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直木賞受賞作『何者』を読む上で参考になることを願って・・・~朝井リョウ著『何者』と『学生時代にやらなくていい20のこと』を読んで~

 私が読者登録しているブログ「対話と人と読書/別府フリースクールうかりゆハウス」の「第九十七回別府鉄輪朝読書ノ会6.30」の予告記事で、今回取り上げる課題図書が『何者』(朝井リョウ著)だということを知った。私もこの機会に読んでみようと、ずっと積読状態にしていた同書を書棚から取り出し、この一週間寝床の友とした。また、数日前に昼休みを利用して職場から近距離にある市立中央図書館へ行った時、本物語の題材の一つ「就活」に関連したエッセイ数篇が所収されている朝井氏の『学生時代にやらなくていい20のこと』(文庫版では『時をかけるゆとり』に改題)という本を見つけたので借り出し、ここ数日間の隙間時間に読んでみた。

 『何者』(以下、本書A)は、2012年11月30日に新潮社より単行本で発刊され、翌年には第148回直木賞を受賞した。また、2016年10月15日には、佐藤健有村架純二階堂ふみ菅田将暉岡田将生等の若手俳優陣が出演した同名の映画作品が公開された。さらに、2017年の秋には初の舞台化も実現している作品である。著者の朝井リョウ氏は、直木賞受賞者の中で戦後最年少の23歳(何と平成生まれ!)であったことでその名があっという間に広まった。作品そのものも、大学生たちの「就活」を題材にしながら「SNS」の裏事情も絡ませて展開する人間模様の中で、人間の負の感情をリアリティ豊かに表現した物語だったので、多くの若者の共感を得て支持された。

 

 『学生時代にやらなくていい20のこと』(以下、本書B)は、著者が本書Aを上梓する前の学生時代に綴った20編のエッセイを集めたもので、著者特有の観察眼を駆使してとらえた上京した頃の日々やバイト事情、実際の就活活動等について面白可笑しく綴っている。特に最後の方に所収している<知りもしないで書いた就活エッセイを添削する>と<自身の就職活動について晒す>という2つのエッセイの内容は、本書Aで取り上げたテーマや内容等の素材が詰め込まれていて、著者の体験が本書Aに生かされているのがよく分かった。私は、執筆時期の時系列を遡行するような形で読んだので、本書Bは本書Aのある種の構想デザインになっているような感じがして、その意味で興味深く読んだ。

 

 そこで今回の記事は、本書Aではなく本書Bに描かれている著者自身の就活の様子や心情等の描写に注目して、私が特に面白く感じた内容を取り上げてみたいと考えている。このことは、きっと本書Aに込めた著者の意図や物語の構成等をより深く知る手掛かりになり、本書Aを読み味わう上で多少の参考になるのではないかと思う。ついつい作品のネタバレをしてしまいそうになる私の悪い癖が出ないための自己呪縛の方法の一つになれば・・・という細やかな配慮のつもりである。

 

 では、<知りもしないで書いた就活エッセイを添削する>というエッセイから。本文「『就職戦線異状なし』(杉本怜一著/1990年講談社刊)を読む」は、2010年10月3月の「小説すばる」の就活特集号に掲載されたもので、下段の欄外には事後に著者の視点からとらえ直した解説的な文章が付け加えられているが、この記述内容が結構面白かった。例えば、「コネ」という項目には「著者の就職活動においてインターネット上に挙がっていたキーワード。コネで集英社に就職した、という噂を著者自身耳にしたことがあるが、全くのデマである。ていうかそんなルートがあったなら就職させてほ~」というように、本音丸出しの主観的なツッコミ解説が記されているのである。

 

 また、「大人だ、と直感的に思った。」という項目には「なんとピュアな私だろうか。とてもかわいい。大学四年生になってもお前は後輩から全く大人に見られないよ、という事実を耳元で囁いてあげたい。」というようなナルシスティクなツッコミ解説も・・・。本文の中では、大学のキャリアセンターで優しく声を掛けてくれた、誰でも知っているような大企業の名前が記されている名札を掛けた学生アドバイザサー(大手から内定を得た四回生)を見て、著者は「この人は大人だ。そう気付いたとき、自分は子どもだ、と思った。」と綴っている。つまり、就活前の著者の意識はこの程度であり、まだ「何者」のかけらにもなっていなかったのである。本書Aのタイトルの意味を示唆するエピソードだと私は思った。

 

 さらに、本文の中の次のような文章にも注目した。「就活とはきっと、形を変えて現代日本に現れた新たな通過儀礼の形なのだ。自分と社会の間にある溝を、ここで飛び越えなければならないのだ。そのために、初めて未熟な自分と真正面から向き合ったり、触れたことのない世界に生きる人と知り合ったり、夢を諦めなければならなかったりするのだろう。」きっと著者は、本書Aでこのような就活の現代日本における通過儀礼的意味を、もう一つの題材である「SNS」に潜む人間の醜悪さも絡ませながら表現したかったに違いない。

 

 次の<自身の就職活動について晒す>というエッセイについて話題を移そう。本エッセイの中身は、就活における説明会参加から内定に至るまでの数々のステージごとの、著者の心に残ったことが面白可笑しく綴られている。その中でも私が特に興味をそそられて読んだ一つ目が【エントリーシート】の箇所である。エントリーシートとは、いわゆるESのことである。「与えられた質問に、簡潔に、わかりやすく、指定された文字数以内で答えなければならない。」著者は小説を書くのは好きだが、ESはそれとは全く違うものである。だからか、ここには友達と一緒に必死に取り組んだ様子が描かれているが、その中で著者が印象に残っているエピソードが面白い。下着メーカーを受けようとしていた女友達のキャッチコピーを考えたときのことである。ついついうまいことを言いたくなり、著者たちは夕飯を平らげながらの会議を続け、苦心の末に生れたのは【魅惑のデリケートゾーン】というわけのわからないキャッチコピーだった。結局その女友達はES選考で落ちたらしい。

 

 もう一つは【集団面接】の箇所。著者は、集団面接について「さきほどまで控室でヨロシクねへへへなんて言い合っていたのに、面接官の前に並んだとたん、どっちがうまいこと言うか選手権の公式ライバルと化すわけである。」というように、俯瞰的な視点からの本音丸出しの表現をする。この中で著者自身が出会ったエピソードが笑わせる。面接官三人、学生も三人で、横並びになっている三人組の間には長机が置いてあり、学生はスーツ姿にスーツ用カバン、きれいな革靴といった具合のはずが・・・。何と著者の隣ののっぺりした男子は、カラフルなスニーカーを履いているではないか!その彼が、「自分の欠点を三つ、お願いします。」という質問に対して、「私の欠点は、おっちょこちょいなところです」と話し出した時、著者は思わずブッと噴き出してしまい、面接官に少々不審がられてしまう。

 

 私はこれらのエピソードを読みながら、子どもから大人へ成長するための現代的通過儀礼になっている「就活」のステージごとに起きた事象をとらえる視点として、著者の子どもっぽいけど瑞々しく鋭い観察眼が生かされていると思った。本書Bはエッセイという性質上、著者の精神性を昇華した表現体である小説=本書Aとは違うが、著者の日常的な意識を知ることができる。今回、本書Bを読んだことで本書Aに対する印象が少し変化したように思う。果たしてそれは本書Aに対する私自身の正味の評価を歪めることになったのだろうか。それはともかく、私は本書Aの続編となる『何様』を早く読みたくなってきた。