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「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

<支援>と<共治>を志向する教育委員会のあり方について~山口裕也著『教育は変えられる』から学ぶ~

 今年のゴールデンウィークも終わり、気が付けば5月も中旬になっていた。何らかの「困り感」をもつ子どもの学級担任や保護者に対する「教育相談」業務が少しずつ増えてきて、特別支援教育指導員としてやっと腰が落ち着いた勤務状況になってきた。ただし、通常の勤務場所が昨年度までの4階別室から、本年度は3階の本市教育委員会・学校教育課へ移動してきたので、職場環境の変化にはまだまだ順応できていない。この学校教育課本体は、当市の学校教育の行財政の役割を担っている教育委員会事務局として機能しており、多くの市職員と指導主事の先生方が所属している。私たち7人の指導員たちは、その方々と同じフロアで机を並べることになったのであるから、なかなかその環境に慣れないのも無理はないであろう。

 

 ただし、現職の教員時代に教育行政に携わる経験がなかった私にとって、今回の職場環境の変化は、教育委員会事務局がどのような組織で、どのような事務内容を取り扱っているかという実際を肌で感じるよい機会になっている。そして、改めて教育委員会はどうあるべきかという問いをもつきっかけになったように思う。そんな時、私は当ブログで数回前(2022.4.23付け)の記事で取り上げた『学問としての教育学』(苫野一徳著)の中で紹介されていた山口裕也氏の業績を思い出し、その内容を詳しく知るためにしばらく積読状態にしていた『教育は変えられる』に目を通すことにした。

 著者の山口氏は、2005(平成17)年に杉並区立済美教育センターの研究員として在籍して以来、同センター調査研究室長、杉並区教育委員会教育長付主任研究員と歴任し、15年間にわたって「教育委員会に常駐する研究職」という特異なポジションで同区の教育行政に携わった方である。

 

 本書は、公教育のあり方を「みんな同じ」から「みんな違う」へと構造転換することを最終目標にして、その基になる「考え方」を豊富な実例に即して示したものである。本論の構成上の特徴は、全5章を通じて公教育政策の「全体」を「順序」よく記していることで、具体的には第1章から第4章において「学びと成長」、その支えとなる「人材と組織」「施設・設備」、そしてこれらの3つを全ての子どもに確実に届けるための「行財政」を話題にし、第5章では全体をまとめるという柱立てになっているところである。

 

 そこで今回は、本書の中で特に私にとって多くの学びがあった【第4章 引き受け支え合う行財政―「無責任」から<支援と共治>へ―】の内容の概要をまとめながら、「みんな同じ」から「みんな違う」へという「公教育の構造転換」を図る上で求められる区市町村教育委員会のあり方について考えたことを綴ってみたいと思う。

 

 著者は第4章の初めに、区市町村教育委員会の仕事は学校の「設置者」であり、それゆえに、「よりよい成長のための学び」「学びを支え教育を担う人」「学びと教育が行われる場」の三つを全ての子どもに確実に届ける「管理・監督」を行うことであり、各教育委員会はその「管理・監督」の量(例えば通学の距離や時間、児童生徒数から学校を必要数設置してそこに教職員を配置し、施設や設備、厚生や福利、衛生や給食等、運営に必要な環境を整備しつつ事務を行うこと)と質(4年ごとを原則として使用する教科書を採択するとともに、教育課程や使用教材、学習指導や生徒指導等の適切さを確認、教職員の研修の一部を担うこと)の両面において基本的に適切に行っていると、以後の議論の前置きとして断っている。

 

 その上で、著者は現在、学びのあり方とともに、その支えとなる人や場のあり方も転換しつつある中、各教育委員会に求められるのは、現状維持ではなく「未来に向けた挑戦」であると述べている。続いて、この「未来に向けた挑戦」へと続く道筋について詳しく論じているのであるが、その中で特に新自由主義-教育改革の具体的な中身について述べている。そして、それらの施策や事業等によって格差が惹き起こされ、結果的に「全ての人の意志」を意味する<普遍意志>や「全ての人のよりよい生」を目指す<普遍福祉>に反するような教育行財政になってしまったことを痛烈に批判している。さらに、この問題から得られた教訓として、各教育委員会の全てのスタッフは自分の仕事を「よい公教育」という政策の全体の中に位置付けることが大切だと主張している。

 

 そのためには、「誰の、何のための学びを、どのように支えるのか」という公教育政策の<全体性>を考え続ける日常のガイドとなる考え方が必要だと言い、その<全体性>を考える上での「基本領域」、つまり「学びと成長」「人材と組織」「施設・設備」「行財政」を使い、「よい公教育」を思考の始発点とすれば、前述のような問題を諫めることができると述べている。だからこそ、教育行財政が取るべき立場は、「自分たちの学校や地域に必要なことを、当事者であるみなさんが本気で考え抜いてくれたら、教育委員会は共に考えることを含め、その実現を全力で支えていく」という意味の<支援>であり、それこそが「未来に向けた挑戦」のキーワードになるのである。著者は、そのことを明確に表明している。

 

 次に、著者は「教育委員会」の制度設計を方向付けるキーワードについて述べている。それは、公教育に関わるあらゆるアクター全てが対等であることを全体とした「共にある」「共につくる」という意味を強調する<共治>という言葉である。この<共治>というキーワードは、「教育委員会」を構成する委員が学校やそこで学び生活する子どもたちの成長を通して地域社会の未来を考え、行動し続けている人たちから選出されるという考え方に基づく。つまり、教育委員会事務局は何もかもを代行するのではなく、社会的に自立した個人によって営まれる、相互承認的な共同体となるよう学校を支える。学校支援地域本部(地域学校協働本部)と学校運営委員会を母体とする地域運営学校はその中核となる施策であり、代表選出される委員が教育長とともに構成する「教育委員会」も、それがあって初めて、真に自分たちに必要な意思決定を自治として行うことができるのである。

 

 最後に、著者は<支援>と<共治>を志向する杉並区教育委員会、つまり教育行財政の具体的な実践事例を紹介している。一つは、<支援>を志向した区立の小・中学校と特別支援学校を主な支援対象とする「杉並区立済美教育センター」の取組である。2つ目は、<共治>を志向した区立の小・中学校の「学区再編」、ひいては「地域再編」への取組である。詳細については、ぜひ本書を手に取って確認してほしいが、これらの取組には杉並区が政策の根幹に「いいまちはいい学校を育てる~学校づくりはまちづくり」というスローガンを据えて、公教育政策の<全体性>を明らかにしてきたことがポイントになっている。

 

 このような杉並区教育委員会の取組は、公教育政策の全体を成す4つの「基本領域」における<多様性と一貫性><協働><応対性><支援と共治>というキーワードの下、<普遍意志>に基づいて<普遍福祉>をめがけ、全ての人に「自由と相互承認」を育む公教育の構造転換を具現化しており、私は実に素晴らしく羨ましい取組だと思った。というのも、私が「教育相談」業務として訪問した小・中学校で参観させていただく授業は、「みんな同じ」という近代教育の根本的な発想から抜き出ようとする姿勢がほとんどないものであり、それは当市教育委員会の公教育の<全体性>の第一の領域「学びと成長」において「みんな違う」という脱近代教育の発想がないことを表わしているからである。私は今の職場環境を生かす手立ての一つとして、まずは当市教育委員会がこのような「発想転換」、「構造転換」を図るきっかけにすべく、特別支援教育の根源的なあり方を起点にして全ての子どもたちの「学びと成長」を問うことから始めてみようと考えている。

自分らしい生き方を探り出すために求められる「先駆的な決意性」について~「100de名著」におけるハイデッガー著『存在と時間』のテキストから学ぶ~

 5月2日(月)を年休にしたので、私のゴールデンウィークは4月29日(金)から5月5日(木)までの7日間だった。その間、二女と孫Mが一泊したり、長女と孫Hが日中遊びに来たりしたので、久し振りに二人の孫たちとじっくりと関わる時間が取れた。満1歳2か月になったMとは、抱っこして自宅周辺を散歩に連れ出したり、自宅2階の和室や寝室の中を探検させたりして遊んだ。屋内で伝え歩きをしているMを見守りながら一緒に遊んでいる時、初めて2・3歩一人歩きをした姿を目の当たりにして、感激してしまうことがあった。満5歳2か月になったHとは、自宅近くの川沿いにある公園に行き、広い河原を歩いて水面をスイスイ進むアメンボを一緒に観察したり、石で水切りをして遊んだりしたが、その時のHの爛々とした瞳を見て、私までウキウキした気持ちになった。また、グローブを着けて子ども用の硬式ボールで、初めてHとキャッチボールをした時は、念願だった夢の一つを果たすことができて、私は楽しくして楽しくて仕方なかった。本当に充実した時間だった。

 

 こんな「充実感」に満ちたゴールデンウィークを過ごしていた私だが、他にも「充実感」を味わう時間をもつことができた。それは、遅ればせながら「100de名著」の4月号のテキストを読み、録画番組を視聴して学習することができたこと。4月はハイデッガー著『存在と時間』が取り上げられていたので、ぜひ目を通しておきかったのである。4回に分けられた番組構成に従って、まず当該箇所のテキストを読み、次にそれを確認するために番組を視聴していった。講師の関西外国語大学准教授の戸谷洋志氏は弱冠34歳の新進気鋭の哲学者だが、ハイデガー哲学のポイントを的確に押さえた解説はとても分かりやすいものだったので、視聴後の私の頭はすっきり整理されていた感じになった。

 そこで今回は、当番組の中でも私が特に強く共感した第3回の放送分から、自分らしい生き方を探り出すために求められる「先駆的な決意性」について、そのテキストで述べられている内容の概要をまとめ、それに対する私なりの簡潔な所感を付け足してみようと思う。

 

 マルティン・ハイデガーは、日常において現存在(人間のこと)は「世間」やその時その場の「空気」に合わせて、「みんな」が正しいと思うものに従い、行動しているととらえた。そして、このように自分自身ではないものから自分を理解している場合を「非本来性」と呼び、その生き方を特徴づけている「世間話」「好奇心」「曖昧さ」の三つの要素をまとめて「頽落」と称して、これは責任ある主体の生き方ではないと主張した。そこで、彼はどうすれば現存在がこの状態を乗り越え、自分を自分自身として理解して責任ある生き方をしようとする「本来性」を取り戻すことができるのかと考えたのである。

 

 彼は、現存在が「頽落」する最大の理由を問い、「空気」を読んで他者に同調することを止め、自分一人の力で人生を拓いていこうとすれば、たちまち「不安」に襲われ、その闇の中に取り残されるからだと考えた。つまり、現存在が非本来的になるのは、「不安」を安易に解消するために本来の自分自身から逃れることが原因なのである。しかし、そのことは現存在にとっていつも心地よいことかと言えば、そうではない。そこで、現存在が「本来性」を取り戻すためにどうすればよいかという問いの答えとして彼が示したのは、人間の「死」と「良心」だった。

 

 現存在が世間に迎合している時、「私」は他の誰とでも交換可能な存在になっており、何者でもなくなっている。しかし、「死」はそんな風に「みんな」に紛れて生き続けることを不可能にする。自分が死ぬということは、誰とも交換することができないのである。したがって、私たち現存在は自分の「死」に向き合うことを通じて、初めて自分を「唯一無二の存在」として理解することになる。彼は、ここに現存在が「本来性」を取り戻していくための一つの手掛かりを見出したのである。

 

 まず彼は、現存在が「死」に向き合っている時、それが実は、別でもあり得た一つの可能性に過ぎなかったと気付くことができると考えた。つまり、この意味で「死」の可能性に向き合うことは、生きることについて考えることなのである。そして彼は、現存在が「死」の可能性に直面することを「先駆」と呼び、いつ、いかなる瞬間においても「死」を迎え得るという意味において、現存在を「死に臨む存在」とも呼んでいる。例えば、今、この場に隕石が落下して突然死んでしまうかもしれないし、急な心臓発作を起こして急死してしまうかもしれない。この厳然たる事実を直視する時、私たちは自分自身の可能性から自分自身の人生を歩めるのではないか。彼はそう考えたのである。

 

 しかし、自分自身と向き合うことは「不安」を呼び起こしてしまう。だから、簡単に「先駆」できるわけではないので、それに伴う「不安」に対して何らかの特別な態度を取る必要がある。そこで、その鍵として次に彼が示したのが「良心の呼び声」なのである。一般に「良心」とは、一つ一つの行為に対して「私には別のこともできたはずだ」と私自身に迫るものであるが、彼のいう「良心の呼び声」とは、「私」の存在のあり方や生き方に対して「私には別の生き方もできたはずだ」「私は別の存在でもあり得たはずだ」ということを気付かせるものである。ただし、「良心の呼び声」は、具体的な手掛かりは何も語ってくれない。それは「本来的な自己」から「非本来的な自己」に対する「沈黙」の呼び掛けであり、「私」の内側から「おい」と声を掛けて覚醒させるだけのものである。

 

 さらに、彼はこの「良心の呼び声」というのはどんな時でも絶え間なく「私」に対して発し続けられていると考えた。だから、ずっと部屋にかかっているBGMのような「良心の呼び声」に対して、現存在は無視続けるのか、それともそれに耳を傾けるのかを自ら選んでいると言える。ただぼんやりとしていては、聞こえてこない。それが聞こえるようになるためには、「良心の呼び声」に耳を傾けることを自分で決意しなくてはならないのである。彼は、現存在によるこの選択を「決意性」と名付けた。彼のいうこの「決意性」は、狭まっていた視野を解き放ち、それまで「これしかない」と思っていたもの以外の、様々な選択肢や可能性が見えてくることを示しているのである。

 

 以上のように、ハイデガーは『存在と時間』において、現存在がどのようにして「非本来性」から「本来性」を導き出すのかを、「死」からは「先駆」、「良心」からは「決意性」というものを引き出して一体的に説明している。そして、この「先駆」と「決意性」が一体となった現存在のあり方を、「先駆的な決意性」と呼び、これこそ現存在が自分らしい生き方を探し出していく時の生き方なのだと主張したのである。ただし、ここでいう自分らしい生き方とは、単に人と違う生き方をしようとすることだけを意味するのではなく、未来の自分の人生と共に過去の自分の人生も含めた上で、「自分の人生を、自分の人生として責任をもって引き受ける」という生き方のことである。

 

 このような「先駆的な決意性」という現存在のあり方について、私は30代前半で自覚するようになり自律的に生きることができるようになったと思っているが、今回の学習によって改めて自分のこれからの人生においてもより意識していくことが大切だと強く感じた。それは、自分自身が高齢になり残された時間が少なくなっていることも作用していると思うが、何よりも今回のロシアによるウクライナへの武力侵攻によって多くの一般市民たちがかけがえのない一回きりの生命や人生を理不尽に奪われている現実を目の当たりにしたことも大きく影響していると感じる。今、平和が守られている日本という国で現に生きていて、孫たちと一緒に遊び、彼らの成長を見守りながらその発達を促すように関わっていることを、「先駆的な決意性」の具体的な営みとして意識的に受け止めていきたいと考えている。それがまた、私にとっての「世代間倫理」の具現化を意味しているのだから…。

「栗本慎一郎」から受けた思想的インパクトを回想する!~仲正昌樹著『集中講義 日本の現代思想―ポストモダンとは何だったのか―』を再読して~

 私は千葉雅也著『現代思想入門』を読んだことをきっかけにして改めて日本における「現代思想」について振り返ってみたくなり、書棚に並べていた仲正昌樹氏の著作群の中から『集中講義 日本の現代思想ポストモダンとは何だったのか―』を取り出し、先月中旬頃から暇を見つけては再読していた。「再読」と言っても、今から15年ほど前に、私の関心の高かった箇所だけを拾い読みしたようなものだったので、全体を通読したのは今回が「初読」と言ってもよい。その中で、1980年代に私がハマった「現代思想」の輸入経緯や日本における具体的展開等について、改めて確認することができた。特に、日本における戦後マルクス主義大衆社会におけるサヨク思想等の実情について、今まで以上に理解を深めることができた点は再読の価値があった。

    本書は、そもそも西欧諸国における資本主義が大量消費社会へ移行しつつある現状の中で、理論的にも実践的にも衰退していったマルクス主義の代替としての意味合いがあったフランスのポストモダン思想が、1980年代に日本に紹介されてからブームになった「現代思想」の何を、後世のために遺産として書きとめておくべきか、その考えるヒントを提供するために、金沢大学法学部教授の仲正昌樹氏によって著されたものである。それまで私は『「みんな」のバカ!―無責任になる構造―』『「不自由」論―「何でも自己決定」の限界―』『なぜ「話」は通じないのか―コミュニケーションの不自由論―』『「プライバシー」の哲学』『「自由」は定義できるのか』『知識だけあるバカになるな!―何も信じられない世界で生き抜く方法―』等の著書を読んで多くの知的刺激を受けていたので、同氏が本書を発刊した時は日本における「現代思想」について俯瞰的に理解したくて、すぐに入手したことを覚えている。

 

 さて、本書を読み進めていく途中で、私は1980年代当時に思想的インパクトを強く受けた人物のことを回想していた。その人物とは、当時、明治大学法学部教授で経済人類学の旗手として活躍していた「栗本慎一郎」その人である。栗本氏を初めて知り、その思想的インパクトを強く受けたきっかけは、光文社のカッパサイエンスから刊行していた著書『パンツをはいたサル―人間は、どういう生物か―』を読んだ時であった。その後、私はカッパサイエンスのパンツ・シリーズ『パンツを捨てるサル―「快感」は、ヒトをどこへ連れて行くのか―』『パンツを脱いだロシア人―国家と民族の「現在」を問う―』『パンツをはいたサル、国会へ行く』をはじめ、『都市は、発狂する―そして、ヒトはどこへ行くのか―』『鉄の処女―血も凍る「現代思想」の総批評―』等、同氏が著した様々な著書を読み継ぎながら、その問題意識と追究成果等について後追い的理解を図ってきた。当時「栗本慎一郎」の思想的な動向と足跡をマークしていけば、自分なりの思想を形作ることができるのではないかと考えてのことだった。それぐらい彼の思想的インパクトは強かったのである。

 

 そこで今回は、本書の中で解説されている「栗本慎一郎」の思想内容に関する記述を参考にして、1980年代当時、私が彼から受けた思想的インパクトの中身について回想しつつ、改めて私なりの思想形成にとってそれがどのような意味があったのかを考えてみたい。

 

 栗本氏は、もともとハンガリー出身の経済史家・ポランニーに依拠しながら、市場における人々の振る舞いの儀礼的・幻想的な性格を分析する経済人類学的な仕事をする一方、「蕩尽論」を唱えるフランスの思想家・バタイユにも通じていた。バタイユによると、人間が労働するのは単に生活に必要な物を作り出すためではなく、過剰に生産した物を破壊し消費しようとする欲求が潜んでおり、そうした破壊と消費の大々的な形態が、非日常としての「祝祭」であると考えた。現在、ロシアがウクライナへ軍事侵攻しているが、そのような戦争や殺戮も物だけでなく人間自体も蕩尽されると考えられて、広い意味での「祝祭」なのである。このような考えは不謹慎のような考えだが、バタイユは非日常的な「祝祭」において「過剰」を処理することによって人間社会は成り立っていると主張したのである。彼をマスコミ的に有名にした、1980年刊行の著書『幻想としての経済』はこのような理論に基づき、様々な社会・経済事象を分析したものである。

 

 彼はその翌年(1981年)に、パンツによって性器・性欲を隠しながら生きていくことに象徴される、自己の欲望を隠蔽する技術を覚えたサルとしての「人間」をテーマにした『パンツをはいたサル』という俗っぽいタイトルの本を刊行した。パンツというのは、「人間」の身体の一部ではなく、簡単に取り外し可能な外的な附属物であり、そのパンツによって隠されている欲望というのが、バタイユ的な「蕩尽」への欲望であるということが、ポイントになっている。そして、経済、法律、道徳等のあらゆる社会制度を、「蕩尽」へと向かう欲望を蓄積し、強度を高める「パンツ」として分析することを試みているのである。

 

 なぜ私が同書で示された内容に強い思想的インパクトを受けたかというと、彼の言う「パンツ」を穿いたことによってことによって、人間が社会的な秩序を守る「理性的な動物」に完全に変貌したのであれば、西欧近代の「理性的人間」像とさほど矛盾しないが、彼はあくまでも、どこかで「一気に蕩尽」するための「パンツ」であるという立場であり、この「蕩尽論」に結び付る形で、一見、無駄に消費しているとしか思えない過剰な消費行動も人間にとって必要な「労働」として再評価していた点であった。言い換えれば、「理性的人間」としての「生産的に労働する人間」観から「蕩尽的に消費する人間」観へパラダイム・シフトを企図していた点なのである。ただし、私は同書に出合う数年前に、当時、和光大学人文学部教授でフロイド派心理学者の岸田秀氏の著書『正続・ものぐさ精神分析』を通していわゆる「唯幻論」と出合っており、経済や法律、道徳等の社会制度は全て「幻想」だとする知的ショック体験をしていたので、同書によって「パンツ」と称された概念やそれを下ろすタイミングなどについての理解はそれほど抵抗感がなかったと思う。

 

    しかし、私はそれまで受けてきた学校教育によって意識的であれ無意識的であれ西欧近代の「理性的人間」を理想とし、自分もそうありたいと願っていたのだから、その私の生き方を相対化するこの思想的インパクトはあまりにも強いものであったのである。また、その生き方に基づいて「理性的人間」の育成を目標としていた私の教育観も再構築しなければならないと自覚するきっかけになったと思う。そのような意味でも、その後の教育活動や教員生活の在り方を大きく左右するような強い思想的インパクトだったのである。

教育学のメタ理論体系について~苫野一徳著『学問としての教育学』から学ぶ~

    昨年7月から本市教育委員会の学校教育課で特別支援教育指導員として勤務し始めて、この4月で10か月目を迎えた。年度が変わって職場環境が4階の学校教育課分室から3階へ移動し、7名の指導員の座席も通路を挟んで4名と3名の2つに分かれるという変化があったので、本当に新たな気持ちでスタートすることになった。しかし、まだ年度当初ということもあり、今のところ本来の教育相談業務よりも環境整備や事務の補助等の業務をすることが多い。

 

 昨年度は、勤務したばかりの頃から教育相談業務が中心だったが、本年度になっての今までの業務内容はこれからの教育相談に向けての雑用的な業務のような感じである。本来の日常的な教育相談の業務内容は、何らかの「困り感」がある子どもの行動観察等に基づいて当該児に対する適切な支援内容や方法等について、担任の先生や保護者へ助言するのが主で、例年5月以降に派遣申請を受け付けるそうである。ところが、4月下旬になって急遽、特例的な派遣申請があり、私は市内の小学校と中学校の2校へ出向くことになった。中学校では入学早々の1年生の男子生徒が、学校行事や授業等への参加を拒否して活動場所から逃走する事態になっていた。年度初めから教育困難な情況に陥った学校側からの派遣申請で、今後、学校体制での対応策を講じる必要がある事案になりそうである。

 

 ところで、昨年度からこのような派遣申請を受けて久し振りに学校現場を訪れ、当該児のいる授業を参観するようになって、改めて学校現場のあり方について強く感じたことがある。それは、日本の学校は今でも基本的に「みんなで同じことを、同じペースで、同じようなやり方で、同質性の高い学年学級制の中で、出来合いの問いと答えを勉強する」というシステムを続けている現実があるということ。「そんなこと、当たり前じゃないか!」と叱られそうだが、今までに出会った何らかの「困り感」のある子どもの学習実態等を踏まえても、上述のような学校教育のシステムを改革・改善すべきではないかという感を強く意識するようになったのである。

 

 そんなことを考えていた時、私のTwitterのタイムラインに興味ある本が紹介されているツイートを見つけた。哲学者で教育学者の苫野一徳氏が、この2月に『学問としての教育学』という新刊書を出版したとのこと。同氏は本書を約8年以上前から構想していたらしい。私は今までに機会を得ては、公教育に関する同氏の著書群『どのような教育が「よい」教育か』『教育の力』『「学校」をつくり直す』等を読んできたので、すぐにこれらの著書で主張していたことを学問的な体系へ再構築したものではないかと直感し、早速読んでみた。予想した通りの本であった。

 そこで今回は、本書の中核的な内容である「教育学のメタ理論体系について」の概要をまとめた上で、いつものように私なりの簡潔な所感を付け加えてみたいと考えている。

 

 まず、<はじめに 教育学を〝役立たせる〟>の中で著者は、教育学は誕生以来、二流学問だと言われ続けてきたが、本来は非常に高度な総合学問であり、役に立つ応用学問でもあり得るはずだという確信があったと語っている。この確信に基づいて、教育学に現象学という哲学的土台を敷き、科学性を担保した上で、実践に役立つ理論や方法をいかに開発するかを明らかにすることで「学問としての教育学」を作り上げる、それが本書を書いた目的だと明確に示している。

 

 もう少し具体的に言えば、教育学は教育とは何か、それはどうあれば「よい」と言い得るかという哲学的探究をまず底に敷き、その上で、そのような教育はいかに可能かを、実証的・実践的に探究していくことが必要だということ。だとすれば、このような観点から、教育学の三部門である「哲学部門」「実証部門」「実践部門」が構成されることになり、それぞれ次のような課題が設定されると著者は言っている。

〇「哲学部門」(教育哲学)を、教育の本質解明を可能にするものとして鍛え上げること。

〇「実証部門」を、この哲学に支えられた上で、十分な科学的妥当性と科学的価値をもったものとして鍛え上げること。

〇「実践部門」を、様々な教育現場に〝役に立つ〟実践理論や具体的な実践方法を構築・開発し得るものとして鍛え上げること。

 

 次に、<第1章 教育学の根本問題>では、改めて本書の目的を、教育の本質およびその「正当性」の原理-「公教育=教育学の構想指針原理」-をもとに、「学問としての教育学」を体系化することであり、それは「教育学のメタ理論体系」を作り上げることであるとも語っている。ここでいう「メタ理論」とは、様々な個別理論をより上位で包括する理論のことであり、実業家で人間科学博士でもある西條剛央氏の比喩でいうと、個別理論がコンピュータのソフトであるとするなら、メタ理論はそれを有効に動かすためのOSになる。そして、「メタ理論体系」とは、教育学の三部門における各メタ理論を明らかにし、それら相互の原理的関係もまた明示した「体系」を意味するものである。

 

 具体的な三部門のメタ理論とその体系化した内容およびその解説については、<第2章  メタ理論Ⅰ 哲学部門―「よい」教育とは何か><第3章 メタ理論Ⅱ 実証部門―教育はいかに「科学」たりうるか><第4章 メタ理論Ⅲ 実践部門-有効な実践理論・方法をいかに開発するか>そして<第5章 教育学のメタ理論体系とその展開>に詳しく論じられているので、ぜひ未読の読者は本書を手にして確認してほしい。ただし、この中の「メタ理論Ⅰ」(哲学部門)に関する内容は、当ブログの以前(2019.8.10/同年8.14/同年8.18付け)の記事で基本的な内容を取り上げているので、ここでは本書の結論的な内容を次に挙げておきたい。

 

(1)「現象学=欲望論的アプローチ」により、(2)公教育の本質は、「各人の<自由>および社会における<自由の相互承認>の<教養=力能>を通した実質化」として、またその政策の正当性は<一般福祉>の原理として定位される。(公教育=教育学の構想指針原理)

 

 この「メタ理論Ⅰ」(哲学部門)は、「実証部門」にとっても「実践部門」にとっても「メタ理論」になる。その理由は、それぞれの実証・実践研究は、そもそも何のために、何を目指して行えばよいかについての指針を提供するものだからである。したがって、この内容について十分に理解し、納得することができるかどうかが、「教育学のメタ理論体系」の整合的・協働的関係を把握する上で不可欠である。特に(1)の「現象学=欲望論的アプローチ」のもつ哲学的な意味と意義は、ぜひ多くの人々に知ってほしいと私は念願している。とは言っても、私自身が十分に理解をしているとは言い難いので、偉そうなことは言えないが…。

 

 最後になったが、著者自身が様々な研究者と協働して行いたいと考えている研究の一つ「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」の理論について。この理論は、著者が本書で示した「教育学のメタ理論体系」を土台として「実証部門」および「実践部門」においてより精緻化したいものとして提案したものである。著者による別の言い方をすれば、「公教育=教育学の構想指針原理」を踏まえた上で、デューイ以来の新教育の理論や学習科学等の研究、また国内外の先進的な実践の蓄積をもとにその本質をまとめ直したものである。この実践理論の効果の「実証」や、より具体的な実践方法の開発は今後の課題になっているが、私は本市でもこの課題に果敢に挑んでほしいと希望している。そうすれば、本市における公教育の実質を「よりよく」することができ、結果的に何らの「困り感」のある子どもはもちろん、全ての子どもたちの育ちと学びを「より豊か」にすることができるであろう。

山間部の中学校に勤務していた頃の苦い経験を振り返る!~池永陽著『青い島の教室』をきっかけにして~

 当ブログの以前の記事(2020.7.28/2021.5.16付け)で取り上げた『コンビニ・ララバイ』や『珈琲屋の人々』シリーズの著者である池永陽氏の『青い島の教室』という作品を読んだ。都内の中学校で体罰問題を起こし、伊豆諸島の離れ小島に飛ばされた国語教師・柏木真介は、教育に対するやる気を失って適当な教師生活を送り、生徒たちから「ぐうたら先生」というあだ名をつけられていた。しかし、勤務校において虐めや学級崩壊、モンスターペアレントなどの問題が起きる中、ある夏休みに思いもよらない事態が起きる。…荒れた学校現場を描いた小説を読んでいると、私は現職中に遭遇した苦い経験をついつい思い出してしまった。

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 そこで今回は、その苦い経験について、思い出すままに取りとめもなく振り返りつつ、現時点で自分なりに反省することを綴ってみたい。恥を忍ぶような記事になりそうだが、誰かの参考になれば…という思いである。

 

 私は教職26年目に、初めて小学校から中学校に異動になった経験がある。町内の4つの中学校を統合して4年目を迎えた、山間部にあるまだ新しい木造校舎の中学校だったが、廊下の壁には生徒の鉄拳で何か所か穴が空いているような教育困難校であった。当時、私は教頭職だったので、学校運営の中核を担いながら、中学3年生の3クラスの社会科(公民的分野)の授業も担当することになった。初めて中学校の教壇に立った時に、武者震いをするぐらい緊張したことを今でも覚えている。3月までは同町内の小規模僻地校で昇任教頭として、可愛い小学1・2年生の複式学級の担任を兼務して楽しく過ごしていた。ところが、4月になると荒れた中学3年生を対象にして授業をすることになるとは、まさに「晴天の霹靂」といっても過言ではない状況だったのである。

 

 当時の教育実践論文「思春期の子どもにかかわる<他者>としての教師のあり方を探る~中学校現場における学習指導や生徒指導のあり方に関する考察を通して~」は、当ブログの以前の記事で3回(2019.8.1/同年8.5/同年8.7付け)に分けて掲載したので、既に目を通された読者の方もいるかもしれない。形式は論文風であるが、内容は実践報告レベルのものだったけれど、自分なりに当時の教師や生徒の実態やその関係性等をなるべく客観的にとらえようと四苦八苦しながら書き上げたことを覚えている。当論文を読んでもらえば、その中で私の苦い経験の内容はおおよそ察しがつくと思うが、具体的な中身は分からないであろう。だから、今回は少し具体的な経験話を綴ってみようと思っている。

 

 初めて中学3年のあるクラスで社会科の授業をした時のことである。私が教室へ足を踏み入れて室内を見回すと、ほとんどの生徒たちはどんよりと曇った眼差しを私の方へ一斉に向けていた。よく見ると、廊下側の一番前に座っている一人の男子生徒は、上半身を机に突っ伏して寝ているような状態。反対の窓側に座っている一人の女子生徒は、足を組んで化粧直しをしているような態度、後ろの方の席に座っている男子生徒は、反り繰り返った傲慢な姿勢、等々。その荒廃的で沈鬱な雰囲気は、つい先日まで経験していた小学1・2年の複式学級の明朗な雰囲気とは雲泥の差!その情況をとらえた瞬間、心身共に萎れそうになった私だったが、努めて明るい表情を装って教卓の前まで進み、「皆さん、おはようございます」と爽やかな声で挨拶をした。しかし、半数ほどの生徒たちの「おはよーっす」という無気力な声が返ってきただけで、30名近くの生徒たちの反応は薄かった。

 

 それでも、私は気分を取り直して、簡単な自己紹介をした後、出席簿を手に取り生徒一人一人の名前を呼んだ。この際の返事も生気がない声が多かったが、はっきりと「はい」と返事した生徒も少なからずいたので、私は少し安心した。そして、これからの社会科の授業の進め方について丁寧に説明したり、授業ノートやテストの訂正ノートの書き方等について具体的に指導したりして、初めての長い長い授業が終わった。小学校で授業していた時に45分間を長いと思ったことはほとんどなかった。確かに中学校の授業時間は50分間だから物理的には長いのだが、その時に私が感じた長さは心理的に強いストレスを抱えたままだったので、それ以上の長さを感じた。「この先が思いやられるな。…」職員室に戻る私の足取りは重かった。

 

 私は無気力な生徒たちを少しでも授業に主体的に取り組ませたいと願っていたが、何分にも中学校社会科の授業をするのは初めてだったので、最初はオーソドックスな課題解決的な授業を実践していた。しかし、教科書の本文を正確に読み取ることも覚束ず、資料活用能力も不十分な生徒たちには少し難しい学習方法であり、主体的に取り組む学習活動を保障することにはならないとしばらくして悟った。そこで、私は参考になりそうな中学校・公民分野の教材研究や授業づくりの書籍を数冊買い込んで自主研修し、様々に工夫した学習活動を採り入れた授業実践を試みた。例えば、身近に起こった社会的事象から醸成させた問題意識に基づいて設定した問題解決的な学習活動、社会的な意味を深く考えさせるために行ったディベート的な学習活動、基礎的基本的な学習事項を習得させるために小グループで行ったテスト問題作成型の学習活動、等々。

 

 すると、生徒たちは今までに経験したことがない様々な学習活動に最初は興味をもって取り組むのだが、その社会的事象の本質的な意味について考えを深める段階になると急に興味を失ってしまい、最後はその意味理解に十分に至らないままで学習が終わってしまうことになった。結果的に、生徒たちの知識・理解面での学力を高めることにはならなかった。高校受験を控えて焦り出す生徒に対して有効な手立てを講ずる必要性を感じた私は、最終的には各単元の重要事項を問う穴開きプリントを使用した個別的な学習活動を導入することにしたのである。若い頃から子どもたちの社会的な自己実現を目指すような授業を目指して実践的な教育研究を積み重ねてきた私にとって、ある種の敗北感を味わった苦い経験であった。

 

 今、改めてこの苦い経験を振り返ってみても、当時の悔しい思いが蘇ってくる。それは、教師としての力量不足を否応なく実感した経験だった。では、何がいけなかったのか。それは、まず「学び」から逃走しているような生徒たちの実態を目の当たりにして、教頭という立場で彼らとどのような関係性を築いていったらよいか戸惑ってしまったこと。そのために、思春期の子どもたちに対してついつい迎合的な接し方をしてしまい、必要な場面で教師として信念をもって毅然とした態度が取れなかったこと。また、公民的分野の教材や指導法に関する研究等が不十分だったために、生徒たちに魅力ある教材を提供したり、一貫した学習方法を通したりすることができず、その時その場における目先の興味や関心を優先してしまったこと。そして、何よりも無気力に陥っている生徒たちの生活上の背景や原因等について深く省察することを怠ったことである。

 

 これらの反省内容は、教育活動や授業実践において当然求められる基本的な事柄であるが、当時の私は教員としての見栄を張ろうとする気持ちを優先させていたのではなかったか。それまで小学校教師としての自分の力量に対して自信をもっていた私は、中学校へ転勤して教育困難な事態への適切な対応を迫られたことで、それが自分の慢心になっていたことを悟ることになった。私にとって、教師としてだけでなく一人の人間としての新たな目標や理想とすべき姿を見出すことに繋がった点で、この苦い経験は有難いものであったと今だから言える。人生は常に試行錯誤や失敗の連続的過程であり、その成果は結果的に後から付いてくるものなのだ。つくづくそう思う。

グレーゾーンにこそ<生きること=学ぶこと>の醍醐味がある!~千葉雅也著『現代思想入門』の「はじめに 今なぜ現代思想か」に共感して~

 最近、私のTwitterのタイムラインで評判になっている『現代思想入門』(千葉雅也著)を読んでみた。今、再度読み直しているのだが、改めて「はじめに 今なぜ現代思想か」の内容が私の心に深く沁み込んでくる。というのは、今から約30~40年前に私が地元の国立大学教育学部附属小学校に勤務していた頃に、二人の先輩(10歳上と20歳上)教師から、戦後に流行した「実存主義」の哲学や1960年代にフランスで大ブームとなった「構造主義」、さらに構造的な二項対立の脱構築を図る「ポスト構造主義」等の考え方を取り入れた教育論について学んだ経験を想い起したからである。

 

 当時、どのような教育をすれば子どもの自己実現を図ることができるかという問題意識で実践研究に取り組んでいた20代~30代の私は、先輩たちが展開する哲学的・現代思想的な視座に立った教育論を傍で聴くだけの存在であったが、教育という営みをそのような視座からとらえる発想に驚嘆するとともに、二人の教師としての在り方に憧憬の念を抱いた。しかし、浅学菲才な私は「実存主義」や「構造主義」に関連する本を少しずつ読んで何とか理解するのがやっとで、「ポスト構造主義」を標榜するジャック・デリダやジル・ドゥル-ズ、ミッシェル・フーコーなどの著書や解説書にまで手を出す余裕がなかった。その代わりというのも変だが、その後に教育実践の在り方を問い直す上で有意義だと認識したフッサールの「現象学」に対する関心を深めて、その理論を分かりやすく解説していた竹田青嗣氏や西研氏らの著書を読んで学ぶ方向へ傾斜していった。その結果、「ポスト構造主義」や「ポスト・ポスト構造主義」に関しては、間接的に触れる程度で直接的に学ぼうとすることから逃げてきたのである。

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 現職を退いて約7年の月日が過ぎた今、もう学ぶ必要もなかろうと思っていたが、今回、ちょっとした興味から本書を手にして「ポスト構造主義」や「ポスト・ポスト構造主義」の思想のエッセンスも学ぶ機会を得ることができ、私は久し振りに大きな知的刺激を受けて少し若返ったような気分になった。特に「はじめに 今なぜ現代思想か」に書かれていた著者の現状認識とそれに対する問題意識に強く共感することができたことは、私のような高齢者にとっても本書を読む意義があったと嬉しく思った。

 

 そこで今回は、本書の「はじめに 今なぜ現代思想か」の内容で特に私が強く共感したことをまとめるとともに、それに関連して今から約30~40年前当時に先輩教師から学んだことや自分なりに考えていたことを想起しながら綴ってみたいと思う。

 

 著者は、今なぜ現代思想なのかという理由として、おおよそ次のように説明している。

…現代は社会全体が秩序化、クリーン化という方向へと改革が進んでいて、それによって生活がより窮屈になったり、自分たちを傷つけたりすることになっている。それに対して、現代思想というのは、秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、すなわち「差異」に注目する思想であり、それが今、社会や人生の多様性を守るために必要である。人間は歴史的に、社会および自分自身を秩序化し、ノイズを排除して、純粋で正しいものを目指していくという道を歩んできたが、このことで誰も傷つかず、安心・安全に暮らせるというのが本当にユートピアなのだろうか。犯罪の防止は必要だとしても、それは過剰な管理社会が広がることになるのではないだろうか。我々はこれらの現状に対して警戒しなくてはならないし、その点に関わっている思想こそ人が自由に生きることの困難について語っている現代思想ではないだろうか。…

 

   ここで言われる「現代思想」とは、1960年代から90年代を中心に、主にフランスで展開された「ポスト構造主義」(構造主義の後に続く思想のこと)の哲学を指している。では、そもそも「構造主義」とはどのような考え方か。著者は、「構造」とはおおよそ「パターン」と同じ意味だと示し、「構造主義」とは「具体的には異なっていても、別の作品やジャンルで、抽象的に同じパターンが繰り返されているという見方」であると大胆に説明していて、私はこの力技の解釈ができる著者の哲学的な力量に正直、脱帽した。それに対して、「ポスト構造主義」とは「パターンの変化やパターンのから外れたるもの、逸脱を問題にし、ダイナミックに変化していく世界を論じようとした学問の方法論」であると、著者は実に分かりやすく定義付けてくれている。

 

 また、この「ポスト構造主義」の代表的三人、デリダドゥルーズフーコーの共通項を、「二項対立の脱構築」(物事を「二項対立」、つまり「二つの概念の対立」によって捉えて、良し悪しを言おうとするのをいったん留保すること)ととらえている。「二項対立」はある価値観を背景にすることで、一方がプラスで他方がマイナスになるものなのだが、そもそも「二項対立」のどちらがプラスなのか、絶対的には決定できないものだと、「ポスト構造主義」は考えるからである。この「二項対立」のプラス/マイナスは、非常に厄介な線引きの問題を伴うのである。その線引きの揺らぎに注目していくのが「脱構築」の思考なのである。

 

 さらに、著者は人間の生き方における能動性と受動性という「二項対立」においても、どちらがプラスでどちらがマイナスかということを単純に決定できないと示し、「能動性と受動性が違いに押し合いしながら、絡み合いながら展開されるグレーゾーンがあって、そこにこそ人生のリアリティがある。」と語っている。私はこの言葉を目にして、今から37年前に附属小学校の研究大会の全体会で発表した時のことを想い起したのである。

 

 私が全体会で発表したテーマは「一人ひとりの動きを高め合う体育学習―「基本の運動」を中心に―」で、それまでの体育科授業の在り方は教師の一方向的な指導を中心にした「教師指導型」であるから、教師と児童との相互作用過程を大切にした「中空構造型」へと構造を転換することが大切であると提案した。その際のOHPシートに描いた図は、左側に秩序や意識、勉強等を重視する「教師指導型」の円を、右側に混沌や無意識、遊び等を重視する「児童放任型」の円を描き、その2つの円が重なり合う部分、つまりグレーゾーンに「中空構造型」の体育科授業を位置付けたものであった。今から考えると、この図こそ二人の先輩教師から学んだ「ポスト構造主義」の考え方を生かした、つまり「二項対立」図式から何とか「脱構築」しようと苦心して描いた図だったのである。

 

 私は当時、「ポスト構造主義」の考え方をきちんと学ぶことをしなかったが、体育科の授業の在り方をもっと教師と児童、児童相互の豊かなコミュニケーションに支えられた学びの構造に転換したかった。それは、人生のリアリティは人格的に対等な自他の相互作用の過程にあるのだから、授業も教師と児童、児童相互が人格的に対等な存在として相互作用する過程を保障すべきだと考えたからであった。つまり、<生きること>と<学ぶこと>は決して分離されるものでなく、<生きること=学ぶこと>という考え方で授業の構造を再構築したかったのである。今、改めて振り返ると、私の当時のこのような考え方は、「二項対立の脱構築」を目指した「ポスト構造主義」的な授業観だったのだと再認識したのである。

 

 本書の「はじめに 今なぜ現代思想か」を読み返しながら、私は研究大会の全体会で研究発表した当時の懐かしさとともに、自分なりの考えが間違っていなかったことに多少なりの誇りを感じることができた。

 

 そうなのだ、「グレーゾーンにこそ<生きること=学ぶこと>の醍醐味がある!」

脱原発を志向する哲学とは?②~國分功一郎著『原子力時代における哲学』から学ぶ~

 前回は、私の原子力に対する認識の再構成を図るきっかけにすべく読み始めた『原子力時代における哲学』(國分功一郎著)の本編前半の概要についてまとめた。まず、核兵器に対する絶対的な拒否の半面、「原子力の平和利用」という原発については大勢が受け入れようとしていた20世紀半ば、原子力そのものに対して根本的な批判をしていた唯一の思想家・哲学者は、マルティン・ハイデッガーであった。その彼の技術(テクネー)についての独自の考え方、つまり「技術とは自然が持っている力を外に導き出すことだ」という考え方について簡単に紹介した。しかし、「現代技術である原子力の技術は、その技術論とは相反して自然を挑発するものである」と彼は批判したのである。

 

 そこで今回は、ハイデッガーが自ら著した『放下』において原子力技術に関してどのように語っているかを読み解いた第3講と、著者がハイデッガーの言説だけでなく、精神分析の知見も織り交ぜて「原子力時代における哲学」を語った第4講、つまり本編の後半部の概要についてまとめてみたいと思う。

 

 第3講<『放下』を読む>において、著者はまず「放下」という講演から抜粋した内容の一部を紹介しながら、ハイデッガー原子力技術に対する考え方を指摘している。簡潔に述べれば、核エネルギー使用の根拠を考えるのが省察する熟慮のはずなのに、そういうことを考えないまま科学は事を進めてしまうと強い危機感を抱いていたハイデッガーは、科学技術との関わりにおいて、我々は「放下」という態度を取ることが大切であると考えたのである。

 

    ここで使われている「放下」というのは、「技術そのものはいいけれど、技術が我々を独占するようになってきたら、それに対してノーという態度」のことであり、「隠された意味に向けて我々が自分たちを開け放つ態度」のことでもある。ハイデッガーは、「このような態度によってこそ、技術について隠されている秘密=謎を我々に告げてくれる」と語っている。そして、技術について隠されている秘密=謎が分かれば、何を思考するための地盤にすればよいかが分かってきて「来たるべき土着性」(極めて身近にあるが、具体的には示されていない!)を持つことができると、その展望を見通しているのである。

 

 次に、著者は科学者・学者・教師という三人の登場人物が思惟について会話を展開する「放下の所在証明に向けて」(「アンキバシエー」と題された長い対話篇の末尾部分)について読み解いていく。この中で、教師が「思惟するためには端的に意志の外部に留まっているような無-意欲」という状態、言い換えれば「放下」という状態にならなければいけないと言い、それに対して科学者が「放下は能動性と受動性の区別の外部に横たわっている」と語り、学者が「放下はそもそも意志の領域の内には属していない」と話す場面を紹介する。そして、この場面で重要なことは、「これを考えるぞ!」という態度で何かを考えるのではなくて、何か発信されてくるものを受け取ることができるような状態をつくり出すことが思惟であり「放下」であると、ハイデッガーが語っていると著者は解釈している。

 

 ハイデッガーが『放下』というテキストで原子力という問題に対して出した答えは、新しい核エネルギーの使用の根拠について「考える」ことが大切であるという単純なものであった。しかし、彼は「では皆さん、一緒に考えましょう!」と言っても人は何も考えないことを知っていた。だから、彼は「考えるとは何か」、つまり思惟の本質とは何かを巡る会話そのものを、考える過程として書き記すことを試みた。したがって、『放下』において重要なのは、言っていることとやっていること、つまり内容と形式とが一致していることなのである。

 

 第4講の〈原子力信仰とナルシシズム〉についても触れておこう。ここでは、脱原発を志向する哲学の問題として、「なぜ人々は原子力をこれほどまでに使いたいと願ってきたのか」を追究することがポイントである。著者は『日本の大転換』という著書を著した中沢新一氏の言説を参考にして、「原子力技術は、生態圏の外部である太陽圏で起きる核融合反応を媒介なしで内部に取り込もうとする、言い換えれば外部からの贈与に依存しない完全に自立したシステムを作り出そうとする希求が根底にある」ととらえており、このことが原子力信仰の内実ではないかと鋭く指摘している。そして、原子力信仰の根幹にあるのは「贈与を受けない生」への欲望であり、それは人間の二次ナルシズムの問題と結びついているのではないかという精神分析の知見を適用してとらえようと著者はしている。

 

 最後に著者が示した「人類が原子力への欲望、贈与なき生への欲望というナルシシズムを乗り越えていくことで、初めて最終的な脱原発が達成されるだろう」という一応の結論は、私にとってはあまりにあっけないものであった。原子力技術がもたらす「贈与を受けない生」への憧れを、私たち人類は本当になくしていくことはできるのだろうか。一人一人の人間が自分の人生の中でそれなりにナルシシズムを乗り越えていくように、人類もナルシシズムをそれなりに乗り越えていくことができるという著者の見通しは希望的な展望であり、その実現は困難なように私には思われる。でも、私の今までの原子力に対する認識を再構成するきっかけにはなった。今からでは遅すぎるかもしれないが、これから私なりの「原子力時代における哲学」を作り上げていきたいと考えている。

脱原発を志向する哲学とは?①~國分功一郎著『原子力時代における哲学』から学ぶ~

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって約3週間が過ぎた。ウクライナ軍の思わぬ抗戦に遭って戦争が長期化してきたために、プーチン大統領は当初の思惑とは違った展開になり焦っているのではないか。国際的な非難はもとより、膨大な軍事費や国内経済の疲弊等による打撃、そして何よりも国内の徹底した情報統制に綻びが見え始め、国民世論の戦争反対への傾斜という事態の推移が、その焦りの要因になっているのではないかと思われる。そのような中、プーチン大統領ウクライナの降伏を早めるために、化学・生物兵器のみならず核兵器も使用するのではないかとの憶測が流れ、もしかしたら現実化するのではないかという国際的な不安が起こっている。

 

 旧ソ連が崩壊して東西陣営による冷戦が終結した後、核兵器を使用した戦争は人類の滅亡につながるという共通認識で国際社会が合意していたが、その平和的なグローバル構造は今回のプーチン大統領による蛮行によって崩壊しかねない事態を迎えている。また、前回の当ブログの記事でも少し触れたが、ロシアは放射能汚染という大惨事が起きるかもしれないのに、ウクライナの電力供給の要である南部ザポロジェ原発を攻撃して制圧している。プーチン大統領は、先の大戦末期の1945年に広島や長崎に投下された原爆や、2011年に東日本大震災による大津波によって起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故による被害情況について、正しく認識しているのだろうか。また、国際平和を謳っている国際連盟安全保障理事会常任理事国であるという自国の責任ある立場について、どのように考えているのだろうか。

 

 私は今回のプーチン大統領原子力に対する無見識ぶりを知るに至り、自分自身の原子力に対する認識を問い直してみた。すると、「日本の核兵器の開発や保有については反対だが、アメリカの核兵器の傘に下での日本の安全保障体制は容認。原発には理念的に反対だが、他のエネルギーによる発電よりは低コストであり効率的な核の平和利用なのだから現実的に賛成」という認識であることを自覚しなければならなかった。でも、そのような原子力に対する認識でよいのだろうか。私は自分の認識を再構成するきっかけにしようと、しばらく積読状態にしていた『原子力時代における哲学』(國分功一郎著)を読むことにした。

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 そこで今回と次回において、著者が本書の中で主張したかった内容(特に本編の前半と後半に分けた内容)の概要をなるべく簡潔にまとめ、最後に本編の内容に対して私なりの所感を付け加えてみようと考えている。本書は、著者が2013年7月から8月にかけて行った全4回の連続講演「原子力時代における哲学」の口述筆記に大幅な加筆修正を施した内容を本編とし、2018年9月15日に行われた「ハイデガー・フォーラム」第13回大会において口頭発表された論考を巻末付録として位置付けた構成になっているが、巻末付録の内容は本編と重複する内容もあることから当ブログの記事ではあえて触れないことにしたい。

 

 まず、本編の導入になっている第1講の<1950年代の思想>では、特に1950年代に注目して当時の思想家・哲学者が核兵器や「核の平和利用」を謳った原子力発電に対していかなる議論を展開したかについて紹介している。一人目はギュンター・アンダーソンを取り上げ、彼が核兵器の問題を哲学的に論じて批判した点について著者は評価しつつも、原子力発電の問題を考察の対象にしなかったことに疑義を感じている。また、二人目に取り上げたハンナ・アレントに関しては、原発について哲学的に考察していた点を評価しつつも、それを技術における疎外という一般的な図式で論じていた問題点を指摘している。しかしながら、核兵器が絶対的に否定される中で、「原子力の平和利用」が大勢に受け入れられていた20世紀半ばに、原子力そのものに根本的な批判をしていた例外的な思想家・哲学者がいた。それこそが、マルティン・ハイデッガーであると著者は言っている。

 

 次に、第2講の<ハイデッガーの技術論>では、原子力技術にまで敷衍されるハイデッガーの技術に対する独自な考え方、つまり、「技術とは自然がもっている力を外に導いていくことなのだ」という考え方について具体的に論じている。また、この技術(テクネー)の本質を探るためにソクラテス以前の自然哲学にまで視野を広げつつ詳細に論じていて、私はハイデッガー流の技術論の核心的な内容をおおむね理解することができた。ところが、ハイデッガー原子力に関する現代技術は、このテクネーの本質から根本的にずれてしまい自然を挑発してしまっている点に問題があると鋭く批判するのである。

 

 さらに、第3講の<『放下』を読む>では、ハイデッガーが生前に刊行した例外的な書物の一つ『放下』というテキストを使って、彼が原子力に対してどのように語っているかを検討しながら読み進めている。特にその中で、『放下』の中に位置づけている対話篇「放下の所在究明に向かって」を詳細に解読している。第4講の<原子力信仰とナルシシズム>では、ハイデッガーの言説だけでなく、現代哲学の一つの領野である精神分析の知見も織り交ぜて「原子力における哲学」を追究している。これら本編の後半部分の内容に関しては、未読の部分があるのでしばらく時間を置いて、次回の記事でもう少し詳しく触れてみたいと思う。

「解離性障害」って何?~柚月裕子著『ウツボカズラの甘い息』を読んで~

 ロシアによるウクライナへの武力侵攻が激化し、3月4日には稼働していたウクライナ南部にある欧州最大級のサポロジェ原発を砲撃し、制圧した。稼働原発への軍事攻撃は史上初であり、もし誤って稼働している原子炉を砲撃していたら1986年のチェルノブイリ原発事故を上回る大惨事になりかねない蛮行である。ロシア側としては、電力という重要なインフラを手中に収めることでウクライナへの圧力を強めることが狙いであろうが、その軍事作戦はあまりにも無謀なものであり、人類の平和と安寧への願いを無視するものである。私は、改めて「原子力の平和利用」と言われる原発の安全性に対する国際的な保障体制を見直す必要性を痛感した。

 

 原発事故と言えば、今から11年前の3月11日に発生した東日本大震災に伴って発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故のことを思い出す。大津波の被害によって全電源喪失という事態に陥り、原子炉を冷却することができなくなってメルトダウンを起こしたのである。この原発事故に関連して今でも約3,800人が避難生活を余儀なくされており、来春に予定されている帰還困難地区の一部における避難指示解除によって、どれだけの住民の帰還が進むかはまだ見えていない。また、原発事故の処理水海洋放出も予定されている中、それによる風評被害の払拭等の復興への課題は今も残されている。それほど、原発事故は多くの人々の尊い生命と財産、そして平穏な日常生活を奪い去ってしまうものなのである。

 

 この東日本大震災の政府主催の追悼式は、10年の節目だった昨年で最後になり、11年目を迎えた今年は式典を開かない被災自治体も増え、追悼の形に変化が出ているという。しかし、私たち日本人はこの大惨事を風化してはならない。マスメディアもその現状を憂い、ここ数日、関連番組を制作して報道している。その中でテレビでは時に津波の映像が流されることがあるが、その前には「この後、津波の映像が流れます」という主旨のテロップが出る。これはおそらくPTSD(心的外傷後ストレス障害)によるフラッシュバックを起こしてしまう人々への配慮なのであろう。耐え難い精神的苦痛を体験した時の記憶を、その後も何らかのきっかけで再生してしまい、その度に精神的に動揺し不調に陥る症状を起こしてしまう人がいるのである。中には、それが高じて「解離性障害」を発症してしまう人もいる。

 

 ところで、私は上記のような出来事について考える中で原発事故や原子力についてもっと知る必要があると思い、昨日から『原子力時代における哲学』(國分功一郎著)を少しずつ読み始めた。まだ数ページしか読み進めていないし、明日からはフルタイムの仕事をしながらの読書になるので、読了するまでに数週間掛かるのではないかと思うが、読後の所感を必ず当ブログの記事にしたいと考えている。乞うご期待!

 

 その代わりと言っては何だが、今回はこの1週間ほど寝床の読書の対象だった『ウツボカズラの甘い息』(柚月裕子著)という犯罪小説を取り上げたいと思う。「また柚月作品かよ!」と突っ込まれそうだが、先ほど触れたPTSD(心的外傷後ストレス障害)によるフラッシュバックと関連している「解離性障害」が本作品のキー・コンセプトになっているのでぜひ紹介したいのである。もちろんネタバレにはならないように気を付けて…。

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 本作品のプロローグには、精神的疾患をもつ患者と医師との診察場面が描写されている。患者の愁訴は自分を脅かしたり嫌な気分にさせたりするものを思い出してときどき頭がぼうっとすることであり、その居心地の悪い状態から脱して心が落ち着く方法を医師が教示している様子である。そして、医師は患者に安定剤と睡眠剤を処方している。患者は2週間ごとに診察に訪れているらしいことも分かる。

 

 この患者が、本作品の主たる登場人物の高村文絵という主婦。日々、家事と育児に追われている文絵がある日、中学時代の同級生、加奈子に再会する。彼女から化粧品販売ビジネスに誘われて、平凡な主婦にしては月50万円という高額の報酬を得て生き甲斐を感じ始めていた矢先に、鎌倉のある別荘で殺人事件が起きる。そして、文絵はその事件に絡めとられていくのである。この辺りの文絵の揺れ動く心理描写を中心とした前半のストーリー展開に、私はついつい自然に引き込まれていった。

 

 ところが、この殺人事件を捜査する中年の男性刑事と若い女性刑事の二人が登場してからのストーリーは、あっと驚くような意外性に満ちた展開を見せる。私の心はさらにぐいぐいと引き込まれていく。しかし、これから後の展開は本作品の一番面白い部分なので、そこにはなるべく触れないようにしたいが、私が強く興味を惹かれた「解離性障害」という精神疾患については少し触れたい。

 

 「解離性障害」については、以前(今年2月26日付け)の記事でも「子ども虐待」におけるトラウマと関連させて若干触れたので既読の読者はおおよそ分かっているとは思うが、初めて今回の記事に目を通している方のために念のために説明しておこう。「解離性障害」とは、脳に器質的な傷を受けていないのに、心身の統一が崩れ、記憶や体験がバラバラになる解離という症状が出る精神疾患のことである。

 

 この「解離」という心の働きは、大きな苦痛を伴う体験をした時、心のサーキットブレーカーが落ちてしまうかのように、意識を体から切り離す安全装置が働くことが元々の基盤になっている。人はもともと弱い生き物であり、肉食獣に噛まれ、捕食されそうになった時、噛まれた苦痛でパニックになっていては逃げられる可能性は低くなる。だから、このような危機的瞬間に対処できるように、苦痛の回路を遮断してしまう安全装置が備わっていたという。さらに、いよいよ逃げられなくなった時には、苦痛を遮断して楽に死ねるように安全装置が働くのである。つまり、意識を体から切り離してしまえば、苦痛を感じなくて済むのである。しかし、実はこの「解離」は人間だけの現象ではないらしい。狸がショックを受けた時に仮死状態になる、いわゆる「狸寝入り」も「解離」の一種という。

 

 本作品における殺人事件を解決する際のキー・コンセプトは、この「解離性障害」だと思う。では、それがどのように事件解決の繋がるのだろうか。それらについては、本作品を読んで確かめたり、見つけたりしてほしい。柚木裕子という作家は社会派ミステリーの名手だと実感させる作品にまた出合い、最近、重苦しく暗い気分に陥っていた私の心を少し明るく照らしてもらったような気分になった。柚月作品は、私にとって精神安定剤のような効用があるのかもしれない。有難いことである。

ネットなどの二次的情報の後追いへの偏重に気を付けて!~養老孟司著『子どもが心配―人として大事な三つの力―』から学ぶ~

 長年愛用している腕時計の電池が切れて針が動かなくなったので、近くのイオンモールに入っている時計店へ持って行った。電池を入れ替えてもらっている間に、階上のフロアに入っている書店で新刊の本を物色していたら、気になる新書を見つけた。東京大学名誉教授で400万部を越えるベストセラーになった『バカの壁』の著者である養老孟司氏と、日常子どもたちに接している4人の碩学の対談を書籍化した『子どもが心配―人として大事な三つの力―』である。サブタイトルの三つの力というのは、一つ目が対談者の立命館大学教授で児童精神科医である宮口幸治氏が重視している「認知機能」、二つ目が慶應義塾大学小児科の医師で主任教授である高橋孝雄氏と日立製作所名誉フェローの小泉英明氏が共に強調している「共感する力」、そして三つ目が自由学園長の高橋和也氏が自園の教育で目指している「自分の頭で考える人になる」ことを指しているらしい。私は購入することを即断した。

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 本書の「まえがき」によると、著者の養老氏は30年以上、鎌倉市の保育園の理事長を務めてきて、子どもたちのことを考える機会に恵まれてきたそうである。そして、80代半ばになり、いまさらながら子どものことが心配になり、いろいろな方に話を伺いたいと考えていたところ、PHP新書編集部がそれを企画して上記の4名の方々と対談することになったという。本書は対談形式になっているので、各人の考え方の基本が明快かつ平易な言葉で語られているから、とても読みやすい。でも、その内容は、真剣に我が国の未来、特に子どもの未来を考えている人たちにとって、大いに参考になるものである。

 

 そこで今回は、私の心に特に印象深く残った高橋孝雄氏との対談<第2章 日常の幸せを子どもに与えよ>で語られた「ネットなどの二次的情報の後追いへの偏重」に関する内容のポイントをまとめ、私なりの所感を付け加えてみたい。

 

 まず、高橋氏は子どもの声を傾聴して「違和感」にいち早く気付くことが小児科医の仕事であり、「小児科医は子どもの代弁者」にならなくてはならないと熱く語っている。そして、「代弁者」であるためには、子どもの気持ちを理解すべくその子のふるまいや表情に絶えず目を配ることが大事であるが、それは簡単なことではなく、プロフェショナルとしての小児科医は病気の子どもと親御さんの「代弁者」になるように何十年もかけてトレーニングを重ねているという。しかし、両親には本能的に「子どもの心を読み取る力」が備わっているはず。もし両親が気付けないとしたら、ネットをはじめ様々な情報に邪魔されて、その能力が衰えているのだろうと鋭く指摘している。「大人は自分の価値観をむやみに押し付けるのではなく、まずは子どもの声に耳を傾けて、代弁してあげることから始めるべきではないでしょうか。」という高橋氏の言葉は、保護者や教師等、教育に携わる人々にとっての箴言だと私は受け止めた。

 

 次に、高橋氏はインターネットの過剰利用がもたらす「実体験の減少」という弊害について警鐘を鳴らしている。ネットにおけるバーチャル空間でまるで本物のような体験を得ることができても、現実世界での実体験は増えないどころか減っていくばかりであり、結果的に人間関係が「五感に頼らない、または五感がスポイルされたコミュニケーション」に埋め尽くされていくのではないか。また、リアルな営みを本気で体験している時は、適度なストレスや負荷がかかっているので、ささいな何かを成し遂げることでも大きな充実感や達成感を得られるもの。さらに、子どもに様々なストレスが程よく働くと、遺伝子の発現にリズム感が出てきて、身体や精神の働きの変化として現れるという「エピジェネティクス」と呼ばれるシステムが働くことにも触れている。私は「実体験の減少」によって人間として大切な何かが損なわれていると今まで直感していたので、このような具体的な内容について知り、我が意を得たりの心境になった。

 

 もう一つ重要な論点として、高橋氏は育児におけるインターネットの過剰利用についても触れている。今の親たちが「正しい育児法」についての答えをネットに求める傾向があり、その際に陥りやすい問題として自分が実践している育児と比べて少しだけレベルの高い方法に「正しさ」を求めがちになる。このようなネット検索は、「正しい育児」という鬼をつかまえる追いかけっこのようになり、これが「負け続ける育児」につながってしまうのではないかと危惧しているのである。親たちの多くが「正しい育児をすれば、将来、社会が求める正しい大人に育つ」という幻想を抱き、その情報をネットに求めれば求めるほど、自分には実践できないような気になってくる。つまり、これは「負け続ける競争」にしかならないのである。私は、社会における他者との競争は必ずしも否定できないと思うけど、見えない無数の敵、実像をともなわない相手と競争することは確かに危険だと思った。

 

 最後に、養老氏と高橋氏は人間関係に関する様々な実体験を経て、人は五感を通じて「自分がこういうことをすれば、相手はこんな風に感じる」ということを学習し、その過程で想像力が育まれることに目を向けている。そして、子どもの頃に想像力が身に付けば、「共感する力」のようなものが芽生えるはずだと語り合っている。また、相手には相手の考えがある、相手のルールがあるということを理屈ではなく感じ取れる力は、人を幸せにしてくれると確認し合っている。人の幸せを共に喜び、人の苦しみをきちんと理解し、寄り添うことのできる人は成熟した大人であり、幸せになれる人である。私も、このような「共感する力のある成熟した大人」に子どもを育てていくことが、保護者や教師等、大人の責務だと考えている。

 

   そのようなことを考えていると、隣国のウクライナに対して武力侵攻するという蛮行を平然と行うロシアのプーチン大統領は、「共感する力のある成熟した大人」になれなかった人ではないかと、どうしようもない憤りの感情と共に子どもの頃のプーチンに行われた教育の無力さを痛感してしまう。今のプーチンを止めることは世界の誰もできないのだろうか!また、ネットにおけるSNSなどに対してもフェイクニュースなどをロシア側が流すという情報操作をされている危険があるので、今回のロシアの起こした戦争の実態を知るためにネット情報への偏重を避け、適度な距離を取って冷静に判断するという理性的な対応が求められるであろう。とにかく、一分一秒でも早く停戦し、一人でも多くの人命を救い出してほしいと祈るばかりである。