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定住革命が「退屈」を回避する必要を与えた?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ③~

 またまた、嬉しいことがあった。前々回の記事に対して、私の数少ない読者として登録してくれているkannawadokushoさんがHatena Starの☆を付けてくださったのだ。有難うございます。kannawadokushoさんは、大分で哲学カフェや別府鉄輪朝読書ノ会を運営し、【対話と人と読書】公式ブログも開設している方である。私が見習うべき活動を積極的にされているので、大変勉強になっている。これからもよろしくお願いします。

 

 ところで、二女の夫が先週とは違い、今週は本日(土曜日)の昼頃に来て夜には帰るとのこと。でも、そのおかげで私は半日ほど孫Mの鳴き声にその都度反応する必要がないので、今、落ち着いてこの記事を書いている。ブログの記事とは言え、私は400字詰め原稿用紙にすれば6~8枚程度の文章量を書くので、やはりまとまった時間がほしい。特に文章や文脈の整った文章にしようと思えば、集中することができる時間が必要になる。言い訳になりそうだが、今までの記事は断片的な時間を活用して綴ったものが多く、後から読み直してみると、誤字・脱字はもちろん指示語や接続表現等において不適切なものが多々あり、文章や文脈が整っていない記事もあった。今回は、なるべくそうならないように心掛けたい。

 

 さて今回は、10回連続記事シリーズの3回目。前回の記事で簡単に紹介した本書の「第2章 暇と退屈の系譜学-人間はいつから退屈しているか?」の内容の骨子についてまとめながら、いつものように私なりの簡単な所感を加えてみたい。

 

 著者は、「退屈」の起源を探るためには、時間を遡る歴史学ではなく、論理を遡る系譜学のやり方を採用したいと前置きしている。また、ともすると「退屈」は多くの場合、「近代」に結び付けられて「社会」との関わりから説明される傾向にあるが、それでは「人間の人間性」と「退屈」との関わりを問うことができない。そのために、歴史を何千年、何万年という単位で考える必要があると主張している。そして、それは歴史というより、人類史という言葉が妥当するとし、この人類史の視点で「退屈」を考える時、西田正規氏の提唱する「定住革命」という考古学・人類学上の仮説が参考になると言っている。

 

 そこで、「退屈」と「人間の人間性」との関わりを問うために、まずこの「定住革命」という仮説について、本章の内容を基にして概説しておきたい。

 

 人類は数百万年、遊動生活(移動しながら生きていく生活)をしながら、大きな社会を作ることもなく、人口密度も低いまま、環境を荒廃させぬまま生きてきた。ところが、今から約一万年前に、中緯度帯で、定住する生活を始めて以来、現在まで人類の大半は定住生活を送ってきている。そのため私たちは、住むことこそが人間の本来的な生活様式であると考える“定住中心主義”の視点から人類史を眺めがちになっている。つまり、もともと人類は定住したかったが、その条件が満たされなかったのでそれまでは遊動生活をするしかなかったのだと考えてしまう。しかし、具体的かつ論理的に考えると、遊動生活を維持することが困難になったために、やむを得ず定住化したのだと考える方が妥当性をもつ。人類は気候変動等の原因によって、長く慣れ親しんだ遊動生活を放棄し、定住することを強いられたのである。

 

 その後、定住化していく過程は、人類に全く新しい課題を突き付けることになる。人類は、長い時間を掛けてその肉体的・心理的・社会的能力や行動様式等を遊動生活に適応するように進化させてきたのであろう。そう考えると、定住化はそれらの能力や行動様式の全てを新たに編成し直した革命的な出来事であったと仮説しなければならない。著者はその証拠として、農耕や爆竹の出現、人口の急激な増大、国家や文明の発生、産業革命から情報革命等が極めて短期間の内に起こったことを挙げ、これこそ、西田氏が定住化を人類にとっての革命的な出来事ととらえ、「定住革命」の考えを提唱する理由に他ならないと述べている。

 

 第2章では引き続き、この革命が起こした大きな変化である“そうじ革命・ゴミ革命”や“トイレ革命”、“死者との新しい関わり方”“社会的緊張の解消”“社会的不平等の発生”について言及しているが、ここでは本記事の趣旨を大切にするためにその概説を省略させてもらう。興味がある読者の方は、ぜひ本書を手にして自分で確かめてほしい。とにかく面白いから…。

 

 では、本記事の趣旨である「退屈」との関連についてまとめてみよう。先に結論的なことを言えば、<定住によって人間は「退屈」を回避する必要に迫られるようになった>ということである。著者は、その理由等について、次のように述べている。

 

 遊動生活では、移動のたびに新しい環境に適応しなければならない。そのための労苦や負荷こそは、人間のもつ潜在的な肉体的・心理的な能力を存分に発揮することにつながり、強い充実感をもたらせた。しかし、定住生活ではその能力発揮の場面が限られる。毎日、毎年、同じことが続き、目の前には同じ風景が広がる。そうすると、かつて遊動生活では十分に発揮されていた人間の能力は行き場を失うことになる。まさに「退屈」になるのである。こうして「退屈」をまぎらわせる必要が、人類にとっての恒常的な課題として現れることになった。定住は「退屈」を、人間一人一人が己の人生の中で立ち向かわなければならない相手に仕立て上げたのだ。しかし、定住民は現在まで「退屈」を回避するという定住革命の決定的な解決策を見出せないままである。だから、本書が取り組んでいる<暇と退屈の倫理学>は、一万年来の人類の課題に答えようとする大それた試みなのだ。

 

 へーっ、「退屈」を回避するという解決策を見出すことは、人類長年の課題だったのか!私は、自分が襲われたこの実存的な問題の大きさに戸惑わずにはいられない。しかし、今までの議論を踏まえると、定住民が長年抱えてきた大きなこの課題に対して、パスカルが説く信仰の必要性による解決策では納得できない。ましてや、遊動生活時代の復活を夢見ることも採用することができない。では、どのような解決策が見出されるのであろうか。

 

    私は著者が本書で提出しようとする結論に早く辿り着きたい衝動を抑えつつ、この連続記事の第4回で取り上げる「第3章 暇と退屈の経済史-なぜ、“ひまじん”が尊敬されてきたのか?」も丁寧に再読して、著者の結論に至る過程をじっくり楽しんでいこうと考えている。次回の記事において、私は一体どんな内容を綴ることができるのだろうか?書く時間を確保するのに手間取るかもしれないので、少々お待ちいただければ幸いである。