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「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

働かざるもの食うべからず?~泉谷閑示著『仕事なんか生きがいにするな-生きる意味を再び問う』を読んで~

 私に実存的な問題として浮上してきた「なんとなく退屈だ」という気分との闘いについての方策は、前回の記事に具体的なイメージ内容として示すことができた。それに対して、もう一つの実存的な問題、つまり「社会的に有意義な仕事をしていないと人生を充実できないのではないか」というロマン主義的な価値観の揺らぎへの対応についての方策は、まだその解決の方向性を見出せていていない。

 

 ただし、本年3月17日付け当ブログの記事<「暇」の中で「退屈」せずに生きる術を知る階級?仕事こそ生き甲斐と感じている階級?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ④~>の中で、著者の國分氏が取り上げていた経済学者ソースティン・ヴェブレン著『有閑階級の理論』や同じく経済学者ジョン・ガルブレイス著『ゆたかな社会』におけるキー・コンセプトに関連して、仕事や労働に関する私の考え方を明らかにしておいた。それは、「額に汗して労働することだけが幸福をもたらす」とか「仕事が充実すべきだ」とかという考え方である。そして、そのような考え方を、私は「生の意味」や「人生の充実」を求めるロマン主義的な考え方と連結させて、自身の価値観として根付かせてきたことも示しておいた。

 

 そこで今回は、上述したような私の中にある仕事や労働に関連するロマン主義的な価値観について、その形成過程を辿りながら相対化を図り、今後の考え方の方向性を見出していきたいと思う。その際に、いつもの如く積読状態にあった本『仕事なんか生きがいにするな-生きる意味を再び問う』(泉谷閑示著)を読んで参考になる箇所を援用しながら、もう一つの実存的な問題を解決する糸口を見つけたいと考えている。

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 それにしても、私はいつ頃から「社会的に有意義な仕事をしていないと人生を充実できないのではないか」というロマン主義的な価値観を形成してきたのであろうか。私の自分史を振り返りながら、その形成過程の探ってみよう。

 

 以前の記事でも触れたことがあるが、私は小学校中学年頃に母子家庭になり、経済的には困窮生活を余儀なくされた。協議離婚の際に母親に付いていくことを決意した時に、その覚悟はできていたので、貧乏な暮らしに対してそれほど苦痛に思ったことはない。もちろん私が少年期から青年期に成長する時期は、我が国は「高度経済成長期」だったこともあり、貧乏ながらも少しずつは生活レベルが向上していったという背景があるかもしれないが…。そのような中、私は多感な思春期を迎える頃には、「物質的な豊かさより精神的な豊かさを求めることこそが人間にとって幸せなのだ」という価値観を自然に身に付けたと思う。それ故か、青年期になる頃には、将来なりたい職業について、営利目的ではなく公共目的の職業に就きたいと考えていたように思う。

 

 もう一つ、どのような経緯からだったかは覚えていないが、思春期の頃から労働や仕事に関する内容で無意識に記憶した言葉があった。それは、「働かざるもの食うべからず」という言葉である。一般的には「働けるのに働こうとしない者は、食べることもしてはならない。」という意味だが、私は「生きていくためには、働かなければならない。」というより強制的な意味として受け止めていたように思う。なぜ、そのような強制性をもった意味付けをしていたかは定かではないが、先日、本書を読んでいる時にこの言葉の由来について言及している箇所を見つけ、その理由の背景みたいなものを知り、なるほどと思った。

 

 その箇所とは、社会学マックス・ヴェーバーが1904年に発表した『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で、カルヴァン派から派生したピュウリタニズムの代表的信徒であったバックスターの主著の内容に触れた、次のような箇所である。…ところで、労働はそれ以上のものだ。いや端的に、何にもまして、神の定めたもうた生活の自己目的なのだ。「働こうとしないものは食べることもしてはならない」というパウロの命題は無条件に、また、誰にでもあてはまる。労働意欲のないことは恩恵の地位を喪失した徴候なのだ。…

 

 そうなのである。「働かざるもの食うべからず」という言葉の起源は、一つのキリスト教的倫理観を表わしたものだったのである。このことは、我が国に資本主義が輸入されたと同時に、知らず知らずのうちに、「労働」に禁欲的に従事すべしという「資本主義の精神のエートス」までもが輸入されていたことを表わしている。さらに、私が「教職こそ天職だ。」という時の「天職」という言葉も、宗教改革の際にマルティン・ルッターが聖書翻訳で登場させた「天職Beruf」という概念から始まっていたことも記されており、私は知らぬ間に世俗的日常労働に宗教的意義を認めるキリスト教的思想をもっていたことになる。これらのことから、私はひたむきに「天職」を遂行することが「世俗内禁欲」という徳のある生き方であるというプロテスタントの価値観を基に、「労働」して稼ぐことこそが善行であるととらえるようになるとともに、「働かざるもの食うべからず」といった「資本主義の精神のエートス」をもつようになったのだろうと思う。

 

 しかし、このような考え方は、仕事や労働によってほとんどが占められている生活を生み、その結果として生活を奴隷的で非人間的なものにしてしまう危険性を孕んでいるのではないだろうか。それに対して、著者は儲かるとか役に立つとかいった「意義」や「価値」をひたすら追求する「資本主義の精神のエートス」というものから、各自が目覚めて生き物としても人間としても「意味」(「心=身体」による感覚や感情の喜びによってとらえられるもの)が感じられるような生き方を模索することが、これからの私たちに求められている課題だと述べている。私はこのような著者の考え方を本書で知り、「働かざるもの食うべからず」という言葉の呪縛から解き放たれる必要性を痛感した。そして、仕事や労働にとらわれない日々の生き方や在り方を、じっくりと考えることができる地点に達したと、私は今、実感している。

なぜ人は「退屈」するのか?私は「退屈」とどのように向き合うのか?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ⑩~

 いよいよ本書に関する10回連続記事の最終回になった。今回は、前回からの宿題である、著者の総括的な結論を受けて、私なりに今までの生き方や在り方を振り返りつつ、私を不意に襲った実存的な問題(「暇」の中で「退屈」してしまうという事態にどのように向き合うかという問い)に対する具体的な回答内容をまとめようと思うが、その前に本書『暇と退屈の倫理学』新刊の末尾に所収されている付録「傷と運命」の中で、私にとって大きな意味をもつと思った内容について触れておきたい。

 

 著者が、「なぜ人は退屈するのか?」という本書の主題に関わる基本的な問いに答えるための準備作業として執筆したのが、付録「傷と運命」である。この文章は、「退屈」という不快な現象の存在そのものを問う、<暇と退屈の存在論>へと向けた一つの仮説を提示したものであり、私にとってはその内容が実感的に納得できるものであった。以下、その概要について述べていこう。

 

 著者は精神医学等で「精神生活にとっての新しく強い刺激、興奮状態をもたらす未だ慣れていない刺激」を意味する「サリエンシー」という専門用語を導入して、「自己の身体」や「自己」がサリエンシーへの慣れへのメカニズムから生起することについて、おおよそ次のように解説している。

 

    人間が繰り返し同じ現象を体験することでそれに慣れていく過程とは、その現象がもっている「こうすると、こういうことが起きる」という反復構造を発見し、それについての予測を立てることができるようになる過程だと考えられる。つまり、サリエンシーに慣れるとは、予測モデルを形成することなのである。しかし、環境やモノ、他者の反復構造には、その反復される事象の再現性には度合いがある。予測モデルが立てにくい現象もあれば、実に再現性を備えた現象もある。精巧な予測モデルを立てられる現象、つまり自分と地続きのように感じられる現象は、身近な現象と感じられるであろう。逆に、予測モデルが不安定であらざるを得ない現象は、疎遠なもの、場合によっては不気味なものに感じられるかもしれない。

 

 すると、この予測モデルの再現性の度合いという考え方から、「自己」と「非自己」の境界線そのものがこの度合いによって決められていることが推測される。おそらく、予測モデルが立てられる現象の中で、最も再現性の高い現象として経験され続けている何かが、「自己の身体」や「自己」として立ち現れるのである。このことは、環境やモノや他者を経験する「自己の身体」や「自己」は、最初から存在しているのではないということを言っている。つまり、まず「自己」があって、それが環境やモノや他者というサリエンシーを経験しているのではなく、「自己」そのものがサリエンシーへの慣れの過程の中で現れるということである。

 

    では、慣れることが到底不可能なサリエンシーに遭遇した時、人はどうなってしまうのだろうか。この点に関して、著者は小児科医の熊谷晉一郎の「疼痛研究」において紹介されている、慢性疼痛(身体組織から原因らしきものがなくなったにもかかわらず痛みが治まらない疼痛のこと)の謎を解き明かしつつある状況を取り上げて、次のように答えている。

 

 疼痛研究をリードする研究者A・ヴァニア・アプカリアンによれば、慢性疼痛とは、急性疼痛(損傷や炎症から来る痛みのこと)の刺激が消失した後にも、神経系の中に「痛みの記憶」が残ってしまう状態と考えられている。このことは、「記憶」も痛みの原因たり得ることを意味している。もともと「記憶」は全て痛む。それはサリエンシーとの接触の経験であり、多かれ少なかれトラウマ的だからである。だが、痛みを和らげ興奮量を抑えようとする生命の傾向は、そうしたサリエントな経験への慣れを絶えず作り出す。このメカニズムによって、私たちは傷を負いながらも、痛みをほとんど感じることなく生きていくことができるのである。ところが、慢性疼痛は、何らかの原因によって痛みの記憶の持続が発生したと考えられる。

 

 さらに、著者は熊谷が紹介している慢性疼痛に関する次のような興味深い事例を取り上げている。アプカリアンによる実験によると、慢性疼痛を感じている患者は、外部から与えられる急性疼痛の痛み刺激を「快」と感じるというのである。このことは、慢性疼痛患者が潜在意識の中では急性疼痛を求めている可能性を示唆している。慢性疼痛が起こっている場合、人はサリエンシーに反応しやすくなり、物事を無意識のまま自動的にこなすことができず、過剰に過去の「記憶」を振り返り、自己に対する反省を繰り返してしまう状態に陥っているのである。言わば、痛みの慢性化は、「記憶」という傷跡の過度の参照を伴っているということである。

 

 以上のような議論を踏まえて、著者は「なぜ人は退屈するのか?」という問いについて、次のような一つの仮説を提示している。

 

 人はサリエンシーを避けて生きるのだから、サリエンシーのない、安定した安静な状態、つまり何も起こらない状態は理想的な生活環境に思える。ところが、実際にそうした状態が訪れると、何もやることがないので覚醒の度合いが低下する。すると、心の中に沈殿していた痛む記憶がサリエンシーとして内側から人を苦しめることになる。これこそが、「退屈」の正体ではないだろうか。絶えざる刺激には耐えられないのに、刺激がないことにも耐えられないのは、外側のサリエンシーが消えると、痛む記憶が内側からサリエンシーとして悩ませるからではないか。

 

 この仮説は、私にとって実感的に納得がいくものである。1月まで勤務していた職場では強烈なサリエンシーとしてのKによって絶え間ない刺激があり、私はそれに耐えかねて退職したが、今度は完全にフリー状態になりそうな事態を迎えると何もサリエンシーがなくなり、それにも耐えられないという「退屈」の予感に覆われそうになったことは、まさにこの仮説の通りではないだろうか。また、著者の次の指摘にも、深く首肯してしまった。…サリエンシーに慣れる過程の蓄積こそが個人の性格を作り出す。だからこそ、退屈に耐えられる度合いは個人差が激しい。常にサリエントな状況に置かれ、落ち着いた時間をほとんど過ごさずに生きてくることを余儀なくされた人(まるで私のことを指しているようだ!)は、自らが直面した諸々のサリエンシーに慣れることが困難だったろうから、何もすることがなくなるとすぐに苦しくなってしまう。…

 

 きっと私は「退屈」に対する耐性力が乏しい性格なのであろう。だから、孫Mの世話をする期間が終わったら、きっと「暇」の中で「退屈」してしまうのではないかという予感に襲われて、不安になってきたのだと思う。そのような性格の私は、これから「暇」の中で「退屈」してしまうという事態にどう向き合っていけばいいのだろうか。やっと、前回からの宿題をしなければならない必然性に迫られてきた。以下、私なりに考えたその回答内容のいくつかを記して、本書に関する10回連続記事シリーズの最終回を閉じたいと思う。

 

 著者による本書『暇と退屈の倫理学』の総括的な結論は、「<人間であること>を楽しむことで、<動物になること>を待ち構えることができるようになること」であった。このことを踏まえた上で、私なりのこれからの生き方や在り方を考えた時、次のような具体的な内容をイメージすることができた。

○ 「衣食住」という日常生活において、我が家の家計のレベルに合った贅沢をしたり、生活を豊かに彩るような創意工夫を凝らしたりする。

○ 私にとっての気晴らしとも趣味とも言える「読書をする」「ブログ記事を書く」「カラオケをする」「スポーツ(ウォーキングも含む)をする」という文化的・スポーツ的活動を、自分のパフォーマンスの質的レベルを上げるように実践しながら、より深く享受する。

○ 私自身が新型コロナウイルスのワクチンを接種した後、「哲学対話」や「読書会」等の社会的・文化的な交流活動を、感染予防策を徹底した上で定期的に開催するための事務局を立ち上げ、できるだけ早い時期に開設する。

私はこれらのイメージ内容を具現化するために、無理をせずにこれから行動を起こしていこうと思っている。さて、どうなるのだろうか。その過程及び結果については、機会を見つけて当ブログの記事で近況報告として綴っていくつもりである。

結論は「退屈」との共存の道?それとも「退屈」からの回避の道?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ⑨~

 早いもので、今年ももう4月に入った。「毎日が日曜日」状態になると、曜日感覚とともに年度感覚も薄れてくるものである。現職時代は「さあ、新年度だ。また、新たな気持ちで頑張ろう!」という意識が高まってきたが、現在のように平板な日々の連続の中では、新年度になったと言っても単に月替わりをした程度の意識しかもたなくなる。多くの男性は、定年退職後、毎日を均質的な時間で過ごすようになると、「暇」の中で「退屈」してしまうのではないだろうか。もちろん、男性もかつてはシャドー・ワークと言われた家事労働を担うのが当たり前の時代。その意味で完全なフリー状態になる人は少なく、またボランティア活動や趣味を楽しんでいる人も多くいるだろうから、私のように「暇」と「退屈」に翻弄されそうになることはないと思うが…。

 

    さて、私は今、二人目の孫Mの世話を中心にした慌ただしい生活を送っているが、その後の生活における実存的な問題として浮上してきたのは、ハイデッガーの退屈論の中で問われている「なんとなく退屈だ」という気分との闘いであり、社会的に有意義な仕事をしていないと人生を充実できないのではないかというロマン主義的な価値観の揺らぎへの対応なのである。この闘いや対応の方策を探るきっかけにしようと読み始めたのが本書であった訳だが、今回の記事は著者が<暇と退屈の倫理学>において提示した「結論」という章を取り上げる。さて、著者はどのような結論に至ったのだろうか。

 

 そこで今回は、本書に関する10回連続記事シリーズの第9回目として、本章の内容の概要をまとめるとともに、その結論に対する私なりの所感を付け加えてみたいと考えている。著者の結論内容は、私の実存的な問題への回答内容にどのような影響を与えてくれるのだろうか。

 

 著者が本章で提示した結論は三つあり、順番にそれらを説明している。私がその中でも特にハッとさせられたのは、一つ目に揚げた「こうしなければ、ああしなければ、と思い煩う必要がない」という結論の趣旨である。まず、その概要について説明してみよう。

 

 著者は、あなたが本書を読むことで、既に<暇と退屈の倫理学>の実践の第一歩を踏み出しており、その只中にあると言う。そして、その意味するところを、哲学者スピノザが使った「反省的認識」という概念を援用して説明している。「反省的認識」とは、人が何かが分かった時、自分にとって分かるとはどういうことかを理解すること、つまり認識が対象だけでなく、自分自身にも向かっている場合のことを指す。読者が本書を読み進めてきた中で、自分なりの本書との付き合い方を発見してきたことが何より大切で、論述の過程を著者と一緒に辿ることで主体が変化していく過程こそが重要なのだと強調している。したがって、以下に述べる二つの結論は、それに従えば「退屈」は何とかなるという類のものではなく、その方向へと向かう道を読者がそれぞれの仕方で切り開いていくものである。そうなのだ。一人一人が開いていく<暇と退屈の倫理学>があってこそはじめて、それぞれの結論内容は意味をもってくるのである。

 

 私は、この一つ目の結論の意味するところはとても大事な視点だと思う。それは、世間に流布されている短絡的な合理主義的考えでは、ともすると何か問題が起きればすぐに解決できるマニュアル的な結論を求めようとするが、そのような態度は生起した問題構制の本質的・抜本的な解決には至らず、一時凌ぎの表層的な解決にしかならないことが多いからである。それに対して、この一番目の結論は、「暇」と「退屈」というテーマの自分なりの受け止め方を涵養していく過程こそが、この実存的な問題構制の本質的・抜本的な解決に導いていくようになることを教えてくれている。私は、一度目は本書を通読し、二度目は精読していく過程で、自分の中でそれまで漠然ととらえていた「暇」や「退屈」という概念のとらえ方が変容していく感触を既に味わってきた。このことこそ私にとって意味があるのだと、改めて実感した。この一つ目の結論内容を知ることが、私自身の今までの生き方や在り方に対して希望を抱かせるものになった。

 

 次に、著者が二つ目に揚げた結論に話題を移そう。それは「贅沢を取り戻すこと」である。贅沢とは浪費することであり、浪費するとは必要以上に物を受け取ることであり、浪費こそは豊かさの条件である。ところが、現代の消費社会ではこの浪費が妨げられる反面、終わることのない観念消費のゲームを続けている。浪費は過剰な物の受け取りであるが、それはどこかで限界があるので、そこには満足がある。それに対して、消費は物ではなく観念を対象としているから、いつまでも終わりがなく満足もない。満足を求めて消費を繰り返せば満足はさらに遠のいていく。ここに「退屈」という気分が現れる。これを本書では「疎外」と呼んでいた。いかにしてこの「退屈=疎外」から逃れるか。この解決の道は観念を消費するのではなく、物を受け取るようになるしかなく、それは贅沢の道を開くことだと、著者は提案しているのである。

 

 しかし、そこにはいくつかの課題があるとも言う。ここで言う<物を受け取ること>とは、その物を楽しむことであり、例えば衣食住を楽しむこと、芸術や芸能や娯楽を楽しむことである。ただし、楽しむことは決して容易ではなく、楽しむための訓練が必要である。だから、生活の中で自然な形で訓練が行われれば、日常的な楽しみにはより深い享受の可能性があると、著者は強調している。したがって、「贅沢を取り戻すこと」とは、本書の論述に即して言えば退屈の第二形式の中の気晴らしを存分に享受すること、つまり<人間であること>を楽しむことなのである。

 

 最後に、三つ目に揚げた結論について概説しよう。それは「<動物になること>」である。前回の記事でも触れたが、人間は極めて高度な「環世界間移動能力」をもち、複数の「環世界」を移動する。だから、一つの「環世界」に留まり浸っていることができない。これが人間の「退屈」の根拠であった。しかし、人間はこの「環世界間移動能力」を著しく低下させる時があり、それは何かについて思考せざるを得なくなった時である。人は自らが生きる「環世界」に何かが不法侵入し、それが崩壊する時、その何かについての対応を迫られ、思考をし始める。この思考する際に、人は思考の対象によって<とりさらわれ>る。つまり、<動物になること>が起こっており、「なんとなく退屈だ」という声が鳴り響くことはない。ただし、人間にとって「環世界」の崩壊と再創造は日常的に起こっている事実があるから、私たちは実は日常的に<動物になること>を経験している。ということは、人は常に「なんとなく退屈だ」という声が鳴り響いている訳ではないのである。

 

 しかし、それでも私たちはしばしば「退屈」する。その理由は上述した通りである。だが、何かに<とりさらわれ>たとしても、すぐそこから離れてしまう。であるなら、どうすればよいのだろうか。より強い<とりさらわれ>の対象を受け取るようになるしかない。習慣化によって何かに<とりさらわれ>ることに迅速に対応できるようになるしかないのである。では、それはいかに可能なのだろうか。それは、退屈の第二形式を生きる人間らしい生活の中に見出すことができる。人間らしい生活とは、その中で「退屈」を時折感じつつも、物を享受し、楽しむような余裕がある生活である。その中では、思考を強制するものを受け取ることができる。この事態は、楽しむことは思考することにつながることを表わしている。なぜなら、それらはどちらも受け取ることだからである。人は楽しみを知っている時、思考に対して開かれている。人は楽しみ、楽しむことを学びながら、ものを考えることができるようになっていくのである。著者は、このように考えていくと、<動物になること>という三つ目の結論は、<人間であること>を楽しむという二つ目の結論をその前提としていることが分かると述べている。

 

 以上のことから、著者による本書『暇と退屈の倫理学』の総括的な結論は、「<人間であること>を楽しむことで、<動物になること>を待ち構えることができるようになること」であると締め括っている。今回は私の生活時間の都合によりこの総括的な結論を確認したところで筆を擱きたいと思う。なお、この著者の総括的な結論を受けて、私なりに今までの生き方や在り方を振り返りつつ、私を不意に襲った実存的な問題(「暇」の中で「退屈」してしまうという事態にどのように向き合うかという問い)に対する具体的な回答内容をまとめるという作業は、次回の記事に残しておきたい。

「退屈」の第二形式を生きる人間は、時に<動物になること>がある?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ⑧~

 最近、私の腕の中で入眠する前の孫Mが、じっと私の眼を穴が開くほど見つめることがある。純真無垢な眼でじっと見つめられると、こちらの心まで浄化されていくような気がする。私にとってこの「まなざしの交換」は、聖的な儀式のようだ。何となく敬虔な気持ちになっていく。我が国では昔から「7歳までは神の子」という言葉が伝承されてきたが、まだ生まれて2か月も経っていないMは、“神”の領域に存在するのかもしれない。乳児の世話は、授乳やオムツ替え、寝かし付け、沐浴等、大変な労力を要するが、このような「まなざしの交換」の時間ももつことができることを、どれぐらいの男性は経験しているだろうか。実はかく言う私も自分の娘たちが乳児期に「まなざしの交換」をしたことはほとんどなく、偉そうに言える資格はない。しかし、遅ればせながら老年になり孫育てをさせてもらって、男性も育児をすることが自身の人間的成長を促すものだと実感したので、世の男性諸氏には、子育てでも孫育てでもいいのでぜひ経験してほしいと願っている。

 

 さて今回は、本書に関する10回連続記事シリーズの8回目になる。マルティン・ハイデッガーの退屈論を批判的に検討してきた著者が、ハイデッガーの結論とは違う結論に至ることを目的にして書いた「第7章 暇と退屈の倫理学-決断することは人間の証しか?」。そこで、私は本章の中で特に強い共感をもつことができた内容の概要を、前回までに取り上げた議論を踏まえながらまとめてみたいと思う。したがって、もし今回の記事を初めて読む読者がいるようだったら、大変申し訳ないが第1~7回までの記事にも目を通してくだされば理解しやすいと思うのでご協力のほどを…。では、始めよう。

 

 著者は、ハイデッガーの結論と提案を次の二項目に要約した上で、再度反論している。

① 人間は退屈し、人間だけが退屈する。それは自由であるのが人間だからである。

② 人間は決断によってこの自由の可能性を発揮することができる。

まず、①については、動物は「環世界」を生きるが人間は「環世界」を生きないという信念に基づいているが、この信念は間違っていると著者は反論する。人間も「環世界」を生きている。人間でも<もの自体>を認識することができないことは、当然の事実なのである。にもかかわらず、ハイデッガーは人間だけが自由であると言うために、このような無理をしているのである。この点については②の決断主義にも言える。だが、それだけではない。ハイデッガーは決断について語る時に「決断した後の人間のこと」という大事なことを忘れている。一体、決断した人間はどうなっていくのか。これが完全に抜け落ちていると指摘するのである。

 

 著者は、決断した人間のその後について次のように語っている。決断を下した者は、決断の内容に何としてでも従わねばならならない。そうでなければ決断ではない。したがって、決断した人間は、決断した内容の奴隷になる。別の側面から言えば、彼は決断によって「なんとなく退屈だ」の声から逃げることができるのである。だから、彼は今、快適である。やることは決まっていて、ただひたすらにそれを実行すればいいのだから。ところで、この決断後の彼の態度は、今までのハイデッガーの退屈論で議論した「退屈」の何番目かの形式に似てはいないだろうか。そう、第一の形式である。第一の形式において人間は日常の仕事の奴隷になっていた。なぜわざわざ奴隷になったのかと言えば、その方が快適だったからであり、「なんとなく退屈だ」という声を聴かなくて済むからであった。このことから、必然的に次のことが言える。そう、第三形式の退屈を経て決断した人間と、第一形式の退屈の中にある人間はそっくりなのである。ハイデッガーは、第一形式について、そこには甚大な自己喪失があると言っていた。だとするならば、第三形式についても同様なことを言わなければならない。決断する人間にも甚大な自己喪失がある、と。

 

 また、ハイデッガーは第二形式の退屈の中にいる人間は、付和雷同的で周囲に話を合わせるという否定的な有り様の姿を描いていた。しかし、第三形式=第一形式に比べるにならば、そこでの人間の生は穏やかである。もちろん第二形式においては何かが心の底から楽しいわけではなく、ぼんやりと退屈はしている。多少の「自己喪失」はあるかもしれない。でも、第二形式では自分に向き合う余裕がある。そう考えれば、この第二形式こそは、「退屈」と切り離せない生を生きる人間の姿そのものではないのか。気晴らしと「退屈」とが絡み合った生活を送ることこそが、人間の「正気」ではないのか、著者はそう反論するのである。

 

 さらに、著者は第二形式の退屈を生きる人間の姿に対するハイデッガーの否定的な評価を不当だと重ねて批判する。そして、その理由を、退屈の第二形式において描かれた気晴らしとは人間が人間として生きることのつらさをやり過ごすために開発してきた知恵と考えられるからだと述べる。そう、「退屈」と向き合うことを余儀なくされた人類は文化や文明と呼ばれるものを発達させてきた。そうして、芸術が生まれ、衣食住を工夫して、生を飾るようになった。人間は知恵を絞りながら、人々の心を豊かにする営みを考案してきたのである。これらはどれも存在しなくても、人間は生きていけるような類の営みである。ある意味で贅沢なものなのである。なぜハイデッガーは、この人類の知恵を受け入れないのか。著者は、その理由をハイデッガーの特殊な人間観がそれを邪魔していたと考える他ないと、断言している。

 

 私が強い共感をもった内容の一つ目が長くなった。取り急いで、話題を二つ目の内容に移そう。それは、以上の議論を踏まえた上での、全く別の視点から人間と動物の区別の問題について言及している内容で、第二形式の退屈を生きる人間の生が崩れることがあることについて。例えば、芸術作品とか新しい考えとかと出合った際にある種の衝撃を受け、自己の「環世界」を破壊された人間が、そこから新たな思考を始めるような時のことである。その人の「環世界」に不法侵入してきた何らかの対象が、その人を掴み、放さない時、その人はその対象に<とりさらわれ>、その対象について思考することしかできなくなる。その時、人はその対象によってもたらさせた新しい「環世界」の中に浸るしか他なくなる。このように衝撃によって<とりさらわれ>て、一つの「環世界」に浸っていることが得意なのが動物であるなら、この状態を<動物になること>と称することができる。人間は時に<動物になること>がある。「退屈」することを強く運命付けられていた人間の生において、ここに人間らしさから逃れる可能性も残されているのであり、それが<動物になること>という可能性なのである。

 

 著者は、人間にとって<動物になること>が可能であることの根拠はおそらく人間の極めて高度な「環世界間移動能力」の高さにあると言っている。人間は自らの「環世界」を破壊しにやってくるものを、容易に受け止ることができる。自らの「環世界」へと不法侵入を働く何かを受け取り、考え、そして新しい「環世界」を創造することができるのである。このことが、他の人々にも大きな影響を与えるような営みになることもしばしばあるが、おおむね人間は人間的な生を生きざるを得ない。しかし、人間にはまだ人間的な生から抜け出す可能性、つまり<動物になること>の可能性がある。もちろん人間は後に再び人間的な生へと戻っていかざるを得ないが、ここにこそ人間的自由の本質があるのだとしたら、それはささやかではあるが確かな希望であると、著者は力強く主張している。

 

 この<動物になること>とは、ある対象に<とりさらわれ>て、その対象について思考することしかできなくなり、一つの「環世界」に浸っている状態なのだから、「退屈」のない、あるいは「退屈」をしないで生きる姿だと私は理解したが、このことと「退屈」の第三形式=第一形式とはどのような関係にあるのかが今一つよく分からなかった。どなたか本書を読んだ方で私にご教示できる方は、ぜひ「コメントを書く」欄にその内容を記して教えてください。

 

 最後は、読者へのお願いごとを書いてしまったが、これは私がブログも「双方向的な」機能を持つSNSの一種ととらえていることによる無謀な仕儀である故、平に平にご容赦の上ご協力のほどをお願い申し上げまする。(この文章末および文末表現は、一体誰のマネなの?…)

動物も「退屈」することはあるのか?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ⑦~

 首都圏の1都3県に発出されていた「緊急事態宣言」が解除された途端に、いわゆる“第4波”があっという間にやってきた。つい先日までは新型コロナ・ウイルスの新規感染者数がほとんどいなかった我が県でも急増してきて、数日前には今までの最高値を更新したのである。感染力の強い変異ウイルスも検出されているらしい。このままだと近いうちに県内の医療体制が逼迫する事態に至ることは間違いない。なるべく早くワクチン接種をして感染予防したいところだが、高齢者対象でもまだ1か月以上先の話である。だから、今まで実行してきたような「三密を回避したり、外出時はマスクを着用したり、こまめに手指消毒をしたりするなど」の感染予防策をより徹底したい。今のところ我が家は、基本的に孫Mの世話中心の生活をしているので、買い物以外の「不要不急の外出をしない」というステイホーム状態であるから、感染リスクはかなり低いと思うが、油断は大敵!改めて気を引き締めた生活を送っていこうと、感染予防意識を高めた次第であります。…ということで、今回も始めますよ~。

 

 さて今回は、本書に関する10回連続記事シリーズの第7回目である。前回同様にマルティン・ハイデッガー著『形而上学の根本諸概念』を取り上げて、「退屈」に関する動物と人間の違いについて論じた部分を批判的に検討しているのが「第6章 暇と退屈の人間学-トカゲの世界をのぞくことは可能か?」である。私にとって大変興味深い内容である。特に生物学者ヤーゴプ・フォン・ユクスキュルがその著書『生物から見た世界』の中で提唱した「環世界」という考え方を、ハイデッガーが批判的に検討している部分が面白い。

 

    そこで、この「環世界」という概念とそれに対するハイデッガーの批判についての解説内容を要約した上で、「退屈」に関する動物と人間の違いについてまとめてみよう。

 

 普段私たちは、自分を含めたあらゆる生物は一つの世界の中で生きていると考えている。つまり、全ての生物は同じ時間と同じ空間を生きていると考えているが、ユクスキュルはそれを疑った。そして、全ての生物がその中に置かれているような単一の世界などなく、全ての生物は別々の時間と空間を生きていると述べたのである。これが「環世界」の考え方なのであるが、『生物から見た世界』の中ではダニの狩りの様子を基にしてその吸血プロセスを描きながら、嗅覚と触覚しか機能しないダニが<酢酸のにおい・摂氏37度の温度・体毛の少ない組織>という三つのシグナルだけでつくられた「環世界」を生きている印象的な事例を挙げている。

 

 また、18年間絶食しているダニが生きたまま保存されている事実をユクスキュルが紹介している。このことから、ダニと人間の受け取る情報の数が異なるだけではなく、もしかしたら時間も異なっているかもしれないと考え、追究する。その結果、彼は「時間とは瞬間の連なり」であり、この「瞬間」を具体的数字でもって説明した。例えば、人間にとっての瞬間とは、18分の1秒(約0.0056秒)。彼はこれを映画から導き出す。人間は、映画フィルムの各コマの停止とスクリーンの暗転が18分の1秒以内に行われると、真っ暗になる部分は感じられない。18分の1秒以内で起こることは人間には感覚できないのだ。したがって、18分の1秒とは、人間にとってそれ以上分割できない最小の時間の器なのである。驚くことに18分の1秒は視覚だけでなく、聴覚でも言える。人間の耳には1秒間に18回以上の空気振動は聞き分けられず単一の音として聞こえるらしい。また、触覚でも1秒間に18回以上皮膚をつつくと、ずっと棒を押し当てられているような一様な圧迫として感じるそうなのである。つまり、人間にとっては18分の1秒が感覚の限界なのであり、人間の「環世界」に流れているのは18分の1秒が連なった時間なのである。面白い!

 

 この後、著者はある研究者の研究成果に基づいて、ベタという魚は30分の1秒まで知覚することができることや、カタツムリは3分の1秒(あるいは4分の1秒)より短い時間を認識できないこと、そして各生物はそれぞれ異なった時間を生きていると述べていることを紹介している。次に、先ほど何も食べずに18年間生き続けているダニの話に戻って、それは驚くことではないと言う。私たちがこの事実に驚くのは、ダニも人間の時間と同じ時間を生きていると前提してしまっているからだとも述べる。ただ、ユクスキュルはダニの「瞬間」については何も述べていないが、18年間冬眠に似た一種の睡眠状態にいたのではないかと推測している。

 

 さらに、ユクスキュルはこのような「環世界」における時間のとらえ方と同様なことが空間についても言えることを、ミツバチと巣箱に関する事例を挙げて説明している。人間のように空間把握をもっぱら視覚のみに頼る動物とは異なり、ミツバチは触覚を用いていることが分かったのである。生物はそれぞれ他の生物とは異なった仕方で空間を把握しているのである。なるほど。

 

 以上のようなユクスキュルの「環世界」論に対して、ハイデッガーは次のように批判している。確かにユクスキュルの「環世界」論は動物に関しては正しいが、その概念を人間に適用するのは間違っている、と。このことをハイデッガーは、「環世界」を生きる動物にとっては、物そのものとか、物それ自体といったものが、構造的に欠けているから認識できないのだと、哲学的な言い回しで説明している。それに対して、トカゲはトカゲの「環世界」をもつように、宇宙物理学者は宇宙物理学者の「環世界」を、鉱物学者は鉱物学者の「環世界」をもつのではないかと、著者は反論する。そして、このことをハイデッガーがどうしても認めないのは、彼がはなから人間は特別であるという信念に合うように立論しているからだと断定している。

 

 それにしても、ハイデッガーはなぜ人間に「環世界」を認めることを拒絶するのだろうか。理由はいくつかあるが、著者は<暇と退屈の倫理学>の議論にとって重要な理由は、次のようなものだと考える。ハイデッガーは、人間だけが「退屈」する。なぜなら人間は自由だからである。それに対して、動物は「退屈」しない。なぜなら動物は<衝動の停止>と<衝動の解除>の連鎖によって動いていくという<とらわれ>の状態にあって自由でないからである。彼の考えでは、「環世界」に生きるとは、動物のような<とらわれ>の状態、一種の麻痺状態を生きることを意味するから、それを人間に認めることはできないのである。

 

 でも、もし人間にも動物の場合と同様に「環世界」を認めたとして、人間と動物は変わらないということになるのだろうか、やはり人間と動物は何か違いを感じるのではないかと、著者は問う。そして、様々な生物の「環世界」の間の違いの大きさに着目し、その大きさとは一つの「環世界」から別の「環世界」へと移行することの困難さによって示すことができるのではないかと考え、ユクスキュルが挙げている盲導犬の例を取り上げている。

 

 盲導犬を訓練によって一人前に仕立て上げることは大変難しい。その理由は、その犬が生きる「環世界」の中に、犬の利益になるシグナルではなくて、盲人の利益になるシグナルを組み込まなくてはならないからである。要するに、その犬の「環世界」を変形し、人間の「環世界」に近づけなければならないのだが、これが困難なのである。しかし、不可能ではない。盲導犬は見事に「環世界」の移動を成し遂げるのである。このことから生物の進化の過程について考察を深めると、生物は自らが生きる環境に適応すべく、その本能を変化させてきた。この環境への適応、本能の変化は、当然ながら「環世界」の移動を伴ったに違いない。そう考えると、あらゆる生物には「環世界」の間を移動する能力があると言うべきであろう。

 

 人間にも当然「環世界」を移動する能力があり、他の動物とは比較にならないほどの高い能力が発達している。さらに、人間は他の動物に比べて比較的容易に「環世界」を移動する。本書では、この「環世界」を移動する生物の能力を「環世界間移動能力」と名付け、著者はそれを人間と動物の違いについて考えるための新しい概念として提唱している。そして、ハイデッガーの立論の問題点は、この相対的に高いに過ぎない人間の「環世界間移動能力」を絶対的なものとみなしてしまったことにあり、そのために人間を「環世界」を超越するような存在して描いてしまったことにあると、著者は批判している。

 

 このことから「退屈」について考えてみよう。人間は「環世界」を生き、かなり自由に移動する。人間は容易に一つの「環世界」から離れ、別の「環世界」へと移動してしまう。一つの「環世界」に浸っていることができない。おそらくここに、人間が極度に「退屈」に悩ませる存在であることの理由がある。そして、この「環世界」を容易に移動できることが、人間的「自由」の本質かも知れないと、著者は言う。では、動物と「退屈」についてはどう考えれはいいのか。人間は高度な「環世界間移動能力」をもつが、それは他の動物に対して相対的に高いに過ぎない。他の動物もこの能力をもつ。だとすれば、少なくとも可能性としては、他の動物もまた、一つの「環世界」に浸っていることができず、「退屈」することがあり得ると言わねばならない。さらにここから、人間と動物の区別がもつ意味をも問い直すことができる。それは今までの「環世界」と「退屈」を巡るこれまでの議論から、人間は動物より高い「環世界間移動能力」をもち、高い地位にあるという上下関係の価値判断をひっくり返す可能性を見出すことができる。なぜなら、動物は人間に比べて相対的にかつ相当に高く一つの「環世界」に浸る能力をもつということができるからである。著者は、ここに<暇と退屈の倫理学>を構想するための一つのヒントがあるのではないかと期待を込めて述べている。なかなか鋭い視点だ。

 

 今回の記事は、ほとんど本書の「第6章 暇と退屈の人間学-トカゲの世界をのぞくことは可能か?」の中で、私が特に興味深く、面白く感じた内容の概要をまとめただけになってしまったが、それはそれで私の所感がこの文章に込められているとも解釈できる。それぐらい、私は本章の内容に引き込まれていったのである。いやー、楽しかったなあ。でも、副題にある「トカゲの世界」のことを紹介できなかったのは、私の要約力の乏しさが露呈してしまったかな~。

気晴らしと絡み合った「退屈」は、人間の生の本質?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ⑥~

 ここ数日、昼夜を問わず孫Mがぐずった時に寝かし付ける世話に追われている。そのために、上腕筋が張ったり睡眠不足になったりしてきて、多少疲れ気味である。その上、一人目の4歳の孫Hが一昨日に嘔吐の症状が起き、病院でウイルス性胃腸炎の診断を受けたので、昨日は保育園を休んで自宅療養していた。その早朝に長女からラインで「午後から自分はどうしても仕事のために出勤しなくてはならないのでHの世話をする人がいなくなるから、数時間の世話をお願いできないか。」との依頼があった。現在、私は一日中フリー状態なので、孫たちのためにできることがあれば、何でもしてやりたい。私はラインで「了解👌」の返事を送り、Mは二女と妻に任せて午後には長女宅を訪れ、室内で3時間ほど久し振りにHと遊んだ。可愛かった!楽しかった!!でも、さすがに昨夜は疲れ切ってブログの記事を書く気力が萎えた。今朝になり少し回復していたので、やっとパソコンを開くことができた。

 

 さて今回は、本書に関する10回連続記事の復路の初回、通算すると6回目の記事になる。いよいよ退屈論の最高峰とも言える、哲学者マルティン・ハイデッガー著『形而上学の根本諸概念』を取り上げている「第5章 暇と退屈の哲学-そもそも退屈とは何か?」を再読して、著者の主張する内容の要諦をまとめながら、簡単な所感を付け加えてみたい。

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 ハイデッガーは、『形而上学の根本諸概念』の中で、哲学者オスヴェルト・シュペングラーが著した『西欧の没落』のヨーロッパ文明論に言及し、この時代診断は私たちを少しも「感動させない」が、だからといって「流行哲学にすぎない」とバカにして片付けてもいけないと言っている。流行するにはそれなりの理由があると考えたのである。では、その理由とは何か。彼は、この本が流行ったのは、ヨーロッパ人が確かに何らかの「没落」の感覚をもっていたからだと考えたのである。そして、そこから彼は考えを進めていき、ついには次のような言葉に至っている。…結局、ある種の深い退屈が現存在(人間)の深淵において物言わぬ霧のように去来している。…この「退屈」こそ私たちにとっての根本的な気分であると、ハイデッガーは言うのである。つまり、私たちは「退屈」の中から哲学するしかない、と。

 

 こうしてハイデッガーは、この後「退屈」について長い論究を始めるのだが、著者はその内容についてかなり詳しくかつ分かりやすく解説している。私はその解説内容の要諦をこれからまとめるつもりだが、それは著者が解説しているハイデッガーの論究内容を孫引きするような要約になることを先にお断りしておきたい。では、始めよう。

 

 ハイデッガーは、最初に「退屈」は誰でもが知っていると同時に、誰もよく知らない現象だと言う。知っているが、それについて問われるとはっきりと述べることはできない。何だか矛盾した内容を言っているが、だからこそ彼は、みんながぼんやりと知っている「退屈」を、次のような二つに分けて考えることを提案する。

① 何かによって退屈させられること。(退屈の第一形式)

② 何かに際して退屈すること。(退屈の第二形式)

 

 ①は受動形で、はっきりと退屈なものがあって、それが人を退屈という気分に引きずり込んでいるということ。彼は、これを「4時間先に到着する列車を待つために、ある駅舎で腰掛けている描写」という非常に分かりやすい日常的な事例を挙げて説明している。そして、この場合の「退屈」は、簡潔に言えば物が言うことを聴いてないために、<空虚放置>(空しい状態に放って置かれること)され、そこにぐずついた時間による<引きとめ>が発生することによって起こっていると分析しているのである。

 

    それに対して、②は何かに立ち会っている時、よく分からないのだがそこで自分が退屈してしまうということ。何がその人を退屈させているかが明確でなく、退屈が周囲を覆い尽くしてしまうような感じである。彼は、これを「パーティーに参加し、美味しく趣味のよい夕食をいただいたり、親しい仲間たちと面白く愉快な会話を楽しんだりした一連の描写」という極めて印象的な事例を挙げて説明している。そして、この場合の「退屈」を彼は分析しようと試みるが、①のような説明は簡単にはできない。しかし、根気強く論究していった結果、おおよそ次のように分析する。…自分によって停止した時間へと<引きとめ>られたために、自分の中で空虚が成育するという仕方で<空虚放置>の中へと滑り落ちるがまま放任されている。…この<引きとめ>と<空虚放置>という2つの要素が不可分の関係にある複合体こそが、私たちを退屈させる「何だか分からない」ものなのである。

 

 次に、著者はこの退屈の第二形式と本書の議論である「暇と退屈の類型」表を組み合わせた考察をしている。そして、退屈の第二形式は、大変謎めいている<暇ではないが退屈している>という第4カテゴリーの本質を言い当てたものではないか、また、それは私たちが普段もっともよく経験する退屈ではないかと推察して、こうも言っている。第4カテゴリーは、暇つぶしと退屈の絡み合った何か-生きることはほとんど、それに際すること、それに臨み続けることではないだろうか、と。著者は、ハイデッガーが退屈の第二形式を発見したことの意義は本当に大きいと評価している。その理由は、第二形式が何か人間の生の本質を言い当てていると言ってもよいからである。

 

 この点について、ハイデッガー自身、退屈の第一形式と第二形式を比べながら、次のようなことを言っている。

① 第一形式のような退屈を感じている人は、仕事の奴隷になっており、時間を失いたくないという強迫観念に取り憑かれた「狂気」であり、大いなる「俗物性」へ転落している。

② 第二形式のような退屈を感じている人は、時間に追い立てられてはなく、自分に向き合うだけの余裕もあるから、「安定」と「正気」であり、人間的生の本質を生きている。これは、第一形式よりも「深い」退屈である。

 

 以上のように退屈を二つの形式に分けて鋭く分析したハイデッガーは、この後、退屈の第三形式について語る。それは、驚くことに「なんとなく退屈だ」という短い一文なのである。これこそ、最高度に「深い」退屈。では、彼は具体的にどのような事例を挙げて説明しているのだろうか。ところが、そのような事例はない。ただ次のような具体的な話をしている。…日曜日の午後、大都会の大通りを歩いている。するとふと感じる、「なんとなく退屈だ」。…つまり、第三形式とは、「なんとなく退屈だ」と感じることであり、「なんとなく退屈だ」という声を聞き取ることであり、また「なんとなく退屈だ」というこの声そのもののことである。そして、この第三形式からこそ、他の二つの形式が発生するのである。

 

 ハイデッガーは、この第三形式についてもこれまでと同様に、<空虚放置>と<引きとめ>の二つの観点から分析する。<空虚放置>に関しては、人は全面的な空虚の中に置かれ、全てがどうでもよくなる。いかなる気晴らしもできない。「なんとなく退屈だ」という声に耳を塞ぐこともできないのである。また、<引きとめ>に関しては、人は何一つ言うことを聴いてくれない場所に置かれる。何もないだだっ広い空間にぽつんと一人取り残されているようなもの。そうなると、人はあらゆる可能性が拒絶され、自分自身に目を向けることで、自分がもっている可能性に気が付くのである。この<引きとめ>は、解放のための可能性を教えるきっかけに他ならない。

 

 最後に、ハイデッガーはこの可能性とは何かを問う。答えはこれまた驚くほどに単純である。「自由だ!」これが彼の答えである。退屈という気分が私たちに告げ知らせていたのは、私たちが自由であるという事実そのものである、と。しかし、この段階ではまだ自由は可能性に留まっている。では、それをどう実現するか。ここでの答えも驚くほど単純である。「決断することによってだ!」と言うのである。彼は、退屈する人間に自由があるのだから、決断によってその自由を発揮せよと言っているのである。これがハイデッガーの退屈論の結論である。

 

 この結論に対して、著者は納得することができず受け入れ難いと批判している。しかし、彼の退屈の第二形式の発見については、特に極めて豊かなものがあり、<暇と退屈の倫理学>を考える上で大きなヒントになると高く評価している。私には著者のハイデッガーの退屈論に対する批判根拠についてよく分からなかったが、退屈の第二形式の分析内容が本書の結論の視座を提示していることは何となく分かった。それにしても、本章を再読することで、私を襲った「退屈」という気分をハイデッガーはここまで分析していたのだと認識することができたことは、私にとって大変有益な作業になった。

 

 それにしても、最近は「暇」もなく「退屈」でもない日々が続く中で、このような記事を書いているというのは、どういうことなのだろう?

「本来性なき疎外」って、どんな疎外のことなの?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ⑤~

 全国各地から桜の開花宣言がなされ、暦の上では昨日「春分の日」になり春のお彼岸を迎える好季節になってきた。また、首都圏の1都3県に延長して発出されていた「緊急事態宣言」が、明日には解除される運びである。しかし、首都圏ではまだ新型コロナウイルスの新規感染者数が下げ止まっている上に、今後は特に感染力の強い変異ウイルスの流行によるリバウンドが予測され、全く油断できない状況である。

 

    それに比べれば、我が県では今のところ新規感染者数が少ない状況のままで推移している。とは言っても、実質的な感染拡大防止策を取り続けて丸1年以上経ったにもかかわらず、経済活動をはじめ社会生活全般において依然として闇の中を彷徨っているような感じが続いている。ただ、高齢者へのワクチン接種が来月から始まる予定なので、そのことが「終息」という出口に灯る微かな明かりのように感じる今日この頃である。そんな社会状況の中、私個人としては「暇」と「退屈」に関する自分の実存的な問題への取組として本書を再読しながら記事を綴っていくことで、春を迎えるような明るい気分に少しずつなってきているのも事実である。

 

    さて今回は、本書に関する10回連続記事シリーズの往路の最後、5回目である。やっと折り返し地点にまで辿り着けそうなので、余計に気分は明るくなってくる。本書の「第4章 暇と退屈の疎外論-贅沢とは何か?」の中で、特に私の心に印象深く刻まれた内容の概要をまとめながら、短い所感を綴っていくという恒例のパターンで記事にしてみたい。

 

 まず本章の前半部で、著者はかつての労働者の疎外(一般に、人間が本来の姿を喪失した非人間的状態のこと)とは根本的に異なっている、消費社会における疎外の特性について強調している。つまり、消費社会における疎外の特性とは、終わりなき消費のゲームを続けているのが消費者自身であるから、労働者が資本家によって虐げられているというのとは違って、自分で自分のことを疎外してしまっているということ。しかも、その消費の対象が、単に物やサービスだけに留まらず人間のあらゆる活動にまで拡張されてきている。特に社会学者・哲学者であるボードリヤールが注目しているのは、「生き甲斐」という観念を消費する「労働」であり、「好きなことをしている」という観念を消費する「余暇」であることを紹介している。さらに、それらの消費はいつまでも満足することがないので、永遠に続けざるを得ない蟻地獄のようになっている。したがって、この消費社会における疎外を克服するのは、至難の業なのである。

 

 このような消費社会における疎外の特性を踏まえた上で、本章の後半部において著者は、今までの思想や哲学が忌避し目を背けてきた疎外論に同伴していた「本来性」という語の陥穽について、鋭く指摘している。そして、消費社会の論理と現代の「退屈」との関係を問う際に避けられない、「疎外」という概念についてやや込み入った哲学的議論を展開している。その中でも特に重要な視座である「本来性なき疎外」について、ジャン=ジャック・ルソーカール・マルクス疎外論を取り上げて、その意味や意義の大きさを何度も強調している。なお、「本来性」という語の陥穽については、私が教職に就いていた頃に反省すべき経験があるので、今回の記事はこの「本来性なき疎外」の意味や意義に重点を置いた内容をまとめようと考えている。

 

 「疎外」という語は、「そもそもの姿」「戻っていくべき姿」、要するに「本来の姿<本来的なもの>」というものをイメージさせるために、ともすると強制と排除という危険性を孕んでしまう。だから、「本来性」に基づいて疎外論を構築する場合、その議論は強力に保守的なものになり、時に凶暴な、暴力的なものにすらなる。「本来性」に基づいて構築された疎外論は、現在の姿を全面否定し、過去の姿へと帰還するように強制することがあり得るのである。そのため、過去の疎外論ブーム以後の思想・哲学は、このような危険性を孕む「本来性」という語と共に「疎外」という概念も否定してしまった。しかし、結局そこに生れるのは現状追認の思想であった。著者は、本当にそれでいいのだろうかと異議申し立てをする。

 

 それに対して、近代的な疎外の概念を提起したルソーや、それを議論の中心に据えて前景化したマルクスは、人間の本来的な姿を想定することなく人間の疎外状況を描いている。彼らは疎外を徹底して思考しながら、本来性の誘惑に囚われることなく、新しい何かを創造しようとしたのである。言い換えれば、「本来性なき疎外」という概念を提起して、疎外からの脱出を目指していたと言えるのである。著者は、このように戻っていくべき本来の姿などないことを認めた上で、「疎外」という言葉で名指すべき現象から目を背けないような方向こそ、本書が目指す方向であると断言している。また、ボードリヤールが鋭く指摘した、消費社会において「暇」なき「退屈」をもたらしている「現代の疎外」についても、この「本来性なき疎外」という枠で論じられねばならず、いかなる方向に向けてこの疎外からの解放を考えるべきかという問題意識を伴わなければならないと主張している。

 

 私はこのような著者の考えを知った時、過去の自分の反省すべき経験を思い出していた。それは、私が地元の国立大学教育学部附属小学校において教育実践研究に精力的に取り組んでいた時、「旧来の教育は硬直的で画一的であるから、本来の教育のあるべき姿である柔軟で個性的な方向へパラダイム・シフトすべきである。」という主張をすべく、多くの先輩たちを糾弾するような理論を振りかざしていたことを指している。私は旧来の教育の在り方を批判する研究論文を書いていた時、いつも「本来の」という言葉を使っていた。そのことは、結果的に私が主張する新しい教育パラダイムへと他の人を強制したり、それに反対する人を排除したりしていたのではないか。知らず知らずの内に私は自己本位的で傲慢な態度を取っていたのではないか。今、振り返ると、大いに恥ずべきことであったと思う。だから、著者が本章で指摘していた「本来性」という語が孕む危険性について、私は実感をもって理解できたのである。当時、<自律>と<共生>をキーコンセプトとした教育目標を掲げて実践的な研究を推進していたにもかかわらず、<共生>を求めようとする姿勢が不十分だった。それ以後、管理職になってからの学校運営や経営等においては、この反省を生かしてきたつもりだったが、本章を再読しながら当時もっともっと思考を深める必要があったことを改めて痛感した次第である。

「暇」の中で「退屈」せずに生きる術を知る階級?仕事こそ生き甲斐と感じている階級?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ④~

 孫Mが誕生して1か月を迎え、我が家に二女と共に来てから3週間が経った。二女と妻は、昼夜を問わずにMの世話。私はというと、今までは昼間にMが泣き出したら抱っこして機嫌を取る世話が中心であった。しかし、さすがに二女と妻が睡眠不足になり疲労困憊になってきたので、私も夜間の世話の一部を担うことにした。ぐずって寝ないMを寝かし付ける世話が、ここのところ連夜続いている。なかなか根気がいる世話で、改めて育児というのは本当に大変だなあと実感する。でも、その分、孫への愛情が深まってきているように思う。育児は主に女性が担う役目だと押し付けてきた男性の一人として、今、猛省することしきりである。

 

 さてさて、今回は本書に関する10回連続記事シリーズの4回目になる。「第3章 暇と退屈の経済史-なぜ「ひまじん」が尊敬されてきたのか?」の中で、私の心に強く残った内容の概要とそれに対する所感を綴ってみようと思う。

 

 まず、私の心に強く残った内容の一つ目、「暇」と「退屈」の関係について。著者は本章の冒頭部分で、改めて「暇」と「退屈」というキーワードを、次のように定義している。

○ 「暇」とは、何もすることがない、する必要がない時間を指すもので、客観的な条件に関わっている。

○ 「退屈」とは、何かしたいのにできないという感情や気分を指すもので、主観的な状態のことである。

 

 この後、この2つの言葉の関係に係わる問題について、著者は経済学者ソースティン・ヴェブレン著『有閑階級の理論』を取り上げ、「暇」の価値という観点から考察している。社会の上層部に位置し、あくせく働いたりせずとも生きいける経済的条件を獲得している「有閑階級」は、かつて周囲から尊敬される階級であり、「暇」であることは高い価値が認められていたとヴェブレンは書いているが、このことは彼自身が「有閑階級」への妬みをもっていたために、その理論に大きな歪みをもたらす原因になっていると、著者は指摘している。そして、その歪みが最もよく現れているのが「製作者本能」(有用性や効率性を高く評価し、不毛性、浪費すなわち無能さを低く評価する感覚)の概念であり、これが彼の歴史理論に大きな矛盾を引き起こしていると厳しく批判している。

 

 この無駄を嫌う性向=「製作者本能」を人間の中に見出したくて仕方がないヴェブレンは、額に汗して労働することだけが幸福をもたらすものであり、文化などは浪費に過ぎないと考える。それに対して、哲学者テオドール・アドルノ社会主義者ウィリアム・モリスは、文化や芸術を非常に高く評価し、人間の生は労働だけに縛られてはならず文化や芸術こそが人を幸福にすると反論したことを、著者は紹介している。この点について私自身を振り返ってみると、今までの私の価値観はどちらかとヴェブレン的だったのではないかと思う。もちろん文化や芸術の価値も十分に認識していたつもりだったが、やはり労働の価値を最優先に人生に位置付けてきたのではないか。その意味で、私はピューリタン的であったのだ。

 

 さて、以上のように私自身の価値観に近いヴェブレンの理論に対して否定的な評価を与えている著者であるが、ここで「有閑階級」を全く別の視点から見直すヒントを見出している。それは、歴史的に古い「有閑階級」であった貴族たちが、品位ある仕方で「暇」の中で「退屈」せずに生きる術を知っていたという事実である。彼らにとって、「暇」と「退屈」という2つの言葉は結び付かないのだ。だからこそ、キケロの言葉である「品位あふれる閑暇」という伝統が存在していたのである。もちろん他の階級を搾取していたこの階級を、美化してはならないし、その復活を望んでもならないと、著者は釘を刺している。しかし、「暇」と「退屈」を直結させないロジックをもつ彼らの存在はヒントになる。「暇」の中にいる人間が必ずしも「退屈」するわけではないことを教えてくれるのである。ここで私は、具体的にその方法について知りたいという強い欲求が起こったが、まだまだ先は長いのだと自分に言い聞かせ、次の記述内容に向けて気を取り直して再読を続けた。

 

 次に、私の心に強く残った二つ目は、仕事こそ生き甲斐と感じている人を指す「新しい階級」について。著者は、序章でも取り上げたガルブレイス著『ゆたかな社会』を再度取り上げ、彼の分析から引き出した「新しい階級」という希望に対して大きな疑問が残ると主張している。もう少し説明を加えよう。ガルブレイスは、所得が増えることより仕事が充実することを目指す「新しい階級」を急速に一層拡大することこそが、社会の主要な目標の一つであると結論付けている。それに対して、「仕事が充実すべきだ」という彼の主張は、仕事にこそ人は充実していなければならないという強迫観念を生み出すことになり、人は「新しい階級」に入ろうとして、あるいは、そこからこぼれ落ちまいとして、過酷な競争を強いられることになると、著者は痛烈に批判しているのである。しかも、ガルブレイスはこのような新しい強迫観念、新しい残酷さの存在を認めた上で、そこから目を背けている。そのために、「新しい階級」からこぼれ落ちる人間は、周囲の「憐みの目」によって劣等感の方へと追い詰められていく。この恐ろしい事態を生んでいるのは、ガルブレイスの主張に他ならないと、著者はさらに舌鋒鋭くその問題点を指摘しているのだ。

 

 私は今までの人生で、ガルブレイスの言う「新しい階級」に入らなければならないという強い意志をもって生きてきたように思う。そして、その生き方を選ぶことによって充実した仕事を続けることができ、生き甲斐のある人生を歩むことができたと自己肯定感をもってとらえている。しかし、今、2度目の退職年齢である65歳を過ぎてもなお、今まで通りの生き方をしようと固執しているのではないか。退職後の人生においても、仕事にこそ充実しなければならないという強迫観念に取り付かれているのではないだろうか。だから、そうなっていない現実に直面して劣等感のような気分に陥り、このことが「暇」の中で「退屈」することへの恐怖感を生み出しているのではないだろうか。ここは、もう一度これからの自分の生き方や在り方について、この連続記事を続けていく中で問い直してみようと、決意を新たにした次第なのであります。でも、決意というのはちょっと大袈裟だったかな…。(照れ笑い)

定住革命が「退屈」を回避する必要を与えた?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ③~

 またまた、嬉しいことがあった。前々回の記事に対して、私の数少ない読者として登録してくれているkannawadokushoさんがHatena Starの☆を付けてくださったのだ。有難うございます。kannawadokushoさんは、大分で哲学カフェや別府鉄輪朝読書ノ会を運営し、【対話と人と読書】公式ブログも開設している方である。私が見習うべき活動を積極的にされているので、大変勉強になっている。これからもよろしくお願いします。

 

 ところで、二女の夫が先週とは違い、今週は本日(土曜日)の昼頃に来て夜には帰るとのこと。でも、そのおかげで私は半日ほど孫Mの鳴き声にその都度反応する必要がないので、今、落ち着いてこの記事を書いている。ブログの記事とは言え、私は400字詰め原稿用紙にすれば6~8枚程度の文章量を書くので、やはりまとまった時間がほしい。特に文章や文脈の整った文章にしようと思えば、集中することができる時間が必要になる。言い訳になりそうだが、今までの記事は断片的な時間を活用して綴ったものが多く、後から読み直してみると、誤字・脱字はもちろん指示語や接続表現等において不適切なものが多々あり、文章や文脈が整っていない記事もあった。今回は、なるべくそうならないように心掛けたい。

 

 さて今回は、10回連続記事シリーズの3回目。前回の記事で簡単に紹介した本書の「第2章 暇と退屈の系譜学-人間はいつから退屈しているか?」の内容の骨子についてまとめながら、いつものように私なりの簡単な所感を加えてみたい。

 

 著者は、「退屈」の起源を探るためには、時間を遡る歴史学ではなく、論理を遡る系譜学のやり方を採用したいと前置きしている。また、ともすると「退屈」は多くの場合、「近代」に結び付けられて「社会」との関わりから説明される傾向にあるが、それでは「人間の人間性」と「退屈」との関わりを問うことができない。そのために、歴史を何千年、何万年という単位で考える必要があると主張している。そして、それは歴史というより、人類史という言葉が妥当するとし、この人類史の視点で「退屈」を考える時、西田正規氏の提唱する「定住革命」という考古学・人類学上の仮説が参考になると言っている。

 

 そこで、「退屈」と「人間の人間性」との関わりを問うために、まずこの「定住革命」という仮説について、本章の内容を基にして概説しておきたい。

 

 人類は数百万年、遊動生活(移動しながら生きていく生活)をしながら、大きな社会を作ることもなく、人口密度も低いまま、環境を荒廃させぬまま生きてきた。ところが、今から約一万年前に、中緯度帯で、定住する生活を始めて以来、現在まで人類の大半は定住生活を送ってきている。そのため私たちは、住むことこそが人間の本来的な生活様式であると考える“定住中心主義”の視点から人類史を眺めがちになっている。つまり、もともと人類は定住したかったが、その条件が満たされなかったのでそれまでは遊動生活をするしかなかったのだと考えてしまう。しかし、具体的かつ論理的に考えると、遊動生活を維持することが困難になったために、やむを得ず定住化したのだと考える方が妥当性をもつ。人類は気候変動等の原因によって、長く慣れ親しんだ遊動生活を放棄し、定住することを強いられたのである。

 

 その後、定住化していく過程は、人類に全く新しい課題を突き付けることになる。人類は、長い時間を掛けてその肉体的・心理的・社会的能力や行動様式等を遊動生活に適応するように進化させてきたのであろう。そう考えると、定住化はそれらの能力や行動様式の全てを新たに編成し直した革命的な出来事であったと仮説しなければならない。著者はその証拠として、農耕や爆竹の出現、人口の急激な増大、国家や文明の発生、産業革命から情報革命等が極めて短期間の内に起こったことを挙げ、これこそ、西田氏が定住化を人類にとっての革命的な出来事ととらえ、「定住革命」の考えを提唱する理由に他ならないと述べている。

 

 第2章では引き続き、この革命が起こした大きな変化である“そうじ革命・ゴミ革命”や“トイレ革命”、“死者との新しい関わり方”“社会的緊張の解消”“社会的不平等の発生”について言及しているが、ここでは本記事の趣旨を大切にするためにその概説を省略させてもらう。興味がある読者の方は、ぜひ本書を手にして自分で確かめてほしい。とにかく面白いから…。

 

 では、本記事の趣旨である「退屈」との関連についてまとめてみよう。先に結論的なことを言えば、<定住によって人間は「退屈」を回避する必要に迫られるようになった>ということである。著者は、その理由等について、次のように述べている。

 

 遊動生活では、移動のたびに新しい環境に適応しなければならない。そのための労苦や負荷こそは、人間のもつ潜在的な肉体的・心理的な能力を存分に発揮することにつながり、強い充実感をもたらせた。しかし、定住生活ではその能力発揮の場面が限られる。毎日、毎年、同じことが続き、目の前には同じ風景が広がる。そうすると、かつて遊動生活では十分に発揮されていた人間の能力は行き場を失うことになる。まさに「退屈」になるのである。こうして「退屈」をまぎらわせる必要が、人類にとっての恒常的な課題として現れることになった。定住は「退屈」を、人間一人一人が己の人生の中で立ち向かわなければならない相手に仕立て上げたのだ。しかし、定住民は現在まで「退屈」を回避するという定住革命の決定的な解決策を見出せないままである。だから、本書が取り組んでいる<暇と退屈の倫理学>は、一万年来の人類の課題に答えようとする大それた試みなのだ。

 

 へーっ、「退屈」を回避するという解決策を見出すことは、人類長年の課題だったのか!私は、自分が襲われたこの実存的な問題の大きさに戸惑わずにはいられない。しかし、今までの議論を踏まえると、定住民が長年抱えてきた大きなこの課題に対して、パスカルが説く信仰の必要性による解決策では納得できない。ましてや、遊動生活時代の復活を夢見ることも採用することができない。では、どのような解決策が見出されるのであろうか。

 

    私は著者が本書で提出しようとする結論に早く辿り着きたい衝動を抑えつつ、この連続記事の第4回で取り上げる「第3章 暇と退屈の経済史-なぜ、“ひまじん”が尊敬されてきたのか?」も丁寧に再読して、著者の結論に至る過程をじっくり楽しんでいこうと考えている。次回の記事において、私は一体どんな内容を綴ることができるのだろうか?書く時間を確保するのに手間取るかもしれないので、少々お待ちいただければ幸いである。

「退屈」する人間は、苦しみや負荷を求めている?~國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』から学ぶ②~

 2011年3月11日に東日本大震災が起こり、昨日はそれから10年目を迎えた日であった。私はテレビの特別報道番組を視聴しながら、改めて地震津波等による犠牲者に対して謹んで追悼の意を表した。このような不条理な災害に見舞われた遺族や関係者の方々から見たら、「退屈」な気分を抱えて悩んでいる私など、「何を甘えているのか。生きているだけで有難いと思え。」と叱られそうだ。しかし、私にとってこの実存的な問題は、やはり今しっかりと面と向かって対峙すべきものだと考える。「自分に与えられた生命を精一杯生き抜くために、今の私には必要な問題なのです。」と、心の中で控えめに答えつつ、この連続記事を綴っていきたい。

 

 さて今回は、この10回連続記事の2回目になる。本書の「第1章 暇と退屈の原理論-ウサギ狩りに行く人は本当は何が欲しいのか?」の中で特に印象深かった内容をまとめながら、私なりの所感をなるべく簡潔に綴ってみよう。

 

 まず、著者はフランスの思想家ブレーズ・パスカル著『パンセ』を取り上げ、「気晴らし」についての見事な分析を解説している。その中で、人間は部屋にじっとしてはいられず、必ず気晴らしを求め、それが熱中できるものであるためには、負の要素がなければならないと紹介している。言い換えれば、「退屈」する人間は、苦しみや負荷を求めるものなのである。

 

    また、同様なことを言った哲学者フリードリッヒ・ニーチェ著『悦ばしき知識』も取り上げ、「退屈」から逃れるためであれば、人間は外から与えられる負荷や苦しみなどものの数ではなく、自分が行動へと移るための理由を与えてもらうためなら、喜んで苦しむことを紹介している。また、哲学者レオ・シュトラウスの分析を参考にして、このような欲望が人々を戦争や革命、ファシズムに駆り立てることは、今までの歴史が実証しており、これを単なる一つの見方だと済ませる訳にはいかないことに警鐘を鳴らしている。

 

    私は、今まで人生の岐路に立った時、安易な道と困難な道が選択できる場合は、迷わず困難な道を選んできたと思う。それは「自分なりの理想や信念を貫きたい」という強い思いがあったからと確信していたが、もしかしたらパスカルニーチェの言うように、「退屈」から逃れるために敢えて苦しみや負荷を求めていたのかもしれないなあと、自分を俯瞰的に振り返ってみてそう思う。無意識の内に、私は「退屈」を嫌い、「退屈」から逃れたかったのかもしれない…。

 

 次に、著者は序章で言及した英米分析哲学を代表する哲学者バートランド・ラッセルを再登場させ、その著書『幸福論』を取り上げて、現代の「食と住を確保できるだけの収入」と「日常の身体活動ができるほどの健康」をもち合わせている人々(今の私もその一人であるが…)を襲っている日常的な不幸について論じている。そして、この非日常的とは異なる不幸はその原因が分からないという独特の耐え難さがあり、この点について対立的な立場にある大陸系哲学を代表する哲学者マルティン・ハイデッガーも同様に扱っていることを取り上げ、20世紀初頭の同時期を生きた二つの偉大な知性が全く同じ危機感を抱いていたことを強調している。

 

 では、ラッセルの退屈論を簡単に見てみよう。ラッセルの論を簡潔にまとめれば、「退屈の反対は快楽ではなく、興奮である。」ということになる。つまり、「退屈」している人間が求めているのは楽しいことではなくて、興奮できることだと言っているのである。このことから、著者は快楽や楽しさを求めることがいかに困難かという事実を見出し、「問題になるのは、いかにして楽しみ・快楽を得るかではなく、いかにして楽しみ・快楽を求めることができるようになるかだ。」と主張している。この考えは大変重要で、後々、著者が導き出す結論にとって大きく影響を与えるものになる。ただし、著者は、このラッセルの幸福論には不幸への憧れを生み出すという問題点が孕んでいると、読者に注意を促している。

 

 私が最初に通読した時には、「いかにして楽しみ・快楽を得るかではなく、いかにして楽しみ・快楽を求めることができるようになるかだ。」の部分が正直ピンとこなかった。しかし、今回改めて精読してみて、この考えのもつ重要さを私なりに認識した。簡単に言えば、求めるのは「興奮」ではなく「楽しみ・快楽」であり、重視なのは「結果」より「過程」であるということ。つまり、大切なのはどのようにして楽しみ・快楽という「結果」を得るかではなく、どのようにして楽しみ・快楽を得る「過程」を楽しむかということなのである。

 

 最後に、著者はもう一人の哲学者を登場させている。それは、ノルウェーの哲学者ラース・スヴェンセンである。そして、「退屈」の百科事典のような彼の著書『退屈の小さな哲学』を取り上げ、「退屈が人々の悩み事になったのはロマン主義のせいだ。」という主張を紹介している。ロマン主義とは18世紀にヨーロッパを中心に現れた思想であり、ロマン主義者は一般に「人生の充実」を求める。しかし、それが何を指しているか誰にも分からないから、「退屈」してしまうというのが彼の答えだと解説している。

 

 近代以降、それまでの共同体的な意味体系が崩壊して、生の意味が共同体的なものから、個人的なものになった。その中から、生の意味は自らの手で獲得すべきだと考えるロマン主義が生まれた。そして、ロマン主義は、普遍性よりも個性、均質性よりも異質性を重んじ、他人と違うことを私たち現代人は求めていると言うのである。しかし、そんなものが簡単に獲得できるはずもなく、ロマン主義者たる私たち現代人は、「退屈」に苦しむという訳である。

 

    確かに、少なくとも私は「生の意味」や「人生の充実」を必死に探し求めており、そのために今、原因のはっきりしない「退屈」に襲われつつあり、それを恐れているように思う。それに対して、スヴェンセンは「だったら、ロマン主義を捨て去ればよい。」と答える。しかし、私に根付いているロマン主義的な心性を、そんなに簡単に捨て去ることなどできるだろうか。「高望みをしないで、現状に満足しろ。」とでも言うのか。また、私が襲われている「退屈」なる気分は、このロマン主義的な「退屈」のみを指しているのだろうか。この点、著者も「退屈」をロマン主義に還元する姿勢に対して支持できないと明言し、彼の解決策に全く納得していない。私も同感であり、再度「退屈」についての思索を深める必要を痛感している。

 

 それにしても、私を襲っている「退屈」の正体とは何で、それにはどのような起源があるのだろうか。次回の記事で扱う「第2章 暇と退屈の系譜学-人間はいつから退屈しているか?」は、私にとって意外な視座である人類史的なアプローチから、上述のような疑問を解決する示唆を与えてくれるのである。日中、孫Mの鳴き声を聞く度に、急いで階下に降りて抱っこして寝かし付ける世話をする合間を縫って、なるべく早く次回の記事を綴りたいと考えている。