単行本の『変な家』(雨穴著)を読んだ。2か月ほど前に放映されたBSテレ東『あの本、読みました?』の「丸善 丸の内本店 小説《文庫本》売り上げランキングBEST10」コーナーで、読者層が下は7・8歳から上は80代までと幅広く、中には学校の朝読の時間にクラスの人が全員読んでいると編集担当者が語っていたのを覚えていて、いつか読んでみたいと思っていた。また、前々回の記事で私が小学生時代の夏休みに観た怪談映画について少し紹介したこともあり、普段はあまり読まないホラー小説にちょっと触手を伸ばしてみようと本書を手にした次第である。
本書は、編集担当者が著者のYouTubeでアップされていた<不動産ミステリー「変な家」>という動画をたまたま観て「何だ、これは!」と衝撃を受け、その続きを小説に書けないかと即座にメールで打診したことがきっかけで出来た本らしい。私はこの話を聞いて、著者のYouTubeを検索してみた。すると、雨穴というウェブライターは、黒装束に白いお面をつけた得体の知らない姿で登場し、ヘリウムガスで変えたような音声でしゃべっていた。匿名性を象徴するホラー作家を演じることで、動画の不気味さをより一層増長させているのであろう。
さて、本書の内容である。柳岡という知人が、新居にしたいと考えている家の間取りに不可解な点があると、オカルトに詳しい私は相談を受ける。その不可解な点とは、一階の台所とリビングの間に「謎」の空間があるというのである。しかし、建築に関してまったくの素人の私は、大手建築事務所に勤める設計士の栗原に協力を求める。それから、二人はこの間取りの「謎」を解明しようと動き出すのである。そうすると、間取りの「謎」はそれだけに留まらず、二階の子ども部屋には窓が全くないことにも気が付く。そこから、私は様々な憶測を巡らせながら、それらの「謎」の解明に動き出していく。・・・
不可解な間取りの「謎」の真相を追及していくこの不動産ミステリーは、背景にオカルト的な猟奇事件も絡みつつ展開していき、ついついページを捲ってしまう不気味な面白さがあった。ホラー小説を普段ほとんど読むことがない私だが、本書の不思議な魅力に惹きつけられるように、ついつい一気に読み通してしまった。そして、その過程で私は家の間取りに関するほろ苦い経験を思い出していた。
それはもう30数年ほど前、今の我が家を新築する前に経験した出来事である。私たち夫婦は結婚して数年後に、妻の実家が所有する借家(妻が高校生まで家族と共に住んでいた家で、土地も実家が所有)に引っ越した。その後、二人の娘が年子で誕生して、健やかに成長して小学校の低学年になった頃(私が30代後半の頃)に、義父母の了解を得てその借家を壊して我が家を新築する運びになった。我が家の新築に当たって、妻は近くの「家造り研究所」に通い始め、家の間取りについて勉強することを決意した。借家の玄関は狭く暗かったので広く明るい玄関にしたい、台所と風呂等が離れていて不便だったので水回りはまとめたい、実家に預けているグランドピアノを置きたいので防音室がほしいなど、妻なりの希望があった。小さい頃から何度も引っ越しをして借家住まいが当たり前だった私は、自分の家が持てるだけで大満足だったが、小さくしてもいいので書斎がほしいと、当時の自分としては大変贅沢な希望を妻に告げていた。
そのような希望を実現しようと、妻は家の間取りの研究を自分なりに進め、それを生かすことができる設計図をその研究所に勤務する設計士に試作してもらうことになった。自分たちの希望を実現したいと思った相談者には、研究所と提携している工務店に紹介して、その設計図に基づいてより具体的に家の建築相談に入るという仕組みだったのだろう。ところが、私たちに提案された試作の設計図を見ると、何と!家の間取りの寸法や出入り口の向きなどに不都合な点が少なからずあった。私は人生において大きな買い物になる我が家の建築費用を考えると、「こんないい加減な設計図を提案するとは許せない!!」と憤慨してしまい、結局その研究所と設計士と縁を切るように妻に伝えたのである。
その後、私たち夫婦は市内の設計事務所を手当たり次第に訪ね回って、当時人気のあった2×4型の家を主に手掛けていたある有限会社の工務店へ飛び込みで入り、私たちの自宅の間取りについての考えを真摯に聴き取ってくれた担当者の人柄に惹かれて契約を交わすことにした。その工務店の設計士が試作した最初の設計図は、私たちの希望をかなり考慮してくれていたが、まだ私たちのイメージと少し違う印象をもったので、最終的には先の研究所で妻が自分なりに構想していた荒削りの家の見取り図を土台にして、それに専門家の設計士のアイデアを加えた設計図を共に作り直したのである。その最終的な設計図を基に建築したのが、現在の我が家である。
もう30数年前の出来事だが、設計図に示された家の間取りから具体的な生活の姿を想像することはとても大切な作業なのだと今回、本書を読んで改めて思った。その意味で本作品の中核に家の間取りの「謎」という視点を取り入れ、具体的な生活の姿からその「謎」を解明していくストーリーを展開した奇抜な発想は、不動産に詳しい職業柄から出てきたように思う。もしかしたら、雨穴氏は不動産関係の業者の人ではないだろうか。