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言語の誕生と進化の謎を紐解き、ヒトの根源に迫る探究の書!!~今井むつみ・秋田喜美著『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか―』から学ぶ~

 探究による学びの過程をワクワクしながら追体験することができる本に出合った。『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか―』(今井むつみ・秋田喜美著)である。著者の一人である今井氏は、言語と身体の関わり、特に音と意味のつながりが言語の発達にどのような役割を果たすのかという問題に興味を持ち、成人と乳児、幼児を対象に数多くの実験を行ってきた認知科学発達心理学者。もう一人の秋田氏は、大学院生の時から一貫して、他言語との比較や言語理論を用いた考察により、オノマトペがいかに言語的な特徴を持つことばであるかを考えてきた言語学者。今井氏が実験をデザインする時にいつも頼りにしてきたのが、世界中のオノマトペ研究の文献を熟知している秋田氏だったそうである。

 二人の著者たちは、言語のあり方と人間の思考という二つの基地を行ったり来たりしながら、言語学認知科学、脳神経科学など、異なる学問分野をまたいで世界のオノマトペ研究者が行ってきた膨大な研究の成果を俯瞰的に見つめ、一緒に考えていけば、「記号接地問題」「言語習得」「言語進化」「言語の本質」という言語研究の本丸に迫っていけるのではないかと考え、本書の執筆を始めた。執筆に当たっては、二人が思考のキャッチボールをしながら、言語という高い山に挑戦すべく、すべての章を一緒に執筆したと言う。つまり、オノマトペに魅了された二人が「言語の本質は何か」を理解するために探究していった旅について著したのが本書なのである。

 

 ここでいつもなら、本書の中で私が特に心に残った内容の概要についてまとめ、その所感を綴るという流れになるのだが、今回はそうはしない。なぜなら、著者たちの「言語の本質とは何か」を理解するための旅を追体験するワクワク感を、読者の皆さんにぜひ味わってほしいと願っているからである。言い換えれば、探究の過程と結果について具体的に書くことは、これから本書を読もうと考えている読者にとって興醒めの仕儀になってしまうからである。

 

 では今回の記事は何を綴ればいいのか。未読者が本書のどのような情報を得れば読む意欲を掻き立てられるかと、私は想像してみた。探究の過程と結果についてその概要とは言え先に知ることは、ミステリーやサスペンスのストーリーや犯人を先に知ってしまうネタバレと同様になるので、これは避けなければならない。また、私の独断的な所感を主張することも押しつけがましい。いろいろと思索を重ねた結果、私は単純に「本書の構成と最重要ポイントのみ」を綴ることを決めた。

 

 ということで、まずは本書の構成(章立てのみ)を目次から書き写してみる。

〇 第1章 オノマトペとは何か

〇 第2章 アイコン性―形式と意味の類似性

〇 第3章 オノマトペは言語か

〇 第4章 子どもの言語習得Ⅰ―オノマトペ

〇 第5章 言語の進化

〇 第6章 子どもの言語習得Ⅱ―アブダクション

〇 第7章 ヒトと動物を分かつもの―推論と思考バイアス 

〇 終 章 言語の本質

 

 次に、本書の最重要ポイントについてだが、著者たちの「言語の本質は何か」に迫る探究の旅の道中には大きなターニングポイントが幾度かあり、その度に押さえておきたいキーコンセプトがあるので、その中のどれを取り上げればよいか判断に迷ってしまう。しかし、言語の本質を問うことは人間とは何かを考えることになるということを考えると、やはり「オノマトペ」と「アブダクション推理」という2つのキーコンセプトが最重要ポイントになるであろう。

 

 日本の研究者たちは「オノマトペ」を、擬音語、擬態語、擬情語(「わくわく」などの内的な感覚・感情を表す語)を含む包括的な用語として用いているが、欧米では表意語という用語が一般的になっているらしい。だからか、「オノマトペとは何か」を定義しようとすると、かなり難しくなかなか納得する定義には至っていない。ただし、現在、世界の「オノマトペ」を大まかに捉える定義としては、オランダの言語学者マーク・ディンゲマンセによる「感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語」という定義が広く受け入れられている。

 

 この定義の中では、とくに「写し取る」という特徴が鍵である。「オノマトペ」は基本的に物事の一部を「アイコン的」に写し取り、残りの部分を換喩的な連想で補う点が、絵や絵文字などとは根本的に異なるのである。ここに「オノマトペ」の言語性が浮かび上がってくる理由がある。また、言語的な特徴を多く持ちながら言語ではない要素も併せ持つという性質から、言語は身体とつながっているという考えと合致し、それは「記号接地問題」「言語習得」に関する内容にも発展していくのである。これらの議論を踏まえると、「オノマトペ」は本書における最重要なポイントの一つになるのである。

 さらに、「言語進化」「言語の本質」へと議論を深めていく際のキーコンセプトになるのが、「アブダクション推理」である。「オノマトペ」に潜むアイコン性を検知する知覚能力だけでは、言語の巨大な語彙システムに行き着くことは不可能である。「オノマトペ」から言語の体系の習得にたどり着くためには、今ある知識からどんどん新しい知識を生み、知識の体系が自己発生的に成長していくサイクル(これを「ブートストラッピング・サイクル」という)を想定する必要がある。この「ブートストラッピング・サイクル」を駆動する立役者こそが、「アブダクション推理」なのである。

 

 論理学では、「推論」と言えば演繹推論と帰納推論であるが、哲学者のチャールズ・サンダース・バースはそれらに加えて「仮説形式(アブダクション)推理」という推論形式を提唱した。演繹推論とは、ある命題(規則)が正しいと仮定し、またその事例が正しいときに、正しい結果を導くという推論。それに対して帰納推論とは、同じ事象の観察が重なったとき、その観察を一般規則として導出する推論のこと。それらに対して、「アブダクション推理」とは、観察データを説明するための仮説を形成する推論であり、推論の過程において直接には観察不可能な何かを仮説し、直接観察したものと違う種類の何かを推論するものである。したがって、帰納推論と「アブダクション推理」は連続し混合して、演繹推論とは違って新しい知識を生む可能性を秘めているのである。

 

 この「アブダクション推理」の起源を探っていき、人間と動物とでは推論能力にどのような違いがあるかを考えていけば、なぜヒトだけが言語を持つのかという問いの答えが見つかるかもしれないのである。そのような意味で、本書のもう一つの最重要なポイントとして、「アブダクション推理」というキーコンセプトを取り上げたのである。

 

 以上、本書における2つの最重要なポイントについて綴ってみたが、この時点でもうネタバレのフライングをしてしまったかもしれない。しかし、本書における著者たちによる「言語の本質とは何か」に迫る探究の旅はもっともっと豊かなエピソードが満載で、アッと唸ってしまう驚きやドキドキする楽しみを味わわせてくれるものである。未読の読者の皆さんも、著者たちと共にワクワクする探究の旅に同道してみませんか。