ようこそ!「もしもし雑学通信社」へ

「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

警察組織の闇の部分を明らかにする正義とは?~柚月裕子著『朽ちないサクラ』を読んで~

 二女と孫Mが自宅マンションへ帰ってから約1か月、就寝前後のわずかな時間を活用して、私は「柚月裕子」の作品を次々と読んできた。そのラインナップは、『臨床真理(上・下)』『最後の証人』『検事の本懐』『蟻の菜園~アントガーデン~』『朽ちないサクラ』『合理的にあり得ない~上水流涼子の解明~』である。主人公の職業が臨床心理士・弁護士・検察官・フリーライター・警察職員・探偵というように異なっているが、私の期待を裏切らない、質の高いミステリーが多かった。ただし、途中で読むのを止めてしまった作品が一つある。それは、今までの柚月氏の代表作とも言われ映画化もされている『孤狼の血』。あまりの凶暴さと男臭さが、私の好みに合わなかったのである。でも、いずれ気が向いたら続きを読んでみようとは思っている。

 

    想い起せば、去年の今頃に初めて読んだ彼女の作品は、家庭裁判所調査官補・望月大地が様々な案件に四苦八苦しながら挑む中で少しずつ成長していく姿を描いた『あしたの君へ』だった。その後に続けて読んだのは、正統派のリーガル・サスペンスである佐方貞人シリーズの第三作『検事の死命』だった。これらの作品があまりに面白かったので、少し時期が開いたが、今度は元警察官・神場智則が現職中に遭遇し解決していた幼女誘拐殺人事件が冤罪ではなかったとその真相を追及していく執念と矜持を描いた『慈雨』を読んだ。感動した。痺れた。私は完全に柚月作品の世界にハマってしまった。そして、私はこの三作品に関連する記事を以前に綴った。(2020.5.19/5.22/10.04)

 

 そこで、私は今回も柚月作品の面白さについて綴ってみようと思っている。取り上げる作品は、約半月前に読了した『朽ちないサクラ』。なぜ本書を取り上げようと思ったかというと、テレビ朝日系の木曜ドラマ『桜の塔』のテロップを観ていた時に、この題名から連想した記憶がふと蘇ってきたからである。どちらの題名にも公安警察の暗号名である「桜(サクラ)」を使用しており、その闇の部分が物語の重要な構成要素になっている共通点に気付いたのである。

f:id:moshimoshix:20210513214014j:plain 

 まず、本作品のあらすじを簡単に紹介しよう。米崎県警・平井中央署生活安全課のあきれた怠慢のせいで、ストーカーに女子大生が殺害されるという警察不祥事のスクープ記事が地元新聞紙に掲載された。新聞記者である親友の津村千佳に裏切られた?口止めした県警広報広聴課職員の森口泉は愕然とする。情報漏洩の犯人探しで県警内部が揺れる中、秘密を漏らしていないと泉に訴えていた千佳が、遺体となって発見された。泉は、警察学校の同期・磯川俊一刑事と独自に調査を始める。次第に核心に迫る二人の前にちらつく新たな不審の影。事件の裏には思いも寄らぬ県警の深い闇が潜んでいた。果たして泉と磯川は真実を解明することができるのか…。

 

 事件の発端となった事件は、“桶川ストーカー殺人事件”という実在した事件を思わせるもので、犯人側の理不尽な動機や警察の不誠実さなどの闇を描いている。また、事件の背景に蠢くカルトや公安警察等の組織の成り立ちや、そこに属する人物の内面にも光を当てて、それらの闇の深さを著者は見事に描き出している。その闇の部分を明らかにしていく主人公に、県警広報広聴課職員という第三者と当事者の視点を併せ持つ森口泉というキャラクターを当てた点が、他の柚月作品とは少し趣向が違う。題名の『朽ちないサクラ』の意味が、事件の解決とその結末によって明らかになる訳だが、私としては何だかモヤモヤした気分が残りやや物足らなく感じた。しかし、現実はこのようにグレーゾーンなのかもしれない。

 

 そう言えば、今から約15年前に、我が県・県警の現職巡査部長が組織的な「裏金」づくりを内部告発し、新聞やテレビなどのマスコミで連日取り上げられたことがあった。そして、『現職警官「裏金」内部告発』という本まで刊行されて、その内実を明るみにしたにもかかわらず、この真相はグレーゾーンのままに秘匿されたように感じた。内部告発した巡査部長は、それから36年間出世の道を閉ざされ、上司から「組織の敵」と罵られたことをはじめ様々な嫌がらせを受けながらも、満60歳の定年まで警察官人生を全うした。私は、彼こそ警察官の使命と矜持をもち、身体を張って正義を守った本物の「警察官」だと確信する。

 

 主人公の森口泉が「-犠牲の上に、治定があってはならない。」という確固たる意志を胸の中に秘めて、警察官になろうと決めた最後の場面に、何ともやりきれない気持ちになる本作品においてわずかに灯った希望の明かりを見た思いがする。「正義が当たり前に実現する社会になること」を心から祈りつつ、私は本書を静かに閉じた。