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日本人として知るべき実情と問い直すべき重い課題とは…~柳美里著『JR上野駅公園口』に学ぶ~

 ずっと気になっていた『JR上野駅公園口』(柳美里著)を読んだ。自宅の書棚に並んでいる柳氏の作品は『私語辞典』『家族の標本』『仮面の国』等のエッセイ集ばかり。芥川賞作家なのに今まで彼女の小説を私はなぜだか読んだことがなかった。だから、今回初めて彼女の小説を読んだことになる。読んでみようと思ったきっかけは、本書が昨年アメリカで最も権威のある文学賞のひとつである全米図書賞(National Book Award 翻訳文学部門)を受賞した作品であり、当ブログの数少ない読者登録をしてくれているkannawadokushoさんが運営している別府鉄輪朝読書ノ会において3月の課題図書として取り上げられていたからである。読了後は、「ずっしりした重荷を背負わされた」気分になった。なぜ、そのような気分になったのか。今回本書の読後所感を綴る中で、私なりにその誘因を明らかにしてみたいと思う。

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 本作品は、福島県相馬郡(現在の南相馬市)八沢村出身で、1964年東京オリンピック前年に出稼ぎ労働者として上野に上京、高度経済成長後、再びそこへ戻ってきてホームレスとなった男性(カズさん)が主人公の「居場所のない人に寄り添う物語」である。下に7人の弟妹がいる長男のカズさんは、1933年「天皇」と同じ日に生まれたので、終戦の時は12歳。貧農家庭だったので、国民学校卒業後はすぐに出稼ぎに行って家計を支える立場になった。その後、結婚して両親たちと同居しながら一男一女を儲ける。第二子になる息子は、「皇太子」の誕生日と同じ1960年2月23日に生まれたので、幼名の浩宮にちなんで「浩一」と名付ける。その当時、カズさんの家庭は貧乏のどん底だったので、1963年12月27日に東京へ出稼ぎに出た。それから18年後、レントゲン技師の国家試験に合格したばかりの21歳の浩一が、下宿先のアパートで寝たまま死んでしまう。その後、カズさんは60歳になった時に帰郷するが、妻が65歳で亡くなったのをきっかけとして郷里から出ていくことを決断し、67歳にして再び上野に向かう。そして、上野恩賜公園でホームレスとして生活することになるが…。物語の最後には、3.11の津波に呑み込まれる故郷が描かれている。カズさんは帰るべき故郷を失ってしまうのである。

 

 物語の始めに、カズさんが初めて上野駅のプラットホームに降り立った時の自分の姿を見ながら考え込む場面の地の文。…容姿よりも、無口なことと無能なことが苦しかったし、それよりも、不運なことが耐え難かった。運がなかった。…という箇所が、彼の人生を振り返った時の本音だったかもしれないと思った。また、物語の終盤、上野恩賜公園天皇や皇族が訪れる時にホームレスが事前に排除される「山狩り」と呼ばれる特別清掃が行われた日の彼の行動が描かれる場面の地の文。…自分は悪いことはしていない。ただの一度だって他人様に後ろ指を差されるようなことはしていない。ただ、慣れることができなかっただけだ。どんな仕事にだって慣れることができたが、人生にだけは慣れることができなかった。人生の苦しみにも、悲しみにも……喜びにも……という箇所が、彼の武骨で真面目な性格とそれ故に不器用にしか生きられなかった姿を象徴しているように感じた。しかし、もし彼が生きてきたような時代と環境の中で生きてきたとしたら、誰しも彼と同様な思いを抱いたかもしれない。その意味で、この物語は「私たち自身の物語」なのだ。

 

 それからもう一つ、触れておきたい人物がいる。それは、主人公のカズさんが上野恩賜公園で知り合った、上野の歴史に詳しいインテリ風のホームレスのシゲちゃんのこと。カズさんと同い年の彼は、いつも拾った新聞や雑誌や本を読んでいたので、きっと頭を使うお役所か学校みたいなところに勤めていたのだろう。彼が飼っている愛猫に「エミール」と名付けていることから、元教師だったのではないかと私は想像した。また、彼は几帳面な性格のようなので、そこも私に似ている。だから、シゲちゃんのことが他人のように思えなかった。ある冬の夜に彼が「カズさん、ちょっと一杯やりませんか?」と声を掛けて、二人でワンカップ大関を飲み交わしつつ身の上話を始める。しかし、カズさんは親身になって聞く姿勢を見せなかった。そして、あの夜から一月後にカズさんは居なくなったのである。私がシゲちゃんだったら、きっと深い悲哀感を味わったのではないか。せめて今まで秘密にしてきた身の上話を、カズさんにあるがまま受け入れてほしかっただけなんだと思う。

 

 でも、カズさんの受け止め方は、次のような地の文に表れている。…他人の秘密を聞いた者は、自分の秘密も話さざるを得なくなる。秘密は、隠し事とは限らない。隠すほどの出来事ではなくても、口を閉ざして語らなければ、それは秘密になる。いつも居ない人のことばかりを想う人生だった。側に居ない人を思う。この世に居ない人を思う。それが自分の家族であるにしても、ここに居ない人のことを、ここに居る人に語るのは申し訳ない気がした。居ない人の思い出の重みを、語ることで軽くするのは嫌だった。自分の秘密を裏切りたくなかった。…著者が造形した主人公はナイーブで頑なな性格の持ち主なのだと、私は再認識した。だから、著者は彼の最期の姿を明確に示さずに、あのように描いたのであろう。

 

 本作品は、在日韓国人二世である著者だからこそ書くことができた作品ではないかと思う。それは、上野恩賜公園天皇や皇族が訪れる時に事前にホームレスを排除する「山狩り」という特別清掃の実情を描くことで、我が国の天皇制に潜む問題点を指摘していると思ったからである。これは、日本人として知るべき実情であり、問い直すべき重い課題であると私は考えた。最後に改めて振り返って考えてみると、本作品に描かれた「帰る場所をなくしてしまった人」の実存性の切なさを共感的に受け止めたり、天皇制に潜む重い課題について認識を深めたりしたことが誘因になって、読了後、私は「ずっしりした重荷を背負わされた」気分になったのだと思う。でも、このことは私にとって決して不快なことではなく、むしろ日本人としての在り方を見直すよい契機を与えてくれたと著者に感謝すべきであることを記して、今回の記事はここら辺で筆を擱きたい。