ようこそ!「もしもし雑学通信社」へ

「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

1年振りに孫Hを「こどもの城」に連れて行った日を振り返って~孫Hの近況報告も兼ねて~

 先週の土曜日に1年振りに、孫Hを連れて当市の郊外にある「こどもの城」という施設を訪れた。前回、乗ることができなかった園内の池を利用したボート乗り場に行って、あひるのボートに乗せてやりたいと思ったのが、その目的の一つであった。だから、私たちじじばばとHの3人は、まず駐車場からまっすぐボート乗り場へ向う坂道を歩いた。ところが、何とその道路端に「カマキリ」がのそのそと歩いていたのである。そのカマキリを見つけたHは、飛び上がらんばかりの大喜び。「Hはカマキリ先生になる。」と言いながら、怖がりもせずカマキリの胸の後ろ側をそっと掴んで、顔や足などをじっくりと観察し始めたのである。

f:id:moshimoshix:20211031195801j:plain

 「Hくん、今日は虫取りに来たのじゃないから、ボートに乗りに行こう。」と、ばあばが声を掛けても、Hはカマキリに夢中の様子。道路に下ろしたカマキリが、自分の靴を登ってズボンを這い上がって来るのを見て楽しんだり、カマキリとにらめっこして愛おしそうに触ったりしている。私は、「しばらくカマキリと遊ぶ時間ぐらい待ってやろうよ。」と、ばあばに語り掛けた。ばあばはやや不満そうであったが、私の言葉に従ってくれた。でも、Hはしばらくどころか、ますますカマキリに夢中になっていった。それで、私から「カマキリが気になるなら、このビニル袋に入れて一緒にボートに乗ろうよ。」と提案すると、Hは「それなら、いいよ。」と言って、私が差し出したビニル袋の口を広げて捕まえたカマキリを入れたので、一応、最初の「カマキリ騒動」は収まったのである。

 

 その後、ボート乗り場ではアヒルではなくクジラのボートに3人で乗り、じじばばが漕ぎ手、Hは運転手になって水面を蛇行しながら走って遊んだ。しかし、Hは思ったほどは喜ばず、しばらくすると「もう降りる。」と言い始めたので、私たちは船着き場へ戻ることにした。ボートから降りたHは木製の階段をさっさと上り、ボート乗り場へ来る途中に設置してあったゴジラの乗り物へと一目散に向かっていった。「これに乗りたかったんだね。」と私たちはお互いの目を合わせて肯いた。Hは、ゴジラの乗り物の中のボタンを押して画面に出てくる怪獣を何度も見て喜んでいた。しかも2回も乗った。

 

 正午も近づきお腹が空いてきたので、3人でばあば自作のお弁当をベンチで頬張った。Hはおにぎりを少し食べてから、鳥の唐揚げや卵焼き、ウインナーソーセージなどを美味しそうに食べていた。食事中もHはビニル袋に入れていたカマキリをしきりに気にしながら、「カマキリもお腹空かないのかなあ。」などと呟いていた。食後は、近くの通路に落ちていたどんぐりを拾ったり、グランド端の草地でバッタやカマキリ探しをしたりして遊んだ。その時、少し離れたところにいたばあばが、「そろそろ、てんとう虫のモノレールに乗りに行こうよ。」と優しく声を掛けてくれたので、Hは素直に「行く。」と言って、ばあばの方へ走り出していった。

 

 てんとう虫のモノレールに乗るのも今回の目的の一つだったので、私たちは乗り場への距離が一番近い遊歩道を利用することにした。遊歩道は急な坂と土の地面が続いていたが、Hは歩くのを嫌がりもせず頑張って登った。私たちはHの体力がこの1年間で大きく高まったことに驚くとともに、その確かな成長を心から喜んだ。ついこの間までは、少し歩かせるとすぐに抱っこをせがんでいたのに…。そうこうするうちに、やっと目的地の乗り場に着いた。すこし汗ばむほどになったので、私はHにアイスクリームを買ってやった。Hがそれを食べている間に、ばあばが乗り物チケットを買ってくれた。モノレール乗り場のルールは幼児の場合、保護者が一緒に乗ることになっているので、私はHと一緒に赤色のてんとう虫モノレールに乗った。

f:id:moshimoshix:20211031195839j:plain

 発車してすぐ車体が斜め下に傾き、ゆっくり降下し始めた。私はその視界にちょっとビビってしまったので、「Hくん、怖くない?」と問うてみると、「全然怖くないよ。」との返答。私がHの身体を包むようにしていたからかも知れないが、何事にも怖がり屋だった幼い頃とは大違い。また、Hは登って来るモノレールの人たちに向けて「おーい。」と手を振る余裕を見せながら、周りの秋の紅葉や小鳥のさえずりを楽しんでいるようだった。ここでも私はHの逞しい成長ぶりを実感した。ところで、昼食後からてんとう虫モノレールの到着場に着くまでの間、カマキリを入れていたビニル袋は、私が背負っているリックサックに付いている輪に結んでいたが、カマキリは何とか無事でいてくれた。

 

 てんとう虫モノレールの車体を降りた後、Hは「ふあふあドーム」で跳んだり転がったり、児童館の「空の塔」に登ったり、「エスカルゴスライダー」を滑り降りたりして遊んだ。時計の針が15時を示す頃になったので、名残惜しみながら私たち3人は「こどもの城」を後にした。帰りの車内で、ばあばが「Hくん、帰ったらカマキリは逃がしてやる?」と問うと、「そうだね、今までも捕まえたセミやトンボは逃がしてやったから、そうする。」と素直に答えていた。ところが、帰宅後にこのことに絡んで第二の「カマキリ騒動」が起こったのである。

 

 帰宅後、自宅近くにある民営バスの置き場入口で、捕まえたカマキリを逃がしてやることになった。私はトイレに行くためにすぐ車を降りて家の中に飛び込んだので、Hとばあばがカマキリを逃がすことになった。私が用を足してカマキリを逃がそうとしていた場所に着くと、ばあばが「まだ逃がしていないので、一緒に逃がしてやって。」と言って家に帰ったので、Hと一緒に逃がすことにした。しかし、Hはなかなかカマキリを逃がしてやる踏ん切りがつかなかったので、私は「じゃあ、家に置いてあるプラステック製の虫かごに入れて少し置いておけば…。」と提案した。Hはほっとしたような申し訳なさそうな表情になり、カマキリを虫かごにそっと入れてやった。

 

 その後、家の中に入り、恒例のスポーツ育能マットで遊ぶことになり、私はHと一緒に楽しもうと思っていたが、Hの方は逃がすことができなかったカマキリのことが気になり心ここにあらずの状態だったので、いつものように二人で協力してバイキンマンチームに勝つことができなかった。すると、Hは自分が上手くできなかったことに腹を立てて拗ねるようにしてピアノ室に逃げ込んでしまった。そして、その拗ねた気分がなかなか収まらずに、何かの拍子に応接室へ出入りするドアを強く締めたためにドア止めを壊してしまったのである。ドアのガラスの部分を強く押したので、Hは危うく大怪我をするところであった。そのことに本人もバツが悪かったのか、さらに2階にあるクローゼットの中に入り込み、拗ねたような態度を取り続けていた。

 

 私は、Hが大怪我するかもしれない乱暴な態度を取ったり、そのことで反省もしないで拗ねた態度を取り続けたことに業を煮やし、Hが生まれて以来初めて厳しく叱ってしまった。Hは私に強く叱られたのは初めてだったので、大声で泣いた。その時、私は「自分が悪いことをしてしまったら、拗ねたりせずに反省しなさい。」と至極常識的な言葉を発していた。ちょうどその時に、Hの母親(私の長女)が迎えに来たので、Hはその日は宥められながら帰って行った。私は心の中に何かわだかまりが残ったような心境に陥ってしまった。

 

 私はHの多少の我がままを受け入れ、自分が反省するのをじっくりと待つような接し方を今までしてきたが、今回は初めて強く叱るという対応をした。自他の生命や身体に危険を及ぼしたり、相手の人格や人権を傷つけたりする恐れのある言動については、厳しく指導することは、教職に就いていた頃の鉄則だったので、ついその時のような対応を取ってしまったが、本当にそれでHにとってよかったのかとその夜は悩んでしまった。しかし、次の日にHが我が家を訪れた時に、長女が上手に諭してくれたのだろう、「じいじ、ばあば、昨日はごめんね。」と謝ってくれた。私はほっと胸をなで下ろし、「いいよ。でも、これからもHがもし危ないことをしようとしたら、昨日のようにじいじは叱るよ。」と言うと、Hは「はい。」とはっきりと返事をしてくれた。私は素直ないい子に育ってくれていることが、この上なく嬉しかった。