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馴染みの喫茶店で飲むコーヒーの味は?~池永陽著『珈琲屋の人々』を読んで~

 月に3~4回、妻と一緒に行く馴染みの喫茶店がある。ほとんどの時は、午前9時過ぎに訪れ、食前の味噌汁が付く美味しいモーニング・セットを注文する。もちろん、ブレンド・コーヒーを付けて…。舌をちょっと刺激する酸味とわずかな苦みが上手くミックスされた、この店独特のコーヒーの味は私好みである。また、その時々の店内の壁面に展示してある絵画や写真等はオシャレな雰囲気を醸し出している。さらに、静かに流れるクラッシックのピアノ曲も気分を落ち着かせてくれ、目を閉じてコーヒーを飲んでいると、何とも言えぬ心地よい幸福感に浸ることができる。

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 つい3日前も、そんな至福のひとときを過ごしていると、ふとコーヒーが物語の重要な役割を果たすある本のことを思い出した。それは、当ブログで以前(2020.7.28付け)池永陽著『コンビニ・ララバイ』を取り上げた記事を綴ったが、その際に同著者による『珈琲屋の人々』のシリーズも読んでみたいと書いていたことである。その記事を投稿した後、私は通い慣れた古書店で同書シリーズの3巻まで入手していたので、なるべく早いうちに読もうと考えていた。だから、今回読む決心をし、まず第1巻を昨日読了したので、その所感を綴ってみたくなった。

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 NHK・BSプレミアムで、東京下町の「ちっぽけな商店街」にたたずむレトロな喫茶店を舞台にした『珈琲屋の人々』というドラマが再放送されたのは、昨年の5月末から6月末にかけてであった。私たち夫婦は、この約1か月間に放送された全5話のドラマを楽しみに視聴していたので、内容をよく記憶している。だから、今回その原作を読んで驚いたことがあった。それは、テレビドラマでは人を殺めた過去をもつ「珈琲屋」の店主・宗田行介と恋仲に陥ったのは行介に殺された男の妻「柏木冬子」だったが、何と原作で恋仲に陥ったのは行介と小学校からの幼馴染で元恋人だった「辻井冬子」だったのである。もちろん、行介に殺された男の妻も出てくるが、彼女の名前は「青野朱美」である。きっとテレビの脚本家がこの二人の女性像を一体化させた方がドラマの展開上よいと判断したのであろう。

 

 それ以外の点は、テレビドラマの内容はほぼ原作をそのまま生かしたものになっていた。だから、原作を読んでいると、亡き父の遺志を引き継いで特製のブレンド・コーヒーを淹れ続ける行介の姿は、どうしても行介役の高橋克典を想像してしまう。また、冬子と同様に行介と小学校からの幼馴染の『アルル』という洋品店(テレビでは花屋だったかな?)の主人・島木雅大役の八嶋智人も、いい意味でそのイメージが投影されてしまった。さらに、寝たきりの老妻を介護している元会社員(テレビでは元刑事だったかな?)・秋元英治役の小林稔侍も、強い印象が残ったのでその幻影が付きまとってしまった。このようなことは、先にテレビドラマを観て後から原作を読む場合にはよく起きる傾向だが、その良し悪しの客観的な基準はないと思う。私にとっては、今回は特に違和感がなかったのでよかった。

 

    さて、本作品には、暗い影を背負いながらも懸命に生き抜こうとする登場人物たちが、「珈琲屋」で行介がコーヒーサイフォンで淹れた熱々のコーヒーを飲む場面が多く描かれている。私は、このコーヒーの味は一体どんな味なのだろうかと勝手にいろいろと想像しているが、その際に何か参考になる特徴的な表現はないかと、ざっと読み返してみた。すると、第1章「初恋」の中に見つけた。行介に殺された男の妻・朱美が初めて「珈琲屋」特製のブレンド・コーヒーを飲んだ時の会話の場面で、次のようなことを言う箇所だ。「諏訪湖って氷が張って裂けるけど、それにそって氷が盛り上がる御神渡りっていうのが見られるんだけど、行介さんのコーヒーの味って、あの不思議な現象を思い出させるような、優しい味がするわ」

 

 私は「御神渡りという現象と一緒の味って、どんな味?優しい味というのは?…」と、かえって困惑してしまった。そこで、さらに別の場面でのコーヒーの味の表現を捜していると、第5章「手切れ金」の中に見つけた。それは、洋品店『アルル』の店員で主人の島木と不倫をしている千果が、「珈琲屋」特製のブレンド・コーヒーを飲む場面における地の文で<芳醇な香りと濃厚な味が心地よい>と<熱いけれど、舌の上にじんわりと、こくのある苦みが染みわたっていくのがわかった>という二箇所。うむうむ、これだと少し分かったような気になる。そうそう、コーヒーの味って、熱さ加減とか香り如何とかによって随分と違ったものに感じる。特に「珈琲屋」のコーヒーは、アルコールランプでコーヒーサイフォンを熱して淹れるので、熱々なのである。きっとそれが味を引き立てるのだろう。

 

 私たち夫婦がよく通う喫茶店のコーヒーはドリップ式の淹れ方なので、それほど熱々ではないが、私は好きな味である。でも、味わえるものなら、行介が淹れた「珈琲屋」特製のブレンド・コーヒーも一度でいいから味わってみたいものである。きっと、本書のように、やさしく包み込んだり、しゃきっとさせてくれたりするような味に違いない!