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ネットなどの二次的情報の後追いへの偏重に気を付けて!~養老孟司著『子どもが心配―人として大事な三つの力―』から学ぶ~

 長年愛用している腕時計の電池が切れて針が動かなくなったので、近くのイオンモールに入っている時計店へ持って行った。電池を入れ替えてもらっている間に、階上のフロアに入っている書店で新刊の本を物色していたら、気になる新書を見つけた。東京大学名誉教授で400万部を越えるベストセラーになった『バカの壁』の著者である養老孟司氏と、日常子どもたちに接している4人の碩学の対談を書籍化した『子どもが心配―人として大事な三つの力―』である。サブタイトルの三つの力というのは、一つ目が対談者の立命館大学教授で児童精神科医である宮口幸治氏が重視している「認知機能」、二つ目が慶應義塾大学小児科の医師で主任教授である高橋孝雄氏と日立製作所名誉フェローの小泉英明氏が共に強調している「共感する力」、そして三つ目が自由学園長の高橋和也氏が自園の教育で目指している「自分の頭で考える人になる」ことを指しているらしい。私は購入することを即断した。

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 本書の「まえがき」によると、著者の養老氏は30年以上、鎌倉市の保育園の理事長を務めてきて、子どもたちのことを考える機会に恵まれてきたそうである。そして、80代半ばになり、いまさらながら子どものことが心配になり、いろいろな方に話を伺いたいと考えていたところ、PHP新書編集部がそれを企画して上記の4名の方々と対談することになったという。本書は対談形式になっているので、各人の考え方の基本が明快かつ平易な言葉で語られているから、とても読みやすい。でも、その内容は、真剣に我が国の未来、特に子どもの未来を考えている人たちにとって、大いに参考になるものである。

 

 そこで今回は、私の心に特に印象深く残った高橋孝雄氏との対談<第2章 日常の幸せを子どもに与えよ>で語られた「ネットなどの二次的情報の後追いへの偏重」に関する内容のポイントをまとめ、私なりの所感を付け加えてみたい。

 

 まず、高橋氏は子どもの声を傾聴して「違和感」にいち早く気付くことが小児科医の仕事であり、「小児科医は子どもの代弁者」にならなくてはならないと熱く語っている。そして、「代弁者」であるためには、子どもの気持ちを理解すべくその子のふるまいや表情に絶えず目を配ることが大事であるが、それは簡単なことではなく、プロフェショナルとしての小児科医は病気の子どもと親御さんの「代弁者」になるように何十年もかけてトレーニングを重ねているという。しかし、両親には本能的に「子どもの心を読み取る力」が備わっているはず。もし両親が気付けないとしたら、ネットをはじめ様々な情報に邪魔されて、その能力が衰えているのだろうと鋭く指摘している。「大人は自分の価値観をむやみに押し付けるのではなく、まずは子どもの声に耳を傾けて、代弁してあげることから始めるべきではないでしょうか。」という高橋氏の言葉は、保護者や教師等、教育に携わる人々にとっての箴言だと私は受け止めた。

 

 次に、高橋氏はインターネットの過剰利用がもたらす「実体験の減少」という弊害について警鐘を鳴らしている。ネットにおけるバーチャル空間でまるで本物のような体験を得ることができても、現実世界での実体験は増えないどころか減っていくばかりであり、結果的に人間関係が「五感に頼らない、または五感がスポイルされたコミュニケーション」に埋め尽くされていくのではないか。また、リアルな営みを本気で体験している時は、適度なストレスや負荷がかかっているので、ささいな何かを成し遂げることでも大きな充実感や達成感を得られるもの。さらに、子どもに様々なストレスが程よく働くと、遺伝子の発現にリズム感が出てきて、身体や精神の働きの変化として現れるという「エピジェネティクス」と呼ばれるシステムが働くことにも触れている。私は「実体験の減少」によって人間として大切な何かが損なわれていると今まで直感していたので、このような具体的な内容について知り、我が意を得たりの心境になった。

 

 もう一つ重要な論点として、高橋氏は育児におけるインターネットの過剰利用についても触れている。今の親たちが「正しい育児法」についての答えをネットに求める傾向があり、その際に陥りやすい問題として自分が実践している育児と比べて少しだけレベルの高い方法に「正しさ」を求めがちになる。このようなネット検索は、「正しい育児」という鬼をつかまえる追いかけっこのようになり、これが「負け続ける育児」につながってしまうのではないかと危惧しているのである。親たちの多くが「正しい育児をすれば、将来、社会が求める正しい大人に育つ」という幻想を抱き、その情報をネットに求めれば求めるほど、自分には実践できないような気になってくる。つまり、これは「負け続ける競争」にしかならないのである。私は、社会における他者との競争は必ずしも否定できないと思うけど、見えない無数の敵、実像をともなわない相手と競争することは確かに危険だと思った。

 

 最後に、養老氏と高橋氏は人間関係に関する様々な実体験を経て、人は五感を通じて「自分がこういうことをすれば、相手はこんな風に感じる」ということを学習し、その過程で想像力が育まれることに目を向けている。そして、子どもの頃に想像力が身に付けば、「共感する力」のようなものが芽生えるはずだと語り合っている。また、相手には相手の考えがある、相手のルールがあるということを理屈ではなく感じ取れる力は、人を幸せにしてくれると確認し合っている。人の幸せを共に喜び、人の苦しみをきちんと理解し、寄り添うことのできる人は成熟した大人であり、幸せになれる人である。私も、このような「共感する力のある成熟した大人」に子どもを育てていくことが、保護者や教師等、大人の責務だと考えている。

 

   そのようなことを考えていると、隣国のウクライナに対して武力侵攻するという蛮行を平然と行うロシアのプーチン大統領は、「共感する力のある成熟した大人」になれなかった人ではないかと、どうしようもない憤りの感情と共に子どもの頃のプーチンに行われた教育の無力さを痛感してしまう。今のプーチンを止めることは世界の誰もできないのだろうか!また、ネットにおけるSNSなどに対してもフェイクニュースなどをロシア側が流すという情報操作をされている危険があるので、今回のロシアの起こした戦争の実態を知るためにネット情報への偏重を避け、適度な距離を取って冷静に判断するという理性的な対応が求められるであろう。とにかく、一分一秒でも早く停戦し、一人でも多くの人命を救い出してほしいと祈るばかりである。