今年のお盆は、日本各地が自然災害に見舞われて、大変な事態に陥ってしまった。その一つが、新型コロナウイルスの変異株(インド型)が全国的に猛威を振るい、第5波の感染拡大が止まらない自然災害級の事態になっていること。二つ目が、本州付近に停滞している前線の影響で西日本を中心に記録的な大雨が降り、土砂災害や水害が起きる事態になっていること。これらの影響で私のお盆休みは、昨年に続いて「ステイホーム」を余儀なくされた三日間になってしまった。久し振りに二女や孫のMとの再会を楽しみにしていたが、その予定を断念しなければならなかった。また、別の意味で楽しみにしていた高校野球の夏の甲子園大会も雨天順延の措置が続き、当初予定していた視聴時間が空白になってしまった。
そこで私は、この空白時間を活用して、心身のリラックスを図るためにしばらく積読状態にしていた「浅見光彦シリーズ最後の謎」と言われている『孤道』(内田康夫著)とその完結編『弧道―金色の眠り―』(和久井清水著)を一気に読むことにした。テレビでも御馴染みの浅見光彦が探偵役を務める長編ミステリー『孤道』は、2014年12月4日から「毎日新聞」において連載されていたが、その著者である内田氏が2015年の夏に病に倒れたためにやむなく8月12日でその連載が中断されていた作品である。もちろん内田氏は自分の手でその完結に導こうとしていたが、その後病状は好転せず、彼は新しい才能にそれを任せようと決意したのである。連載されていた作品が2017年5月に毎日新聞より刊行されると同時に、完結編を公募する<『孤道』完結プロジェクト>がスタート。そして、何と百余りの応募作品の中から最優秀賞を受賞したのが、和久井氏の著した完結編『弧道―金色の眠り―』であった。
世界遺産に認定された紀伊半島の熊野古道を舞台に展開される『孤道』の導入は、観光スポットになっている牛馬童子の頭部が盗まれるという事件の発生。現場に真っ先に駆け付けた大毎新聞和歌山支局田辺通信部の記者で、光彦の大学の後輩に当たる鳥羽が書いた記事がスクープとなり、注目を集める。一方、光彦は体調を崩した軽井沢在住の内田康夫の代参で、熊野の「権現神社」へ向かうことになり、鳥羽に連絡を入れる。すると、大阪・天満橋付近で、和歌山県海南市で不動産業を営む鈴木義弘の死体が発見されたことを聞く。こうして、いつもの如く光彦は殺人事件に関わっていくことになる。そして、義弘の祖父である義麿が書き残したノートから浮かび上がっていく古代史の謎が、『弧道』のテーマになっていく。そのノートには阿武山古墳から何かが持ち去られた出来事が記されており、それが現代の事件と結ぶ壮大な謎になる。その謎に確かな道筋をつけていくのが光彦なのである。謎をこれからどう収束させようかという前段で中断になってしまった『弧道』。その完結の見通しは、著者の内田氏ですらついていなかったと言う。
だが内田氏は、『弧道』初刊本の最後に、自身の談話内容を活字にした「ここまでお読みくださった方々へ」という文章を掲載している。その中で、物語の完結へ向けての断片的な構想を述べている。ただし、それらはあくまで内田氏独自の見通しであったのだが、和久井氏はそれらを十分考慮に入れた上で、物語の舞台や軽井沢を実際に訪れて、しかも今までの内田作品で造形されてきた主人公の浅見光彦のキャラクターを損なうことなく、鮮やかな完結編を上梓した。特に古代史の常識を覆す推理や、犯人のやむにやまれぬ心情に迫ったエンディングなどは、これまでの浅見光彦シリーズにはなかったテイストがあり、内田氏本人が構想したであろう筋書きとは違ったかもしれないが、『弧道―金色の眠り―』は完結編としての完成度が高い作品になっていると思った。残念ながら内田氏は2018年3月13日に逝去されたので、この完結編を読むことは叶わなかったが、きっとあの世で自分の託した思いが新しい才能によって具現化したことに満足されていると思う。
最後に、これらの作品はミステリーなのでこれ以上具体的な内容や筋書きに触れるのは慎むが、今回私の大好きな作家の一人である内田康夫氏の遺作とその内田氏の遺志を継いだ和久井氏の渾身の力作を読むことができ、昨年に引き続いた「ステイホーム」のお盆休みは、私にとって有意義な時間となった。故・内田康夫氏に対して哀悼の意を、そして両作家に感謝の意を心から表するとともに、未読の読者の皆さんには両作品をぜひご一読されることを薦めて筆を擱きたい。