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「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

私たちにとって「推しを推すこと」に代わることは何?~宇佐見りん著『推し、燃ゆ』を読んで~

 文学には、純文学と大衆文学との区別があると思うが、私は推理小説や時代小説等の大衆文学の作品が好きで、どちらかというと芸術性の高い純文学の作品は苦手である。その理由は、文章表現における芸術性というものがよく分からないからである。純文学の中の豊かで個性的な言葉遣いや独自性に満ちた比喩的な表現等に接しても、それらから著者が表現したい表象や心情等を読み取り解釈するという能力が乏しいのだと思う。だから、私は芥川賞より直木賞の受賞作品の方を好む傾向がある。芥川賞受賞作品は、よほど何かのきっかけがないと読まないのである。

 

 そんな私が、今回、第164回(2020年度下半期)芥川賞受賞作品『推し、燃ゆ』(宇佐見りん著)を読んだ。なぜか?それは、すでに文庫化されて書店の平場に並んでいたこと、本書の装丁の不思議な美しさに魅了されたこと、そして何よりもタイトルに興味を惹かれたことなどが理由である。もちろん「推し」という言葉については、「ファンが好きな人物」とか「オタクが執着している対象」とかという程度の理解はあった。しかし、「燃ゆ」という言葉の意味はつかみ切れなかったので、「推し」が火事にあった物語?という的外れなイメージをもっていたのである。

 

 正直言うと、私は誰かのファンになったり何かのオタクになったりするという心情がよく理解できない。でも、かく言う私が当ブログの以前の記事で、自分のことを自嘲気味に「思想・哲学オタク」と使用したことがあるが、それは疑似的であることを自覚してのこと。「推し」の追っかけをしたり、関連グッズを収集したりするなど、好きになった人物や対象に固執するような本物の言動を取ったことは今までにないと思う。ただし、好きな作家や学者の本をつい買ってしまうという傾向はあるが・・・。

 さて、本書の内容に少し触れておこう。物語の主人公は、アイドルの上野真幸を「推す」、高校生の山下あかり。彼女はアルバイト先ではミスが多く、学校では成績が悪く、家庭では家族から怠け者扱いをされるなど、様々な不遇感を抱えて悶々とした日々を過ごしている。でも、バイト代のほとんどを「推し」の所属するアイドルグループのライブチケットやDVD、CDなどのグッズに充てて、「推しを推すこと」でままならない日常を何とかサバイブしていた。ところが、ある日「推し」の真幸がファンを殴るという事件が起きてネットが炎上して(燃えて)しまい、結局は引退へと追い込まれていく。この事態に伴って、彼女の日常の歯車が少しずつ狂い始めていく・・・。

 

 本書の記述の中には、「チェキ」や「スクション」などという私には聞き慣れない言葉が散見される。私はやはり20代前半の女性が書いた物語だとやや困惑しながら、それらの言葉をパソコンの検索機能を使って調べてみる。すると、「チョキ」とは「1998年に登場した、取ったその場でプリントが楽しめるインスタントカメラ」のことらしい。また、「スクション」とは「スクリーンショットの略語で、スマホに表示された画面をそのまま1枚の画像として保存できる機能」のことらしい。そんなことも知らんのかい!とツッコミを入れられそうだ。さらに、<とりま明日会見ってことでいいの?>なる文章の「とりま」って何?という始末。これは「とりあえず、まぁの略語で、2000年代前半から登場したらしく、若い世代では一過性の流行語ではなく、今でも当たり前の言葉として使われている造語」らしい。いや~、これも知らなかった!

 

 自分が知らない言葉や表現等に出合うと、文章を読み進めるのが億劫になってしまうが、最近このような場合には読み飛ばすようにしている。それは、特に純文学を読む際に内容を正しく理解しようとするよりも、文体や文脈のもつ著者独自の個性のようなものを感じ取ろうとする方がいいかなと考えるようになったからだ。今までは理性的に作品を理解しようとしていたために読書を苦行のように感じていた。だから、もっと気楽に純文学を楽しむには理性より感性に重心を移した読書法の方がよいのではないかと思うようになったのである。

 

 今回、そのような読書法で本書を読み通してみると、主人公の不可解で息苦しい言動とは裏腹に、私は著者の文体や表現方法等に意識が向いていき、ワクワクした気分に浸っていた。「これって、初めての感覚だな。」と、ちょっと興奮したのである。特に若い世代の純文学を読む時には、この読書法がいいのではないか。私は何かに開眼したようになり、この勢いで本書の読後所感も綴っていきたくなった。

 

 主人公のひかりは、「推し」が所属するアイドルグループのライブに参加したり、「推し」の関連グッズを買ったり、「推し」に関するブログを綴ったりするという「推しを推す」活動によって、輪郭のぼやけた不安定な自我の崩壊を辛うじて防いで何とか生きていた。ところが、「推し」がファンを殴るという事件を起こしたことがきっかけでネットが炎上して(燃えて)しまい、引退に追いやられてアイドルという存在でなくなってしまう。そのために、彼女は自分が一体化していた「推し」という対象を喪失する事態に陥り、一気に奈落の底に向かっていくことになる。

 

 つまり、日常的な苦痛を抱えている高校生のひかりにとって、「推しを推すこと」は今のアイデンティティを辛うじて保つことができていた生の“背骨”そのものだったのである。その生の“背骨”自体が、「推し」の存在が消滅することで崩壊してしまう。これからひかりは、真幸以外の「推し」を見付けようとするのか?否、それはひかり自身が否定していた。とすれば、ひかりは「推しを推すこと」以外の生の“背骨”を見出すことができるのだろうか?

 

 本書の解説で作家の金原ひとみ氏は、「あかりにとって推しとは生きる糧であり、術であり、目的である。そして同時に、今を生きる多くの人にとって推しが切実なものであるという事実は、私たちが生きる社会の寄る方なさを表している。(中略)最後の砦であった家族すら解体され個として生きる他ない人々は何を求めるのか。何と共に生きることを選ぶのか。」と書いている。今を生きる私たちにとって「推しを推すこと」に代わることは何なのだろうか?それを問い続けて自分なりの納得解を見出すことは、私たちにとって逃げることができない切実な課題なのではないだろうか?

子育てに関する常識的な考えを鵜呑みにすることの愚かさを知る!~本田秀夫著『ひとりひとりの個性を大事にする にじいろ子育て』から学ぶ~

 私には、ともすると子育てに関する常識的な考えを十分に検討し直さないまま鵜呑みにしてしまう傾向があると思う。例えば、「あいさつが基本である。」「たくさんの言葉掛けをする方がよい。」「スマホ育児はよくない。」等々、どれも常識的な子育ての考えだと信じて疑わなかったが、それらに対して「そうでもないのではないか。」と疑問を呈している“目から鱗”の本に出合った。それが今回の記事で取り上げる『ひとりひとりの個性を大事にする にじいろ子育て』(本田秀夫著)である。

 本田氏については、以前の記事でも何度か取り上げた本の著者なので、読者の皆さんもご存じの方が多いのではないだろうか。『発達障害―生きづらさを抱える少数派の「種族」たち―』『子どもの発達障害―子育てで大切なこと、やってはいけないこと―』『学校の中の発達障害―「多数派」「標準」「友達」に合わせられない子どもたち―』等の著者であり、医学博士・児童精神科医の方である。その本田氏が、2013年7月~2017年8月まで山梨日日新聞に連載していた「ドクター本田のにじいろ子育て」というコラムを整理し、ある程度共通するテーマを含む原稿をまとめて章立てし直したのが、本書なのである。

 

 私は本書の中にある、上述したような子育てに関する常識的な考えに疑問を呈しているコラムを読んで、何度もハッとさせられた。あまり深く考えずに教育者としての常識だと思っていた考えが、私の認識の中にはいかに多いか。私は改めて問い直してみる必要性を感じた。以下、その事例を紹介してみたい。

 

 まず、「あいさつは基本だ。」という考えについて。著者は、あいさつの効用を認めつつも、世の中にはアガリ症の人や大声が苦手な人、人見知りが強い人等がおり、それらの人にとって「あいさつが基本」と言われるのは大変困ることだと指摘する。また、あいさつは上手だが仕事はサボってばかりという人もいれば、あいさつは苦手だが仕事は真面目にこなすという人もおり、人物として評価すべきはトータルな人柄や仕事の内容であって、決してあいさつではないと書いている。さらに、あいさつを重視する人の中には、「元気よくあいさつする人に悪い人はいない。」とまで言う人がいるが、どちらかというと、うわべだけのコミュニケーションの巧みさで人を騙すような人も多く、あいさつが苦手な人の中には人見知りが強く世渡りが下手だが実直な人も多いのではないかと疑問を呈している。その通りだなあと思う。私は「あいさつは基本だ。」と声高に言うことだけは少し控えようと反省した。

 

 次に、「たくさんの言葉掛けをする方がよい。」という考えについて。著者は、「乳幼児期の子どもにたくさん言葉掛けをする」ことは間違いだとはっきりと否定している。そして、その理由を二つ挙げている。一つは、言葉の「物事に名前を持たせる」という役割の面から考えて、言葉の量を増やすとある物事の名前が一体どれになるのか分からなくなってしまうからというもの。もう一つは、言葉の「他人にメッセージを伝える」という役割の面から、大人が大量の言葉を投げ掛けてくると子どもはうっとうしく感じ、相手とコミュニケーションしたいという自然な気持ちを萎えさせてしまうから。確かに、乳幼児期の子どもに対する言葉掛けは、必要最低限でもいいのかもしれない。私の二女は寡黙なタイプで、幼い長男(私にとっては二人目の孫Mのこと)に対してあまり言葉掛けをしなかったので、私は「もっと言葉のシャワーを浴びせてあげる方がいいよ。」と常識的なアドバイスをしたことがあったが、それは適切だったのだろうか。その後のMの言葉や精神的な成長ぶりを見ていると、二女のMに対する関わり方は適切だったと納得できる点が多い。これまた反省!

 

 最後に、「スマホ育児はよくない。」という考えについて。著者は、スマホ育児を問題視する代表的な意見を二つ挙げている。一つは、「スマホ育児によって親子のスキンシップが減り、子どものコミュニケーションの発達が遅れる。」という批判。それに対して、著者はスマホがスキンシップ減少の原因ではなく、スキンシップを減らしたいという親の需要を満たす手段になっていることが問題だと指摘している。また、コミュニケーションが苦手な一部の発達障害の人に中には、対人コミュニケーションよりスマホが好きだから、結果としてスマホで遊ぶ時間が長くなっている人もいて、彼らにとってスマホは知識や教養を身に付けるための貴重な手段になっているとも言っている。

 

 もうひとつの意見は、「スマホ依存になる。」という批判。それに対して、著者はスマホ依存になる人はごく一部に過ぎず、スマホばかりやる子どもの多くは他に好きなことややりがいを感じることがなくなっていることが本当の問題だと指摘している。だから、「スマホ以外に好きなことがあれば特に問題はない。」と言っている。教員をしている私の長女は公私共に多忙な生活を送っているので、小学1年生の長男(私にとっては初孫Hのこと)と関わる時間が少なく、Hは一人でゲームをしたりYoutubeを見たりする時間が長くなっている。私の妻は「Hがゲーム依存症になってしまったらいけないので、もっとする時間を制限する方がよい。」と常識的な助言をしていて、私もつい同調的な態度を取ってしまっている。しかし、HにはゲームやYoutube以外にも運動や玩具・言葉遊びなどが好きで、縄跳びやけん玉遊び、ワードバスケットゲームなどが大変得意である。だから、私たちの心配は単なる杞憂なのではないかと思っている。もっとHの生活習慣やリズムの方に配慮して、大人たちのよりよい関わり方について長女と一緒に考えていくようにしたい。

 

 ここまで本書を読んで、私がともすると子育てに関する常識的な考えを鵜呑みにしてしまっていたことを知り、反省する内容を綴ってきた。それにしても、私が常識だと思っていることの中には、子育てに関することだけでなく、その道の専門家や達人と言われる人たちが語った言説を十分に精査しないまま鵜呑みにしていることがあるかもしれない。また、高度情報化社会の中でSNSの爆発的な進展や生成AIの飛躍的な進歩等に伴い、不確かな事実のまま流れている情報やフェイクニュースなどに触れることも多くなっており、それらを十分に精査せず鵜呑みにして受け入れ安易に他人に伝えてしまうことは、結果として他人を騙したり傷つけたりしてしまうかもしれない。世の中にはさも事実や真実かの如く溢れかえっている情報があることを認識し、常に慎重かつ意識的に取り扱うことが求められている。さらに、自分の認識を絶対化せず、常に相対化しておく心の余裕も必要だなあと、今回改めて自覚した次第であります。

「探究的な学び」の実践とその必要性について考える!~「愛媛教育研究大会」に参加して~

 2月2日(金)に年休を取って、愛媛大学教育学部附属幼稚園・小学校で開催された「第102回 愛媛教育研究大会」に参加した。午前中は、附属小学校で公開された授業の中から6年生のくすのき学習(総合的な学習の時間)の単元「共に燦めけ 道後の町とわたしたち」、1年生のぎんなん学習(生活科)の単元「いちほしたんけんたい!ふゆもたのしもう」、3年生の国語科の単元「深い読みから自己と対話する―成長とは―」の3つを参観させてもらった。また、午後からはくすのき学習の研究協議会へ参加し、その後は体育館で行われた講演「そもそも『探究』は何のため?~その原理と具体的な方法について~」(講師は熊本大学大学院教育学研究科・准教授 苫野一徳氏)を拝聴した。

 

 附属小学校の今期の研究主題は<子どもが創る「探究的な学び」をデザインする>で、本年度はその3か年研究の2年次に当たる。初年次は、「探究的な学び」を「自分なりに問いをもって、自分なりの方法で追究し、自分なりの納得解にたどり着くような学び」と定義し、その過程で積み重ねる経験を、挑戦【Challenge】、選択【Choice】、協働【Collaboration】、批判的思考【CriticalThinking】、創造【Creativity】、メタ認知【Check】の6つの経験(頭文字を略して「6C」と呼ぶ)として整理している。また、これらの「6C」を経験する子どもの視点に立って単元構想をデザインするために、「探究的な学び」の「ゴール」をいつ設定するかという観点から「ビルドタイプ」と「プロジェクトタイプ」に分類している。さらに、前期研究から継続してきた教師の視点に立った学習過程のデザインである「ツーステージ型」と「スパイラル型」も踏まえて、子どもの視点と教師の視点の両面から「探究モデル」を4つの象限でとらえて実践研究を進めてきている。

 2年次に当たる本年度は、初年次の実践研究を踏まえて「6C」における子どもの姿と教師の「支え方」を整理しながら、質をより深めた実践研究に取り組んでいる。特に教師の「支え方」を「6C」を充実させるという方法と、子どもが学びを自覚できるようにするという方法でとらえ直している。また、評価研究においては、子どもの「学びに向かう力」が涵養されている姿を、「探究的な学び」の実現を通して主体的に取り組み、「学び方」を身に付け、「未来に向かう思いや願い」が表出している姿ととらえて、教師評価や子ども評価、他者評価の観点から具体化してきている。

 

 今回の記事では、以上のような附属小学校の実践理論に基づいた研究成果である公開授業を私なりの視座からどのように評価したのかについて、特に6年生のくすのき学習の授業を取り上げて具体的かつ簡潔に綴ってみたい。また、苫野氏の講演の中で特に私の心に印象深く残っている内容についても若干触れてみたいと考えている。

 

 まず、6年生の「共に燦めけ 道後の町とわたしたち」という単元の公開授業から。2学期までの学習で、子どもたちは身近な地域である「道後」の魅力を調査して観光客に伝える活動を通して、観光客だけでなく地元の人々にも喜んでもらえた経験をし、よりよい町づくりに自分たちにもできることがあることの手応えや、地域に役立つことができたという実感を得てきている。そこで、担任は「100年先も道後が“いい道後”であるために必要なことは何だろう。」という探究課題を提示して、本単元を構想した。単元前半では、子どもたちが調査したりまとめたりしながら考えを深めていく過程で、様々なゲストティーチャー(GT)とのつながりを作り、共に考えていく。単元後半は、“道後燦めきサミット”を開催し、様々な立場の人々と子どもたちが一堂に会し、よりよい町づくりについて話し合うという構想で展開する。本時は、探究課題に対して自分たちなりにまとめた内容をGTに伝えて意見交換する活動を通して、“道後燦めきサミット”へ向けて改善・改良することを見付けるという授業であった。

 

 4つのグループに分かれた子どもたちは、各グループを担当する一人のGTに対して一人一人が自分なりにまとめた提案内容をプレゼンしていき、それに対してGTから良い点や課題点を指摘されてフィードバックを受けた。私の目の前のグルーブでは、「道後温泉の別館を作る」「道後地区に足湯をもっと設置する」「道後地区に緑を増やす」「運行知中止している坊ちゃん列車を再開する」などの提案内容をタブレットや画用紙に分かりやすくまとめてプレゼンしていた。それに対して、道後の老舗旅館の社長であるGTは、アンケートの結果を使ったり観光客や地元住民の声を反映したりして意見をまとめていることや、分かりやすい図表を使ったり適切な声の大きさや速さで話したりしていることについて評価する言葉を掛けていた。また、道後温泉の源泉量や事業に係る費用、地域住民と観光客の願いの違いなど、課題になる点も指摘していた。

 

 本時の授業は、現象的には単に子どもたちがGTに対して発表練習をし、それに対してGTがコメントをするというもので、能動的な学習活動が少なかった。また、途中の話合いの場面でも限られた子どもの発言が多く、受動的な子が目立つ授業のように見えた。しかし、よく目を凝らして子どもたちの仕草や表情を見ていると、強い課題意識に支えられた内面を現わしていた。それは、授業の終わりに「振り返りカード」を書く場面で、私の前の子どもたちがキーワードでの振り返りの欄に「温泉の源泉量が少ない」とか「事業に係る費用をどうするか」とか「住民の願いは何か」と書いていたからも伺える。次時の学習では、このような視点から提案内容を改善・改良して、“道後燦めきサミット”では誰を招待するのか、どのような順番で提案するのかなど、サミット開催に向けての計画について話し合うことになると予想することができた。「よい探究的な学びが実現しているなあ。」というのが、私の実感的な感想であった。

 

 次に、県内外の小学校の先生方が10名ほど参加していた午後の研究協議会の様子についても少し触れておきたい。最初に授業者(くすのき学習の研究担当者)から、研究紀要に掲載されている実践理論に基づいた発表があり、その後、質問や意見等の交換が行われた。質問では、「なぜ100年後なのか。」「誰にとっての“いい道後”なのか。」「どういう経緯で本単元の探究課題を設定したのか。」「4つのグループ編成の視点は何か。」などが出された。私からは「本単元の探究課題にかかわる概念とはどのような内容か。」「探究的な学びにおいて特に重視される、子どもの自己評価力の育成の手立ては。」という質問をした。授業者はどの質問に対しても適切に対応していたので、私は授業者が常に子どもたちの視点を大切にし、その思いや願いを生かすように単元を構想し柔軟に展開していると実感した。「これこそ、探求的な学びを支える教師のあり方の姿だなあ。」と感嘆の言葉がつい漏れてしまった。

 

 最後に、苫野氏の講演の中から特に私の心に強く残った内容について。苫野氏の講演内容は、①「そもそも学校は何のためにある?」 ②「学びのゆるやかな構造転換に向けて」 ③「そもそも『探究』とは何か?どう実践する?」というテーマで構成されていた。①に関しては、「全ての子どもに『自由の相互承認』の感度を育むことを土台に、『自由』に生きるための力を育むため!」ということ。②に関しては、「特に学びの個別化・共同化・プロジェクト化の融合」ということ。③に関しては、「民主主義(自由と自由の相互承認)の成熟のため」ということについて、具体的な事例を紹介しながら熱く語ってくれた。私は、今までに苫野氏のほとんどの編・著書を読んでいたので講演内容は再確認することが多かったが、それでも改めて私の心に鋭く刺さった言葉がある。それは、「『よい学校』には、ほぼ例外なく『対話の文化/仕組み』がある。」という言葉である。このことは、私の過去の教職生活の中で痛感してきたことであり、そして今でも職場やそれ以外の市民生活の中で実感していることだからである。

 

 近代社会が成立し、民主主義を基本理念とする国家が多くなっている現在(専制主義国家の方が民主主義国家より多いのが現状ではあるが・・・)の国際社会においても、未だに人種や宗教、政治体制等の違いによって分断が起きて、その結果として紛争や戦争が勃発している。それぞれの立場や考えなどを絶対化し信念にしてしまった国家や民族がそれ故に「対立」しまい、お互いに排除しようとしてしまう事態。そこでは本当の意味での「対話」が成立していないのである。このような事態は地球規模にまで拡大しなくても、身近な市民社会の中においてもいくらでも見られる。だとすれば、苫野氏が言うように公教育において「自由の相互承認」の感度を培い、「自由」に生きる力を実装化していくことが今こそ、強く求められるのではないだろうか。そのためには、学校で「対話の文化/仕組み」を創り、「探究的な学び」を中核にして公教育の学びの構造転換を図ることが急務なのである。

「1980年代まで」に私が影響を受けた「思想」について少し振り返る・・・~佐々木敦著『増補新版 ニッポンの思想』に触発されて~

 1983年9月、最先端の哲学を扱った高度な内容の『構造と力―記号論を超えて―』(浅田彰著)という単行本が勁草書房という出版社から刊行され、何と15万部を超える大ベストセラーになった。それを契機にして「ニュー・アカデミズム」(略称「ニューアカ」)現象が起きて、世の中に一大センセーションを巻き起こした訳だが、この『構造と力』が初版から約40年の歳月を経て、最近やっと文庫化(中公文庫)されたのである。2020年代の混迷する世界を理解する上で今なお新しさを失わないその「思想」を、多くの市井の人々にも知ってもらいたいという思いからであろう。

 

 1983年当時、私は30歳前の年齢で、愛媛大学教育学部附属小学校に赴任してまだ数年しか経っていない頃であったが、単に「思想オタク」的な興味本位でこの『構造と力』を購入した。しかし、読み始めてみたものの、内容の難解さに苦渋して途中で放棄してしまった。その悔しい思いを引きづっていた私にとって、それから半年ぐらい経って刊行された浅田氏の二冊目の著書『逃走論』は「今度こそ!」という思いを私に惹き起こしてくれたので、またすぐに入手した。私にも馴染みやすいポップな文体と、「スキゾ・キッズ」という魅力的なキーワードのお陰で、何とか読み通すことができた。その喜びを表現するかの如く、当時、同僚たちに「本県の閉鎖的な教育風土から、とにかく逃げろや逃げろの戦略でいこう。」などと得意がって吹聴していたことを思い出す。

 

 職場近くのデパートに入っている紀伊国屋書店の平場に並んでいた文庫本の『構造と力』を手に取って、当時のことを懐かしく思い出している時、私の目に留まった別の本があった。それは『ニッポンの思想 増補新版』(佐々木敦著)という文庫本。私は「日本じゃなくて、ニッポンって、どういう意図?」という思いでページを捲ってみて、プロローグの文章を拾い読みしてみた。すると、・・・「1980年代」がそれ以前の「日本の思想」の流れに、ある紛れもない「切断」を成した時代であり、本書ではその「切断」の以前と以後を「日本」と「ニッポン」の違いで表す。・・・という箇所があった。また、・・・「思想」の「変遷」というドラマには直接参加せず、しかし熱心な「観客」であり続けてきた人間が書く「思想」の「歴史=ドラマ」があってもいいのではないでしょうか。・・・と著者が読者に問うている箇所を読んで、私は躊躇なく本書を購入したのであった。

 それから約2週間、私は自宅での隙間時間に少しずつ読み継いできて、やっと昨日読了した。本書は、「ニッポンの思想」を「80年代」「90年代」「ゼロ年代」(そして、その後に増補された部分である)「テン年代」「2020年代」というディケイド(10年間)を時系列に追っていくという構成で編集しており、表面的には断絶しながらも実のところは連続しているという観方を取って「一貫性」を炙り出そうと企図しているので、私なりに頭を整理しながら読むことができた。でも、そうは言ってもその内容を十分に理解することは困難だったので、今回の記事は本書の内容に触発されて思い出した「1980年代まで」に私が影響を受けた「日本の思想」についてほんの少しだけ綴ってみようと思う。

 

 本書の〈第1章 「ニューアカ」とは何だったのか?〉の中に、「1980年代まで」の「日本の思想」に関連した内容について著者が言及している箇所がある。それは、1990年に行われた座談会で浅田氏が語った「それまでのソシュールアルチュセールやポランニーの忠実な読者だった人たち」として、次のような著者や学者たちを挙げている箇所である。

〇 『ソシュールの思想』や『文化のフェティシズム』等の著者・丸山圭三郎

〇 『暴力のオントロギー』や『排除の構造―力の一般経済序説』等の著者・今村仁司

〇 『幻想の経済』や『パンツをはいたサル』等の著者・栗本慎一郎

〇 『ものぐさ精神分析』や『二番煎じ ものぐさ精神分析』等の岸田秀

 

 また、別の個所では「ニューアカ」登場以前の70年代において学際的な著書を著した学者として、次のような著書や人々を挙げている。

〇 『道化の民俗学』や『文化と両義性』等の著者・山口昌男

〇 『共通感覚論』の著者・中村雄二郎

〇 『無縁・公界・楽』の著者・網野善彦

〇 『精神としての身体』や『<身>の構造』等の著者・市川浩

〇 『分裂病現象学』や『自己・あいだ・時間』等の著者・木村敏

これらの学者は、1960年代から段階的に日本に輸入されてきた「構造主義」や「記号論」をベースにした「日本の思想」を、70年代に展開していた人々である。

 

 30歳前の私は、ここに挙げられている学者たちの著書群を手当たり次第に読み漁っていたので、「80年代」になって忽然と起こった空前の「現代思想」ブームや、それをリードした「ニューアカ」の二人の旗手たちの「ニッポンの思想」にはまだ認識レベルで追いつかなかったのである。浅田氏とともに当時注目されていた中沢新一氏が、1983年11月にせりか書房から刊行した『チベットモーツアルト』に対しては、特に意識することがなかった。ただその後、タイトルに興味をもったので『雪片曲線論』(中公文庫)を買ってみたが、中沢氏の論ずる自然哲学や意識論、チベット仏教論等に対して関心を高めることができなかった。しかし、1986年~87年に起こった「東大駒場騒動」(中沢氏を東京大学の教官として受け入れるか否かを巡る教授会での騒動)に対しては、アカデミズムの頂点に位置している東大で中沢氏がどのように評価されるのかが気になったので、当騒動の立役者の一人である西部邁氏がその赤裸々な内情を詳細に綴った『剥がされた仮面-東大駒場騒動記』(1988年刊)をゴシップ的な興味で目を通したことを覚えている。

 

 それに比べて、前述した「1980年代まで」の「日本の思想」の中核を担っていた学者たちの著書には、とても大きな知的刺激を受けた。その中の丸山氏や栗本氏、岸田氏については当ブログの以前の記事でも取り上げたことがあるが、これらの学者たち以外にも、中村氏や市川氏の著書からは多くのことを学んだ。というのは、当時、私は附属小学校で体育科の実践的研究を推進する役目を担っており、それまでの体育科教育の根底にあった近代的な「心身二元論」に立つ教師主導型の「運動手段論」を何とか相対化したいと考えていた。そして、新たな体育科教育の理念として「心身一元=心身一如論」に立つ教師と子どもの相互主体型の「運動目的・内容論」を構想するための理論作りに役立てようとしたのである。

 

 それまでの体育科の授業は、ともすると運動主体であるはずの子どもを操作対象にして指導してきたために、多くの「運動好きの体育嫌い」の子どもを作ってきていたと思う。私はこの実態を何とか克服したいと考えて、運動主体である子どもが運動を<遊び=学び>として経験するような体育学習の成立を目指したのである。そのための理論になる身体論として、私は中村氏や市川氏のそれに注目したのである。

 

 では、中村氏や市川氏の身体論の本質とは何か。ここで当然、この本質について具体的に語るのが自然な論の展開になるのだが、心身の疲れを意識し始めてきたので、中途半端な記事になることを承知の上で、この辺で筆を擱きたいと思う。この続きの記事はまた機会を改めて綴りたいと考えているので、読者の皆様にはそれまでは亀の如く首を長くしてお待ちくだされば幸いです。では、また・・・。

私の中にある無意識の「エイジズム」(年齢差別)について~「100de名著」におけるボーヴォワール著『老い』のテキストから学ぶ~

 1月6日(土)の午前中、松山市教育会と松山市教育研究協議会の共催によって実施された「令和5年度 教育を語る会」に私は参加した。内容は、愛媛県教育支援センターの坪田朋也指導主事が「メタバース(仮想空間)上の学びの場による児童・生徒への支援」という演題で行った講演会だった。愛媛県教育委員会がインターネット上のメタバースを活用して不登校生が学べる環境を新たに整備した本年度事業に関する、今までの具体的な取組内容をライブ映像も加えて紹介するものだった。学校だけでなくフリースクールなどの他の教育機関とのつながりもない、完全にひきこもっている子どもたちが、他者や社会とつながるための最初の一歩になってほしいという、坪田氏の強い願いが伝わってくる講演だった。

 

   充実した講演の余韻を味わいながら駐輪場へ足を運んでいた時、私の現役時代の部下で今は市内某小学校の校長になっているS氏と出会った。「〇〇先生(私のこと)、お元気そうですね。おいくつになられるのですか。」「今年の誕生日で、古希を迎える歳になるよ。」「そうですか、でも昔と全然変わらないですね。」「ありがとう。読書やブログ運営、ウォーキングやストレッチなど、頭と体の体操をずっと続けているからかも知れないね。」等々、S氏と挨拶代わりの何気ない会話をした後、私は気分よく風を切りながら自転車で帰路についた。

 

 ところが、帰宅後、私の心の中に何かモヤモヤした気持ちが浮かび上がってきた。私は、人から若いと言われたいと思っているのではないか。つまり、自分が老いることをどこかで否認したいと思っているのではないか。・・・年始早々に、「老い」について哲学的に考え直すことができてスッキリした気分になっていたが、今回気付いた自分の「老い」に対する無意識のとらえ方に少し戸惑ってしまった。私は、再度「老い」に対する哲学的な問い直しをしてみようと考えて、書棚の中から「老い」をテーマにした哲学書を探してみた。すると、3年ほど前に購入していながら未読のままだった「100分de名著」のテキストが目に入った。社会学者の上野千鶴子氏が、ボーヴォワール著『老い』について解説したものである。私は、早速テキストの全4回の内容に目を通しながら、その度に録画していた放送映像も視聴してみた。

 『老い』は、第二波フェミニズムの先駆けとなった『第二の性』の著者であるシモーヌ・ド・ボーヴォワールが62歳の時に発表した著作である。「老い」の当事者になった彼女が、現代社会において老人の人間性が毀損されていることに対して怒りを感じたことを動機として著したものである。本書の中で彼女は、老いた人間を厄介者にして廃物扱いすることが文明のスキャンダルであると断言し、「老い」は個人的な問題ではなく、社会の問題であり、文明の問題だと鋭く主張したのである。

 

 放映された「100分de名著」の番組構成は、第1回「老いは不意打ちである」第2回「老いに直面した人びと」第3回「老いと性」第4回「役に立たなきゃ生きてちゃいかんか!」となっていて、どの回も私がハッとするような内容を含んでいたが、特に第4回放送分のテキスト内容の中に、先述した私の「老い」に対する無意識のとらえ方をはっきりと意識させる箇所があった。そこで今回は、その箇所を指摘するとともにその所感を綴ってみたい。

 

 第4回放送分は文明社会による高齢者の処遇の一つである社会保障をテーマにしているが、テキストには「高齢者観の転換」に関する2つの内容を紹介している部分がある。一つは、アメリカの「ウーマンリブの母」と呼ばれたベティ・フリーダンが、その著書である『老いの泉』において、高齢者に対する従来の否定的なイメージを「自分を知り、今は自分を一番わかっているのだと自覚し、他人が自分のことをどう思うか恐れずに、未知の将来へと驚嘆しながら発展していくイメージ」へと転換させようとしたこと。

 

    しかし、このような高齢者観は、自分が老い衰えることを見たくない、聞きたくない、考えたくないという「老年期を否認する思想」である。私が講演会後にS氏と会話した時に話した内容こそ、実はこの「死の直前まで壮年期を引き延ばす思想」を意味する「サクセスフル・エイジング」(成功加齢)の概念を具現化したものであり、私の中にある無意識の「エイジズム」(年齢差別)から発せられたものではなかったのか!

 

 もう一つは、フリーダンの8歳年長のレズビアンフェミニストであるバーバラ・マクドナルドが、その共著である『私の目を見て』において語っている次のような「老い」のイメージである。少し長くなるが、引用してみる。

・・・高齢女性に「あなたはほかの高齢女性と違って、楽しいし、根性があって、生き生きしてますね」などと言うことが、その女性をほめていると思ってはいけません。もしその女性がそれをほめ言葉として受けとめるとしたら、あなた方は高齢女性を拒否することに手を貸したことになります。(中略)高齢女性にむかって、「お丈夫ですね。わたしたちより有能ですね」などと言ってはいけません。これはあなた方の思い上がりであるばかりか、その人が年より若く見えることにあなたが感心していることを示します。それは、年を感じさせるようなことをすれば彼女をけなすようになるのです。・・・

 

 「ポジティブな老いを生きよう」というフリーダンの提言とは対照的にマクドナルドは、「年をとれば誰でも衰えて弱くなり、動きも鈍くなって、周囲に面倒をかけることもあるでしょう。それがどうした、その何が悪い!」という挑戦的な提言をしているのである。高齢者が「七十歳、八十歳、九十歳がどんなものか発見する過程」にあることを、「挑戦」であり、「革命」であるととらえている点で、マクドナルドの提言はフリーダンのそれよりも、ずっとラディカルなのである。

 

 私はつい唸ってしまった。「参った!マクドナルドの言うとおりだ。」どんなに健康寿命を延ばそうとしても、誰でも必ず「フレイル期」を迎える。高齢者に社会的役割や生き甲斐を求めれば求めるほど、それがなくなったときの自分に対して自己否定感をもつのは当然なのである。私は知らず知らずの内=無意識に、このような「エイジズム」に陥ってしまっていたのである。もちろん、少しでも健康寿命を延ばしてQOL(生活の質)を維持することは、自分自身にとっても家族にとっても悪いことではないが、それが幸福の必要条件のようにとらえてしまうと、そうでなくなった途端に不幸になったと悲観してしまう。でも、それは違う。そうなったらなったで、自分も家族もその情況をあるがまま受け入れ、できるだけ無理のない被介護の態度や介護の仕方を考えればいいのである。

 

 テキストの最後に「老いという冒険」という項があり、そこで上野氏は次のようなことを語っている。

・・・役に立たないからと厄介者扱いするのではなく、役に立てないと絶望するのでもなく、わたしたちは老いを老いとして引き受ければいい、それを阻もうとする規範、抑圧、価値観が何であるかを、ボーヴォワールの『老い』はわたしたちに示してくれています。(中略)ボーヴォワールは、彼女が遺した書物によって、わたしたちを老いという冒険に立ち向かわせてくれるのです。

 

    今回私は、自分の中にある「老いを抑圧する小さな権力」を自覚することができて、何だか胸の中の霧が晴れたような気分になった。これからは老いの冒険者として、自然体で淡々と生きていこうと思う。

「コンヴィヴィアル」な老いの生き方とは?・・・~岡本裕一朗著『世界の哲学者が悩んできた「老い」の正解』から学ぶ~

 喪中で迎えた今年の元日は例年とは違い、華やかなお節料理が食卓に並ぶでもなく、束になった年賀状が郵便受けに入ることもなかった。恒例行事が中止になったような一抹の寂しさを隠し切れなかったので、全品20%割引のウルトラセール中のブックオフへ行ってみることにした。妻から以前に依頼されていた医学関係の実用書と自分好みの哲学や言語学関係の新書を数冊購入して、私はちょっといい気分を味わうことができた。帰宅後に、それらの書籍をどの書棚に入れるか思案しながら何となく書棚に並ぶ本の整理をしていると、年末に入手していた『世界の哲学者が悩んできた「老い」の正解』(岡本裕一朗著)の背表紙が目に入った。「最近、<〇〇の正解>というタイトルの本が多いけど、出版業界での流行り文句なのかな・・・。でも、哲学的に老いを考えるのは面白そうだ。私も今年は古希を迎える。改めて哲学的に老いの生き方について問い直してみよう。」

 そう思い立ったものの、正月二日には新年の挨拶をしに来てくれた娘夫婦(二女の夫は年末から微熱が続いているので来訪しなかったが・・・)や孫たちと昼食会をすることになり、ゆっくりと読書をする時間は取れなかった。でも、水炊きの鍋料理とオードブルの中華料理を前にして、二人の孫たちの旺盛な食べっぷりを見たり、娘夫婦たちと何気ない語らいをしたり、昼食後には孫Hが好きな「ワードバスケット」というカードゲームを皆で楽しくしたりすることができたので、「本格的な読書をするのは明日からにしよう。」と割り切った。

 

 ところが、急遽、二女たちが一泊することになり、三日の午前中は松山空港の近くの児童公園へ行くことにした。そこは我が家から車で約15分の場所にあった。車内で退屈する暇もなかった孫Mは、始め滑り台が複数設置している大型遊具を見て少し不安そうな表情になったが、私が一緒だと喜んで滑った。ところが、一人で滑るのは嫌だと言う。服の着替えや食事等は大人の介助を拒み、自分でやりたがる普段の生活態度とはイメージが違う。初めての場所や経験に対しては、慎重になるタイプかもしれない。Hと比べて普段接することが少ないので、適切な対応ができないのが悔しい。無理なこととは知りながら、祖父としてもう少しは関わってやりたいと思う。「だから、今はMと遊べるこの僅かな時間を大切にしよう。読書は今夜から本格的にやろう。」

 

 ということで、私が本書を本格的に読み始めたのは三日の夜から。でも、四日は今年の仕事始めだったので寝床で前夜の続きを読み、年休を取って自宅で過ごした今日やっと読了した。とはいうものの、著者の岡本氏と私は同い年なので勝手に親しみを感じ、また平易な文章表現だったこともあり、老年の私の頭にも内容がすっと入ってきた。そこで今回は、その内容の主旨とともに私の心に深く刻まれた事柄をまとめて、最後に私なりの簡単な所感を付け加えてみたい。

 

 本書は、「ポスト近代」の入り口にさしかかり、「人生100年時代」という長寿化社会が到来しつつある21世紀の現代において、「老い」をどうとらえたらいいのか、哲学的に考えるために書かれたものである。本書の内容の主旨を私なりに素描すると、次のようになる。

① 老人問題を考える際、「権力のアリ、ナシ」と「仕事のアリ、ナシ」という2つの軸で分類する必要があり、「老いの生き方」で問われるべきは老人の新しい4分類の中の「長老(パワー老人)」や「資産家老人(プレミアム老人)」ではなく、「再生老人(リサイクル老人)」や「廃品老人(スクラップ老人)」である。

② 近代における「若者=未来志向型、進歩主義」対「老人=過去志向型、伝統主義」という発想そのものの妥当性が失われつつある今、ポスト近代社会に応じた働き方や生き方が必要になる。

③ 「規律社会」と呼ばれるパノプティコン時代の近代社会の次に来るのは、「管理社会」と呼ばれるポスト・パノプティコン時代のポスト近代社会であり、そこでは閉鎖空間を境界づけていた線がことごとく消滅し、社会全体が液状化している。

④ 「老い」に対して、プラトンは肉体的な欲望から解放されて精神的な欲望や楽しみが増えると見なし、アリストテレスは肉体とともに精神も衰退すると見なしたが、その相違は彼らの出身に由来する。

⑤ キケロセネカが「老い」を称賛したのは、彼らが「老人政治」のスポークスマンだったからである。特にストア派セネカは「老い」を自然なものと受け入れていたからである。

⑥ 前近代において「老い」は社会の問題であったが、近代になると個人の問題へ変化して忌み嫌われるようになった。近代人は、老いていく自分自身を見つめ、どう生きていけばいいか、悩むようになった。

⑦ モンテーニュの「老い」に対する指針は、「人生を楽しむ」ことである。

⑧ パスカルの「人間死刑囚論」を敷衍すれば、「老い」においても「気晴らし」を見つけることが課題になる。

⑨ ショーペンハウアーにとって生きる上での最高原則は「苦痛を避けること」なので、「老い」においては「健康」と「金銭」を重視することになる。

⑩ ニーチェは人生の「否定」から「肯定」へと転向し、超人となることを強く主張した。

⑪ サルトルにとっての「老い」は「対他存在」としての在り方なので、彼は自由で実存的な「対自存在」としては「年寄り」だとは感じていなかった。

⑫ フーコーが提示した「生存(実存)の美学」は、老年期において「自分の人生をひとつの芸術作品に仕上げる」ことこそが探究すべきことであると示唆している。

⑬ 九鬼周造の「いき」な生き方こそが、「老い」の生き方なのではないか。

⑭ アルキメデスの「エネルゲイア」はまさに「幸福に暮らすこと」や「楽しく生きること」であり、サルトルの思想である「キーネーシス」とは対立するものである。

⑮ 社会のシステムは近代における「ツリー(根づく)型」からポスト近代における「リゾーム(広がる)型」へ変化し、それに伴って人のライフスタイルも「定住民型」から「ノマド型」へと変化している。

⑯ マルクーゼにとって「仕事が遊びになる、あるいは遊びが仕事になる」ことは現実のものであった。

⑰ イリイチが提唱した「コンヴィヴィアル」という概念は、ポスト近代社会において理想となる生き方のヒントになる。

⑱ テクノロジーの進化は、人間のサイボーク化を進めたり、バーチャルの世界で遊んだりすることを可能にするので、これから高齢を迎える人の生き方を左右する。

⑲ 老人の分類軸を使うと若者も新たな4つの分類ができるが、現代社会においては「エリート若者」「セレブ若者」「キャリアアップ若者」は少数派であり、「使い捨て若者」が多数派になるという分断が起きている。

⑳ 老人は若者の未来が透けて見えるものなので、それに対応した社会的組織や制度をできるだけ早く作り直さなければならない。そのためには、老いも若きもいかにして「コンヴィヴィアル」な生き方ができるかがこれからの時代のテーマになる。

 

 以上、本書の内容の主旨をまとめてみたが、この中で私の心に強く刻まれた内容は⑰と⑳に関したものである。つまり、「コンヴィヴィアル」な生き方というキーワードである。この「コンヴィヴィアル」という概念は、前述したように『脱学校の社会』を著したイリイチが近代の産業主義時代の終焉を見据えて発想したものである。この言葉自体は、ラテン語のcon(ともに)とvivere(生活する)を組み合わせたもので、「一緒に暮らす、ともに生きる」という意味を持っている。また、「食事やお酒が介在した会食や宴会」という意味にもなる。したがって、それらは当然、楽しい場になるので「ともに楽しく生きる」と訳してもいいのである。

 

 ポスト近代に向かいつつあるこの時代にあって、「ともに生きて、ともに楽しむ」ことが、基本的な人生のスタイルなのではないかと主張している著者の考え方に、私は全面的に賛意を表する。ただし、著者も言うように「ともに」とは単なる一緒ではなく、“多種多様”であることが肝要である。“多様性”が保障されてこその「ともに」なのである。ところが、現在の多くの老人施設は「老人限定」であり、過去の「老人隔離」の延長上にあり、いつまでも「姥捨て山」のイメージが払拭されていない。また、「老人」だからといって「老人」だけと付き合うわけではなく、子どもに何か教えたり若者に何かを教わったりすることもある。さらに、職場では年齢とは関係なく誰とでも一緒に仕事をしなくてはならないこともあり、様々な年齢の人や立場の違う人と多様な関係を取り結ばざるを得ないのである。

 

 「廃品老人」や「使い捨て若者」等という厄介者叩きに終始するのではなく、「コンヴィヴィアリティ」=「ともに生きることを楽しむこと」を構築していくことの方が、はるかに魅力的で愉快なことであり、人生をより豊かにしていくことに繋がる。今年で古希を迎える私にとって、人生の残り時間がどれくらい残っているか分からないが、生きている限りこの「コンヴィヴィアル」な老いの生き方をどのように具現化していけばよいか真摯に考えながら、「今、ここ」の一瞬一瞬を大切にして暮らしていきたい!

人が“断捨離”できない理由について考える~垣谷美雨著『あなたの人生、片づけます』を読んで~

 いよいよ年の瀬が迫ってきた。この時期になると、我が家でも年末の大掃除、いや小掃除をする。私の分担は、室内の窓やドアの桟の埃を拭き取ったり、玄関周りの掃き掃除や玄関ドアの拭き掃除をしたりして、お正月のお飾りを付けることなのだが、今年は義母が亡くなったのでお飾りはしない。だから、今日の日中にやってしまった。年末の大掃除と言えば、26日(火)の夜、たまたまBS朝日テレビの「ウチ、“断捨離”しました!傑作選 年末スッキリしましょう!スペシャル」を観た。内容は、年末大掃除の参考にしたい回をリピートする放送だった。私には不必要だとしか思えないような物が捨てられない人の心について考える機会になった。

 

 そんなことがきっかけで、私は先月の古本交換会で入手していた『あなたの人生、片づけます』(垣谷美雨著)を思い出した。本書の裏表紙の内容紹介に「・・・。『部屋を片づけられない人間は、心に問題がある』と考えている片づけ屋・大庭十萬里は、原因を探りながら汚部屋を綺麗な部屋に甦らせる。この本を読んだら、きっとあなたも断捨離したくなる!」と書かれていたのを読んでいたからである。早速、ここ三日間の寝床の友にした。本書は、部屋を片つけられない四人のケースを取り上げた、大庭十萬里の事件簿みたいな本だった。汚部屋に暮らすアラサー独身OL。奥さんに先立たれ、男やもめになった職人。資産家の独居老女。一部屋だけしか片づけられない主婦。それぞれの事情は異なるが、世間一般にはありそうな物語である。そこで今回は、その中でも私が特に心に残った「ケース2 木魚堂」の概要を紹介しながら、人が“断捨離”できない理由について考えたことを綴ってみようと思う。

 半年前に妻・美津子に先立たれた木魚職人の国友展蔵は、何事にもやる気を失ったような日々を送っている。また、死んだ妻が家事一切を担っていたために家事能力は全くないので、車で30分ほどの所に住んでいる一人娘の小学校教師・風味子が毎日、学校帰りに夕飯を作りに来てくれている。しかし、風味子は家庭的に困難な事情を抱えている。その一つは、一人息子の高校1年生の春翔が、5月頃から不登校の状態になってしまっていること。もう一つは、小学校教師をしている夫の義彦が、受け持ちクラスが学級崩壊になったので自分のことで精一杯の状態に陥っていること。そのために、春翔のことを夫に相談できないのである。

 

 そんな風味子が、「片づけ屋」の大庭十萬里に、父親の住む実家の片づけの依頼をする。そのために、十萬里による<片づけられない度>を判定するための家庭訪問を展蔵はしぶしぶ受け入れることになる。居間、風呂場と順に見て回っていた十萬里は、展蔵が自分の衣類の整理だけでなく、亡き妻の衣類や持ち物等も処分しようともしないでいることを指摘するが、展蔵は「そのうち風味子がする。」と人任せの態度を示す。ところが、途中で実家に来た風味子が普段は見せない怒りを示しながら洗濯や食器洗い、夕食作りをする様子を見て、春翔のことで追い詰められている風味子に知らず知らずに甘えていたことに気付いていく。

 

 7月も終わりに近づいてきた頃、孫の春翔が一人で展蔵宅を訪れて、1か月泊まると言う。展蔵は、不慣れな洗濯や買い物、料理等の家事を春翔とともに何とかこなしながら、家業の木魚作りに興味を示した春翔にその作業工程を教える。すると、春翔は自分から進んで木魚作りに取り組んだ。そんな中、展蔵は十萬里の訪問を受けて、食器棚や下駄箱の整理を促されると前向きに取り組む意思を初めて表明する。それに対して、十萬里は「やっと夫婦二人暮らしからひとり暮らしにシフトする覚悟ができたようですね。その調子ですよ。」と励ます。

 

 春翔が来て3週間が経た頃、精神科医の有馬先生に案内されてドイツでセラピストをしている夫婦が、「国友木魚堂」を訪れる。春翔が作ったホームページでここを知り、展蔵が作った木魚が欲しいと言う夫婦の思いを聞くに及んで、春翔は展蔵のことを尊敬の眼差しで見る。このような出来事があって、あと1週間で夏休みが終わるという頃、ふいに訪れた風味子が、木を夢中で彫っている春翔の様子を見て驚き、展蔵に感謝の言葉を伝える。そして、その後の会話の中で、以前に家事をしながら感情を爆発させたことや、春翔と1か月会うのも連絡するのも禁止していたこと、夫と夏休みに旅行をしたことなどは、全て十萬里さんの指示であったと明かす。

 

 「あの人は部屋だけでなく、心もお掃除してくれることで有名なのよ。」という風味子の言葉を契機にして、展蔵はさらに十萬里の指導方針と内容について知る。その中で、家事と仕事の両立、その上に息子の不登校、夫の学級崩壊のために相談できない事情等で、精神的に追い詰められていた風味子の展蔵に対する本音の気持ちを聞き、展蔵も胸の内にあった亡き妻に対する後悔の思いを語る。だんだんと父親と娘の心が打ち解け合っていく会話の流れで、春翔のことへも話題が発展する。そこへ春翔が加わり、木魚の音の科学的分析や日本の伝統文化・歴史等について勉強する意欲が起こり、2学期から登校したいと言い出す。・・・

 

 長々と、「ケース2 木魚堂」のあらすじを綴ってしまった。中学生頃から読書感想文を書く時の私の悪い癖だ。でも、ストーリーを振り返る作業の中から、自分なりに心に強く残った場面を再確認したくなるのである。今回であれば、展蔵が“断捨離”できない理由について問い直すことである。展蔵が美津子の衣類や持ち物等を“断捨離”できなかったのは、亡き妻に対して自分がしたことやしなかったことなどについての後悔によって情緒が不安定になっていたからである。また、目の前から美津子の持ち物を消すことは、亡き妻を思い出さないようにしているみたいで申し訳ないような気がして、少なからず抵抗があったからである。でも、そんな展蔵の気持ちを察したのか、十萬里は次のようなことを言った。

-いつの日にか、心穏やかに奥様のことを思い出せる日がくるんじゃないでしょうか。人生は山あり谷あり、いろいろあったけど、なんとか協力して二人でやってきたんだって思える日がきっと来ますよ。

 

 人がもう不要になった物を“断捨離”できないのは、その人が囚われている物への強い拘りから逃れられずに時間が止まってしまっているからだと、私は推察する。だから、生活を快適に送るためという機能的な面からどんなに“断捨離”の必要性を説いても効果的ではないと思う。その人なりの強張った心情を解きほぐして、心も掃除することが不可欠だからである。本書の主人公・「片づけ屋」の大庭十萬里は、“断捨離”できない人のこのような事情を踏まえて、それぞれの依頼者に対して個別の工夫した対応をしているのである。

 

 私はどちらかというと綺麗好きで、身の回りの整理整頓はまあまあできていると思っているが、歳を重ねてくると物が増えてきて、ついつい不要な物を“断捨離”することができていないように思う。来年は古希を迎える歳になるので、そろそろ自分では気づいていない強張った心情を大庭十萬里のような視点から解きほぐし、心の掃除もしながら“断捨離”をしてみようかな・・・。

 

追伸;今回の記事で、今年の当ブログも綴り納めになります。今年は、公私共に多忙な日々を送るとともに、地球温暖化に伴う気候変動の影響も受けて体調管理に追われたために、毎月の記事の投稿数が1~4回(今月は今回の記事でやっと5回投稿)と少なくなってしまった。来年の干支は“辰”なので、それにあやかって一念発起し、改めて初心に立ち返って記事の投稿数を増やしていこうと考えています。でも、まあ歳が歳ですので、読者の皆様にはあまり期待せずに気が向いた時に本ブログへ立ち寄ってくださると幸いです。では、読者の皆様方、よい年をお迎えください。

哲学対話で「探究による学び」を探究しました!~「第7回愛媛の探究をつくる会」より~

 12月15日(金)18:30~20:00、愛媛大学教育学部附属小学校の1年教室で、「第7回愛媛の探究をつくる会」が開催された。今回は、『「探究による学び」を探究しよう』というテーマで、私がファシリテーターになって哲学対話をするという企画であった。参加者は、愛媛大学教育学部教授1名、愛媛大学教育学部附属小学校教諭3名、愛媛大学教職大学院生4名(内1名は記録者)、松山大学の学生3名だったので、私を含めて12名。いつもよりは少ない参加者数だったが、本会で初めての哲学対話だったので、気軽に安心して話すことができる環境であるという点で結果的に適当な人数だった。

 

 高校の教員を目指しているという松山大学の学生たちは初参加だったので、まず簡単な自己紹介を順番にすることにした。しんがりは私がして、その流れで、当ブログの以前の記事『「哲学対話」って、どのようなものなの?~梶谷真司著『考えるとはどういうことか―0歳から100歳までの哲学入門―』を参考にして~』の印刷物に基づいて、「哲学対話」のオリエンテーションを行った。その後、3~4名程度のグループに分かれてテーマに関連した問いを出し合う場を設定した。すると、どのグループの話合いでも「探究による学びのイメージはどんなものなのか?」という問いに収斂していったので、今回の「問い」はこれに決まった。

 次に、机を教室の前後左右に移動して、各自の椅子を中央に輪になるように並べてもらってから、いよいよ哲学対話を始めた。口火として、グループでどのような話合いをしていたのかを、私から大学生たちに訊いた。すると、「探究は、今までの授業のように教師から教えられる内容を理解したり記憶したりするような学びではなく、自分から調べたり考えたりする学びだと思う。」「探究を辞書で調べると答えを自分で探して研究するというような意味だったが、もう少し学びのイメージを具体化したい。」「探究は、自分が疑問に思ったことを追究する学びだと考えている。」などと、発言してくれた。

 

 そこから、次々と参加者が発言してくれて、哲学対話は少しずつ熱を帯びてきた。その対話の内容を全て詳細にまとめることは難しいので、次に主な発言内容を列挙しておきたい。

〇 自分が経験した「総合的な学習の時間」は、教師の敷いたレールに沿って調べ学習をしていたように思う。調べ学習をしてまとめた後に、様々な疑問や問いが生まれてきたが、それについて調べさせてもらえなかった。だから、「探究による学び」とは言えないのではないかと思う。

〇 探究による学びというのは、単なる調べ学習ではないと思う。

〇 探究による学びは、子どもが自分の気になることや疑問に感じることを自己選択・自己決定して、それを追究することを保障するものだ。

〇 一人一人に探究的な学びを保障するには、教師が一人一人の学びを適切に支援することができる人間理解力や教材解釈力を持つことが求められる。

〇 現在進めている「総合的な学習の時間」の単元では、地域のことを知り、地域の人々と関わっていく中で、次々に新たな課題が見つかり、それを解決する学びが発展的に連続している。

〇 探究による学びは、自分事として本気で調べたり考えたりする学びであり、すぐに解決するものではなく、次々とオープンエンドに続いていく学びだと思う。

〇 探究による学びを保障していくと、各教科等の授業の枠を超えていくと思う。

〇 できれば教科の学びも、探究による学びにできるとよい。

〇 教師は、自分でも答えの分からない問いを子どもに向けて発する勇気が必要かもしれない。

〇 「探究による学び」と「探究的な学び」とを区別する必要があると思う。

〇 「探究による学び」というのは発生的な学びで一つの答えに至らないようなもので、「探究的な学び」というのは予定調和的な学びで最終的には一つの答えを目指すようなものなのかもしれない。
〇 「探究による学び」の経験は、楽しく充実感をもたらすもので、時間が経って強く心に残るものである。

 

 以上、主な発言内容の主旨を列挙してみたが、実際の発言の際には自分の具体的な事例や経験等に基づいた意見や感想について発言してくれたので、対話の内容が空中分解するような場面はなかった。ただし、ファシリテーターの私が、個々の発言を受けて要約したり、関連的な内容を付け加えたり、話題の焦点を絞ったりすることが多かったので、この点はもう少し発言量を控えるべきだったかなと今、反省しているところである。

 

 私は哲学対話のファシリテーターを今回初めてしたので、次回へ備える意味で上記以外の反省点を最後にまとめておきたい。

〇 最初にテーマに即した問いを出してもらうために、数人のグループで話し合う場を設定したのだが、その前にもう少し各自で自己内対話をする場を設定する方がよかった。

〇 参加者の中で教職経験者がやや抽象的な発言をする場面があったので、現役の大学生たちのことを考慮して、もう少し具体的な経験を引き出すような問い掛けをするなどの工夫をすべきだった。

〇 最後に、今回の哲学対話に関する感想を何人かの人に述べてもらったが、その内容は今回のテーマや問いに関する自分なりに納得したことであったが、哲学対話を経験した感想も聞くべきだった。

「こども哲学」と発達障害の子との相性について~川辺洋平著『自信がもてる子が育つこども哲学―“考える力”を自然に引き出す―』から学ぶ~

 私の職場の隣には市の男女共同参画推進センターの建物があり、その2階にちょっとした図書コーナーがある。昼休みの時間にたまにそこを訪れるのだが、先日ちょっと興味を惹く本を見つけた。それが、今回の記事で取り上げる『自信がもてる子が育つこども哲学―“考える力”を自然に引き出す―』(川辺洋平著)という、私が以前から実践してみたいと考えていた「こども哲学」に関する本である。本書の1~5章までは、親子で「こども哲学」(3歳から小学生を対象)という取組にチャレンジした方々に、著者が話を聞いてまとめている。さらに6章には、本ブログの以前の記事でも取り上げた『ゼロからはじめる 哲学対話』の編著者の河野哲也氏との対話(子育ての中で「こども哲学」をすることの意義についての対話)も掲載されている。

 本書を読み通して私の心に強く残ったのは、発達障害の息子と一緒に「こども哲学」に取り組んだ安本志保さんの事例で、“「こどもが見る世界」を覗けるようになった”というタイトルが付けられている5章の内容である。そこで今回は、その内容の概要をまとめた上で私なりの所感を付け加えるというスタイルの記事を綴ってみたい。

 

 息子が3歳になる頃から、名古屋市内の大学で事務職員として働いていた安本さんは、大学生と接する中で「暗記教育の弊害」に気付き、「大学生になるまでに、できることがきっとある」と思ってアンテナを張っていたところ哲学対話に辿り着き、自分でも活動を始めた。その中で、「これこそ子どもに必要なものだ」と強烈に思い、それまでに手掛けていたクラファ(CLAFA)という活動(子どものファシリテーション力やリーダーシップ能力の育成を目的にした活動)の中に、「こども哲学」を取り入れるようにした。その際、哲学対話の場で出会った教育学科の大学生たちの協力を得ることができて、まずは遊びの延長でスタートさせた。

 

 安本さんにとって哲学対話が心に響いた最大の理由は、「何も生まなくてもいいこと」が価値みたいなところ。「こども哲学」を始めた頃は、息子が小学1年生だったことから低学年が対象年齢。親子で参加していたが、発達障害がある息子はじっとしていられなかたので手を煩わせることが多かった。すごくやりにくかったが、母親という立場で進行役に臨むことはなく、息子を一人の子どもとして見ていたので、その点のやりにくさはなかったらしい。それどころか、息子も慣れてくると知的好奇心を満たす場になってきて楽しくなってきたらしい。そして、だんだんと場を引っ張っていく存在に変わっていき、今では仕事のパートナーのような存在にまでなった。

 

 親子で「こども哲学」に取り組み始めて、安本さんも変化してきた。初めは「こども哲学」を教育視点でとらえていたが、今では心の「ケア」あるいは「リカいいのではないか」という仮説が出てきた。「発達障害」というラベルがあると守られて安心もするが、それによって苦しみも生まれるのではないかと、安本さんには見えていた。でも、その制度による苦しみが「哲学対話」によって外したり減らしたりすることができると見えてきた。想像力が乏しかったり、相手の気持ちを理解するのが難しかったりする「発達障害」の人にとって、哲学的な視点から具体的な事例を目の前で提供されるという安全な環境での経験が、苦しみの大きな要因になっているラベルそのものを問い直すことができるかもしれない。ラベルが外れるのは、「哲学対話でいろいろな側面から物事をとらえる」という機会に恵まれるからではないか、安本さんはそのように考えるようになった。

 

 安本さんの息子は、「こども哲学」に関わってきて、「不思議だな」と思ったことを問いの形にすることがとても得意になってきた。このことは、客観的に世界を見ることの第一歩だと思うので、息子のラベルへの意識には影響していると安本さんは言っている。「問いを立てる」というのは、言語化する能力が付くだけでなく、親子の間に安心して何でも話せる関係が築けるようになるということ。他愛もない疑問について、「僕はこう思うな」「私はこう思うよ」などと親子で話すだけでも、すごく幸せな気分になる。

 

 子どものその年齢の貴重な発想や疑問を聞かせてもらうというか、一緒に子どもの世界を見ることができるというか、そういう素晴らしさは「子ども哲学」に出会ってから子育ての中で得られたこと。安本さんは、これまで「考える」ということにフォーカスして関わってきたけど、今は子どもが主体的に自分の世界に入っていけるような「子どもの世界」を大事にするようになった。子どもの話をよく聞くようになって、自分の想像で子どもの意見を分かったようなふりをするんじゃなくて、「本当に子どもが伝えたいことによく耳を傾けるようになった」という。

 

 「こども哲学」をやって一番よかったことは「幸せで楽しい」ことだと、安本さんは話を締めくくっている。今まで自分には見えていなかった世界を見せてもらえるのが一番よかったことであり、対話しながら子どもの言うことに耳を傾けて幸せだと言っている箇所を読んで、私は教員時代に何度も味わった「子どもという他者との共存体験」を回想していた。授業中や休み時間等に子どもたちと対話していると、「この子はこんなことをこんなふうに感じたり思ったり考えたりしているのだ!」と驚き、その子の見ている万華鏡を一緒に覗いたような感覚を何度も味わった。それは「本当に楽しく幸せな瞬間」だった。「こども哲学」における対話の中で、発達障害をもつ子も含む全ての子どもたちとこのような時間を共有することができたら、参加者にとって「幸せで楽しい」体験になるだろう。そのような意味でも、「子ども哲学」と発達障害の子との相性はいいに違いない!

 

「心的なもの」という概念の住処とは?~古田徹也著『このゲームにはゴールがない―ひとの心の哲学―』から学ぶ~

 幼稚園に通う3歳半になる娘に、焼き海苔を敷いて巻く卵焼きを得意になって作り弁当に入れていた著者が、何気ない会話の中で実はその卵焼きは娘の好みではないという本音を知りショックを受ける。しかし、著者はそれ以上に娘がその本音を隠そうとしたことに驚いた。それまでの娘は著者にとって裏表のない分かりやすい存在であったから、娘が自分への本当の気持ちを内面に押しとどめ、嘘をつけるようになっていたことに対して、我が子の成長の証と喜ぶとともに純粋で無垢な時間はもう過ぎ去ってしまったという多少の複雑な感慨を覚えたという。そして、このことを「彼女は私にとって遠い存在になり、それによって、むしろ以前よりも近い存在になった。」という矛盾めいた表現で示した。

 

 このエピソードは、私が最近読んだ『このゲームにはゴールがない―ひとの心の哲学―』(古田徹也著)の「はじめに」の中で紹介されているのだが、その末尾に「本書の道行きの過程で、この撞着あるいは相即の内実が次第に浮かび上がってくるだろう。」と、本書の内容について予測している。私はこの「はじめに」の文章を読んで、本書の内容に対して俄然興味を高めて読み通すことに決めた。とは言うものの、その道程は遅々たるもので、なかなか著者の論理展開を正確に理解するのに手間取った。否、まだ十分に消化し切れていないというのが、読後の正直な実感である。

 そんな私が、本書の内容について何を語ることができるのか。今、この記事を書いている最中でも、自分は何を語ろうとしているのかが不明瞭な状態であるが、本ブログはエッセイ風の体裁を取っているので、私が惹かれた著者の言葉を紡ぎながら何とか意味の通る文章にしたいと思う。だが、恐らく記事の内容が支離滅裂になってしまったり、その文脈が紆余曲折してしまったりすることが予想されるので、この点を読者の皆様には予め断っておきたい。

 

 本書は、主として現代アメリカを代表する哲学者スタンリー・カヴェルの議論と、彼が決定的な影響を受けているルートウィヒ・ヴィトゲンシュタインの議論を交互に取り上げながら、懐疑論を手掛かりにして、ひと(他、人)の心というものの本質的な特徴を探究するものである。全体構成の概要は、「第一章 他者の心についての懐疑論」「第二章 懐疑論の急所」「第三章 懐疑論が示すもの」「第四章 心の住処」となっている。今回の記事では、特に第四章におけるヴィトゲンシュタインの「言語ゲーム」に関する記述の中から、「心的なもの」という概念の住処に関連した内容を私なりにまとめながら、それに対する簡単な所感を綴ってみたい。

 

 一般に、人が何らかの感情や信念、希望、疑い等々をもつというのは、それら「心的なもの」に対応する何らかの実体が身体のどこかに存在すると考えがちだが、ヴィトゲンシュタインはこれとは異なる「心的なもの」の見方を提示している。すなわち、言葉を用いた虚実入り交じったコミュニケーション―演技という要素が不断に織り込まれた言語ゲーム―に継続的に参加できるという点こそ、種々の心的状態にあることや心的態度をもつことの内実が見出されるというのである。

 

 もし心を身体内の実体としてとらえる見方に従うなら、たとえば他者が痛みを感じているかどうかは常に不確かだということになる。しかし、ヴィトゲンシュタインは他者の心の不確実性とはそのような恒常的ないし固定的な性質ではなく、それはあくまでもケースバイケースの事柄であり、他者が痛みを感じているかどうかの疑義を差し挟まれる余地のないケースも日々無数に存在するという。そして、「この不確実性は、概念の揺らぎなのである。しかし、それは我々のゲームである―我々は柔らかい道具でゲームをする。」と語っている。また、別の箇所でも「我々は、柔らかく、しなやかでもある概念でゲームをする。」とも述べている。

 

 ヴィトゲンシュタインがここで「柔らかい(しなやかな、不明確な、曖昧な)概念」と呼んでいるのは、具体的には「心的なもの」として我々が包括する概念にほかならない。すなわち、痛がっている、喜んでいる、信じている、好意をもっている、振りをしている、理解している、等々の概念である。それに対して、彼は数や色、形状等の概念を「明確な(堅固な)概念」と呼び、この概念について我々の間で判断が食い違った場合、その不一致を解消したり不一致の原因を突き止めたりするための客観的な方法(テスト)が存在するし、そもそも不一致はまず生じないと説明している。

 

 他方、誰かが喜んでいるとか好きだといった「心的なもの」については、それを客観的に確定する方法や証拠は存在しない。実際には喜んだり好意をもったりしていないことも多いし、むしろ怒っていたり憎んでいたりすることも珍しくない。その意味で、証拠としてしばしば機能する諸規準自体に不確実性が組み込まれている心的概念は、本質的に揺らぐ概念なのであり、色や形状等にまつわる概念と比べて相対的に柔らかい(曖昧である、不確実である)と、彼は特徴付けるのである。さらに、演技という要素が不断に織り込まれ、それゆえ「心的なもの」に関して不確実性がつきまとっている点こそが、我々のゲームの際立った特徴でもあると言っている。

 

 我々はそのようなゲームに参加できるがゆえに、互いに相手の行為やその理由、物事に対するとらえ方等を、しばしば誤解しつつ理解することができる。そして重要なのは、この「しばしば誤解しつつ」というのは、我々の理解の不完全性や知識の限界を示すのではなく、むしろ理解が成立する条件だということである。嘘や偽りの可能性がつきまとい、誤解する可能性がついてまわるものでなければ、そもそも心的態度をそれとして理解することはできないのである。

 

 ヴィトゲンシュタインはさらに、なぜ我々はそのようなゲームをするのかという問いにまで踏み込んでいる。しかし、この問いに対する彼の答えは、「我々が柔らかい概念をもつのは、それが有用だからではない。」と強調しているだけである。彼は最晩年の手稿でも、「そのような揺らぎが、我々の生活の重要な一部なのだ。」と書き記しているが、それ以上は語らなかったという。著者は、この点に関して、「少なくとも、我々はそのゲームをすること自体を求めている、という明確な事実をここで強調することはできるだろう。つまり、我々は寂しいのであり、寂しさに耐えられないのだ。」と綴っている。

 

 ヴィトゲンシュタインは、言語ゲームというものの不可欠な特徴として、最晩年に次のようなことを語っている。「言語ゲームは予見不可能なものであるということを、君はよく考えなければならない。私が言わんとしているのは次のようなことだ。それには根拠がない。それは理性的ではない(また非理性的でもない)。それはそこにある-我々の生活と同様に。」敢えて、このゲームのゴールないし目的を挙げるとすれば、このゲームを終わらせないことそれ自体である。そもそも「このゲームにはゴールがない。」のである。したがって、我々は概念の揺らぎが保たれること、他者が透明性と不透明性の間で揺らぎ続けること、その意味で、他者が半透明であり続けることを求めているのである。

 

 心について、言語ゲームについて、その特徴を以上のように輪郭づけたことで、最後に著者は本書の「はじめに」の末尾で示した「彼女は私にとって遠い存在になり、それによって、むしろ以前よりも近い存在になった。」という矛盾めいた表現を、次のようにより十全に描き出している。

 

 「遠い存在になった」というのは、自分のナルシシズムの圏内から娘が離れたことを意味し、自分はそのとき彼女を懐疑的な眼差しを含んだ不安定な関係を取り結ぶ他者として受け入れる入り口に立ったということである。そして、「他者が遠い存在になることで近い存在になる」というのは、虚実入り交じった「我々のゲーム」に娘が参加できるようになれば、自分は、彼女の行為やその理由、物事に対するとらえ方等を、誤解したり理解したりすることができるようになる。彼女を理解しようとする際に、喜怒哀楽、欲求、信念、意図、愛情、希望、嫉妬、羨望といった、より豊かな概念を用いることが必要になる。そして、それは彼女の側も同様である。自分と彼女はその意味で、心を通い合わせることができるようになったということである。

 

 著者は、続けてこうも言っている。「心的なもの」という概念の住処は、他者の透明性と不透明性が揺らぎ続ける「我々のゲーム」の中にこそある。しかし、そうやってある人を「我々のゲーム」へ招き入れ、他者として受け入れるというのは、その人との間に不信や摩擦が生じる可能性を開くことでもある。そのことによって、我々は疲れ、傷つき、ときに深刻な苦悩を、そして孤独を抱えることになる。この皮肉な構造は、それ自体がやはり悲劇的なものである。しかし、悲劇と呼びうるほどの破壊的な苦境に追い込まれるとは限らない。我々の多くは日々、この気まぐれなゲームを何とかこなしているはずである。また、たとえひどく傷つくことがあったとしても、やがて、時間というものによって癒されることもありうる。

 

 自分にはコントロールできない、ままならない、不確かな他者の存在と、その他者との言語ゲームは我々にとって忌避すべき悩みの種になるにもかかわらず、それは同時に我々が求めてやまないものでもある。不信と懐疑を呼び込む他者の半透明性は、我々のこうした両義的な切望に対応している。それゆえ、我々は生き続ける限り半透明から逃れられないし、完全に逃れようともしない。そうなのだ!この根拠なき足場の上で揺らぐ生こそが、我々の生なのである。この人間らしい生にこそ、寂しさと寂しさからの救いが存在する。人間にまつわる喜びや悲痛、希望や失望、「美しいもの」や色褪せたものは、ここにこそ生まれるのである。私は、著者のこのような主旨の結びの言葉に強い共感を覚えた。人の生とは、何ともアンビバレントなものであることよ!!