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哲学とは何か?~萱野稔人著『哲学はなぜ役に立つのか?』から学ぶ~

 私は今までの人生において様々な困難に出合った時、それをどのように克服すればよいかと思案する中で、ともすると安易で短絡的な解決策を取ろうとする気持ちが起きることがあった。しかし、その度に「それでいいのか。その解決策は自分の良心に恥じない選択になっているのか。」と自問自答しながら、たとえその解決策が自分にとって苦しい選択であったとしても道徳的に考えてより善い行いだと判断すれば実行してきたつもりである。ただ、そのような決断は本当に妥当だったのかという問いをいつまでも引きずってしまうこともあった。だから、その決断の妥当性を確かめたいという欲求から、「哲学」や「倫理学」という学問に関心をもち、時々はそれらに関連する本を読んできたのである。

 

 私にとって「哲学」や「倫理学」という学問は、ある意味で自己の思考や判断の正当性を意味付けたり価値付けたりするために役立てようとする道具になっているのかもしれない。だが、それは「哲学」や「倫理学」を学ぶ動機としては邪道なのではないか。では、真っ当な学ぶ動機とはどのような動機なのか。また、「哲学」や「倫理学」はそもそも何の役に立つのだろうか、いや人は何かの役に立つから学ぶのだろうか。・・・様々な疑問の渦の中に未だにいる私は、それらに対するすっきりとした解答をどこかに求めているのである。

 

 そんな袋小路に入り込んだ気分の中で、最近読んだのが『哲学はなぜ役に立つのか?』(萱野稔人著)である。本書は、津田塾大学教授の萱野氏が月刊誌「サイゾー」において『哲学者・萱野稔人の“超”現代哲学講座』というタイトルで連載した40講座の中の前半を大幅に加筆・修正した「哲学の入門書」である。ただし、本書は哲学の入門書によくある哲学書を単に解説するものではなく、「哲学書を使って時事的な問題を考えることで、役に立つものとして示すこと」を第一の目的とした本なのである。

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 私は本書を読んで袋小路に入り込んだ気分を少しは晴らすことができたと思ったので、今回の記事で本書の特に第1講「哲学とは何か?」の内容から学んだことをまとめてみたいと考えている。

 

 著者は、フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズ氏とフェリックス・ガタリ氏が著した『哲学とは何か』を参考にして、「哲学とは概念の創造である」という言葉を紹介している。また、分子生物学者の福岡伸一氏が著した『生物と無生物のあいだ』の中で、「生物とは何か」という問いに対して実証的なデータだけでなく、それを総合して概念的に考えていることに言及して、「哲学とは,ものごとをとらえるために概念的に考えたり、概念を練り上げたり、新たに概念を創出したりする知的営みのことである」と結論付けている。したがって、著者は哲学を一つの学問分野だと考えず、どんな分野でも概念的に考えるという「知の営み」だと考えているのである。そう言えば、当ブログで以前に取り上げた『暇と退屈の倫理学』の著者である哲学者・國分功一郎氏も同書の中で、「哲学とは、問題を発見し、それに対応するための概念を作り出す営みである」と述べていたことを思い出した。

 

 では、「概念的に考える」とはどういうことを指すのだろうか。著者は、例えば「国家とは何か」という問いに対して、「国家とは、領土、主権、国民(人民)によってなりたっている政治共同体である」という答えで満足するならば、それは哲学とは言えないと断定している。なぜなら、その答えは国家の構成要素を並べたにすぎないからである。著者は「そもそも国家なんていうものが社会のなかに存在しているのか」や「どのような原理によって国家というものがなりたっているのか」という疑問を解明することこそ、「国家とは何か」という問いを概念的に考えることであると述べている。そして、17世紀の哲学者・スピノザが語った「ものごとを定義するとはその起成原因(ものごとをなりたたせている原因や原理のこと)をとらえることである」という言葉を紹介し、例えば「国家とは何か」という問いに答えるということは国家を定義することに外ならず、学問的にはそれを通じてどのような理論を打ち立てられるか、その理論がどこまで妥当性や汎用性をもつのかが問題になる知的営み全てを貫いていることこそ、概念的に思考するという実践なのだと意味付けている。

 

 また、哲学という知の営みはどんな領域に対しても適応されることから派生する「領域横断性」と、哲学はできるだけものごとのトータルな把握を目指すという「総体性」の2つの性質が、哲学の大きな特徴だと言っている。だから、哲学の授業は単に哲学者の思想をそのまま解説するのではなく、ものごとを概念的に考えることを実践して示すことが大切だと主張して、「概念を通じて考えると世界で起こっていることはどのように見えてくるのか」が本書のテーマだと言明している。その意味で、本書は確かに「哲学は役に立つ」ということを実践化したものであり、本書を読んで私なりに「哲学とは何か」という問いの答えを見つけることができ、ずっと薄い霧がかかっていた私の頭の中が少し晴れたような気になった。これからは、自分の人生で出合った困難な事態について意識して概念的に考えながら、より善い解決策を見出していきたいと思う。それが哲学するということだから…。