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「令和の日本型学校教育」の具体的実践のあり方とは?~奈須正裕著『個別最適な学びと協働的な学び』に学ぶ~

 私たち特別支援教育指導員が、教育相談の申請があった子どもの行動観察をしに学校現場へ出向くと、以前と比べて授業風景が様変わりしたように感じることがある。コロナ禍に伴う学校教育の緊急事態に対応して、経済産業省が主導していたGIGAスクール構想を前倒しにし、子どもたちに一人一台のタブレット端末が整備されたことがその要因である。近年、コンピュータを活用した情報教育が推進されていて、子どもたちはインターネットで検索しながら調べ学習をする経験を積み重ねていたので、教育界のこのような大きな潮流に対して柔軟に対応することができているように思う。むしろ教員側、特にコンピュータ操作を苦手にしている教員は大いに戸惑ったことだったろう。私も現職中だったら、ICTの活用というレベルで尻込みしていたに違いない。

 

 でも、子どもたちがタブレット端末を器用に操作している授業風景を参観しながら、私はふと疑問に感じることがある。このような授業は、最近よく耳目に入る“個別最適な学び”を保障していると言えるのだろうか。また、子どもたちがロイロノートという授業支援クラウドを活用してお互いの学習成果を見せ合っている場面を目にしながら、これがよく言われるところの“協働的な学び”が成立していると言えるのだろうか、と。

 

    私はこれらの疑問に対する何らかの答えを示唆する本はないかなと思い、馴染みの古書店へ出掛けてみた。すると、書棚の中に『個別最適な学びと協働的な学び』(奈須正裕著)という教育書を見つけたので、早速入手して読んでみた。著者の奈須氏は、現行の学習指導要領の作成過程において、「生活科」や「総合的な学習の時間」のワーキンググループや教育課程部会をはじめ様々な有識者会議、さらに2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会等の委員として重要な役割を担った教育学者であり、以前にちょっと面識があった先生だったので、本書の内容に大変興味を抱いたのである。

 そこで今回は、本書の趣旨や構成等の概要を簡単に紹介した上で、私が感じた疑問に対する答えに当たる部分を要約していこうと思う。どこまで読者に分かりやすい記事が綴れるか定かではないが、自己満足で終わらないようにできるだけ配慮したいと考えている。

 

 まず本書の趣旨や構成等の概要紹介から。本書の基本的なモチーフは、山形県天童市立天童中部小学校を舞台に、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実について考えること。そして、全体構成は次の通り。

〇 第一章・・・個別最適な学びと協働的な学びの実現という考え方を打ち出した、中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」について簡単な解説をする。

〇 第二章・・・天童中央小の取組に即して、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実が一枚のカリキュラムの中で、どのように実現可能なのか具体的な授業の景色や子どもの姿を通して検討する。

〇 第三~七章・・・同校が一貫して大切にしてきた、子どもと内容に関する深い「理解」と子どもたちの学びの文脈に沿って授業展開する「覚悟」を巡って、子どもが自立的に学び進める学習の基礎となる子ども観を問い直す。また、実践創造の原理としての自己決定学習、環境による教育、さらに新たな道具立てであるICTの可能性について、同校の子どもの事実に依拠しつつ、教育学や心理学の知見も参照にしながら考察する。

〇 第八章・・・今後に求められる教師の可能性について、同校の研究に携わってきたベテラン教師3名の実践提案と討論を行う。さらに、同校の若手教師たちへのインタビューを手掛かりにして検討する。

特に、私が抱いた疑問に対して的確な解答の部分になっていたのは、第二章と第五章、そして第七章の内容だったが、今回の記事ではその中から第二章の内容で私の心に強く残っていることを綴りたい。

 

 第二章<子どもが自立的に学び進める学習>では、通常の授業に相当する「仲間と教師で創る授業」に加えて、「自学・自習」「マイプラン学習」「フリースタイルプロジェクト」という3種類の学習に取り組んでいる内容を紹介している。私はこの内容にとても心を動かされたので、次にその概要をまとめてみたい。

〇 「自学・自習」・・・教師がいない授業で、子どもたちだけが進める「協働的な学び」の授業。話合いも子ども同士で行うので、本音でぶつかり合い白熱した議論になりやすい。通常の授業の基本的な流れを帰納的に学び取った各教科等の授業スクリプトに沿って、子どもたちは先生ごっこに興じている感じだが、学習の一環だと理解しているので実に真面目に取り組む。教師が出張や校内研修で教室を留守にする時に行われることが多く、年間では100~150時間程度を実施している。この中で、教師が黒板に「終わった人からノートに書いて写真に撮って、提出してください。」と指示があれば、子どもたちはタブレット端末で写真を撮りロイロノートを介して提出するようになっていて、担任は遠くの出張先でもすぐに把握できるのである。加えて、授業後には先生役の子どもが板書を写真に撮って担任へ送るので、教師側は授業展開のあらましについても把握できるということになっている。GIGAスクール構想による一人一台端末と高速大容量のネットワーク環境は、こんなところでも授業の可能性を大幅に広め高めているのである。

〇 「マイプラン学習」・・・一般に「単元内自由進度学習」と呼ばれる学習方法で、「個別最適な学び」を保障するものである。一単元分の学習時間をまるごと子ども一人一人に委ね、各自が自分に最適だと考える学習計画を立案し、自らの判断と責任で自由に学んでいく。学ぶ内容こそ決まっているが、いつ何をどんなふうに使って学ぶかは各自の計画やその時々の考え方次第である。そして、この学びを強力に後押しするのは、子どもたちの多様な学びを想定した教師による学習環境整備と、学習計画を立案する際に拠り所となる「学びのてびき」と呼ばれるカードの作成。各学期に1~2回の実施で、一つの単元が8~10時間程度の2教科同時進行が基本なので、年間に50~80時間程度になる。

〇 「フリースタイルプロジェクト」・・・「マイプラン学習」をもう一歩先へと進め、学習方法のみならず学習内容まで子どもに委ねた学習。「マイプラン学習」が一人一人の子どもの「学び方の得意」を見出し、自らに最適な学びを自力で計画・実施できるようになることを目指しているのに対して、「フリースタイルプロジェクト」は一人一人の子どもが「学ぶ領域の得意」に気付き、自己肯定感や自己有能感を高め、アイデンティティやキャリア形成の礎としていくことが期待されている。そのために、子どもたちは教科の枠を超えて、自分の興味・関心に沿って自由に学習テーマを決め、学習の内容・方法・場所等を自分で計画を立てて学習していくのである。4年生以上の学年で取り組み、総合的な学習の時間から年間40時間を充当し、各20時間をひとまとめにして年間に2度実施する。毎回の学習は連続した2時間を使用し、第1期は夏休み、第2学期は冬休みを挟んで計10回ずつ展開するようになっている。

 

 具体的な実践事例を詳しく知りたい方はぜひ本書に当たっていただきたいが、これらの<子どもが自立的に学び進める学習>の時数は学校での学びの約2割を占めているので、その成果は大きな意味をもっている。子どもたちの変容を物語る幾つかのエピソードから浮かび上がってくるのは、同校の子どもたちにとって学びとは与えられるものではなく、自分たちから求めるものになっていると言える。さらに、自らの意思と力で自律的に学び進める経験は、子どもたちの学びの質や学びの構えだけでなく、学校生活に関する意識も徐々に変えていったようである。

 

 このように子どもたちが変容していったのは、子どもと内容に関する深い「理解」と、子どもたちの学びの文脈に沿って授業を展開する「覚悟」を、同校が一貫して大切にするとともに、カリュラムの編成・実施において「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を図ってきたことが深く関係していると思う。さらに、それらの理念と実践を確かに支えるツールとして、GIGAスクール構想の早期実現に伴う一人一台のタブレット端末と授業支援クラウドを有効に活用していることを忘れてはならないであろう。