しておいた。

 

 そこで今回は、その「気候危機を克服する唯一の道としての〈脱成長コミュニズム〉について」本書から学んだことを、私なりになるべく簡潔にまとめてみたい。

 

 気候危機を克服するためには、果てしない利潤追求によって経済成長を図っていく資本主義の下ではなく、「脱成長経済」=「脱資本主義」の下でなければならないと、著者は主張する。そして、「人新世」の時代に選択すべき資本主義ではない社会システムを描く際の理論ベースとして、晩期のマルクスの思索内容を紹介している。特にマルクスが生涯を通じて作成していた膨大な量の「研究ノート」には、今まで人口に膾炙していたマルクス思想、つまり生産力至上主義とヨーロッパ中心主義に基礎付けられた「史的唯物論」とは異なる思索が含まれていたのである。例えば、『資本論』第1巻刊行後、密かにエコロジー研究と共同体研究に取り組んでいたという内容。また、それらの研究内容から導き出された、「脱成長経済」のために〈コモン〉(社会的に人々に共有され、管理されるべき富のこと)に注目した思想。これはとても重要な点なのでもう少し説明を加えると、〈コモン〉というのは、アメリカ型新自由主義旧ソ連型国有化の両方に対峙する「第三の道」であり、水や電力、住居、医療、教育といったものを共有財として、自分たちで民主的に共同管理することを指す。そして、この〈コモン〉の領域をどんどん拡張していくことで、資本主義の超克を目指すという思想なのである。

 

 実はマルクスにとって「コミュニズム」とは、旧ソ連のような一党独裁と国営化の体制を指すものではなく、生産者たちが生産手段を〈コモン〉として共同で管理・運営する社会であった。さらに、マルクスは人々が生産手段だけでなく、地球をも〈コモン〉として管理する社会を構想していたのである。哲学者のジジェクによれば、「コミュニズム」とは知識、自然環境、人権、社会といった資本主義で解体されてしまった〈コモン〉を意識的に再建する試みのこと。マククスは、この〈コモン〉が再建された社会のことを「アソシエーション」と呼んでおり、将来社会を描く際に「共産主義」や「社会主義」という表現はほとんど使っていなかったらしい。つまり、労働者の自発的な相互扶助(アソシエーション)が〈コモン〉を実現するというわけなのである。

 

 気候危機を克服する唯一の道としての〈脱成長コミュニズム〉。これこそ著者が本書で提唱している新しいコンセプトであり、最晩年のマルクスの資本主義批判の洞察をより発展させた構想である。この今までにないアイデアは、次の5つの柱とその内容概要にまとめられる。

① 「使用価値経済への転換」…「使用価値」に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する。

② 「労働時間の短縮」…労働時間を削減して、生活の質(QOL)を向上させる。

③ 「画一的な分業の廃止」…画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる。

④ 「生産過程の民主化」…生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる。

⑤ 「エッセンシャル・ワークの重視」…使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークを重視する。

 

 一部の富裕層以外のほとんどの生活者は、資本主義によって多くの「欠乏」を強いられる現実から脱出し、人間的な豊かさを伴う「潤沢さ」を享受することができる未来へ繋がっていく構想ではないか。①の柱は、食物ロスによる世界的な食糧危機を克服する道にも繋がっている。また、②・③・④の柱は、最近の私の労働体験を踏まえても、労働者を「疎外」から救い出し「生命」や「人権」を守ることになり、過剰な生産性を低減させていくと確信する。さらに、⑤の柱は、機械化が困難で人間が労働しないといけない労働集約型のエッセンシャル・ワーク、特にその典型である「ケア労働」(「感情労働」とも呼ぶ)を重視することによって、経済はより減速していくことになる。私は元教師なので、看護や介護、教育等に関係している「ケア労働」を重視する構想には大賛成であり、我が国の貧弱な現状を鑑みた時に特に強化してほしい柱である。

 

 本書の最終章において著者は、このような〈脱成長コミュニズム〉の種が世界中で芽吹いている実例を紹介している。例えば、「フィアレス・シティ」(恐れ知らずの都市)の旗を揚げるスペイン・バルセロナの「気候非常事態宣言」や、南アフリカの「南ア食料主権運動」等の動きに見られる<コモン>の共同管理。特にバルセロナが単なる先進国の一都市の運動にとどまらず、「グローバル・サウス」へのまなざしをもっている点が重要である。そのことが、資本の専制に挑む国際的な連帯を生み出しつつある現在に繋がっている。

 

 最後に、本書の「おわりに」の中で、著者は政治学者のエリカ・チェノウェスらの研究から、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で本気で立ち上がると、社会が大きく変わるという成果を述べ、読者に対して力を合わせて連帯し、資本の専制からこの地球という唯一の故郷を守るために、〈脱成長コミュニズム〉を実現していく「3.5%」の一人として加わってほしいと呼び掛けている。さて、皆さんはこれをどう受け止め、どのような行動を起こしますか。私はまだぼんやりとしたレベルではあるが、「3.5%」の一人となれるように、〈脱成長コミュニズム〉の特に⑤の柱に対応して自分の身近なところからできることを見つけ出してみようと思案している。