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「健康学」は「哲学対話」の実践と通じている!~稲葉俊郎著『からだとこころの健康学』から学ぶ~

    2か月ほど前に緊急入院した際、早く「病気」を治し「健康」な状態に戻りたいと強く願う自分がいた。人間は「病気」に罹ると、普段は意識しない「健康」というものの有難さを実感し、「病気ではない」という状態である「健康」を取り戻そうと願うものである。しかし、そもそも「病気」や「健康」というのは、そのように二項対立としてとらえるものなのであろうか。この私の疑問に対して、「健康学」という考え方が応えてくれるのではないかと思って手にしたのが『からだとこころの健康学』(稲葉俊郎著)という本である。

 

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 著者の稲葉氏は、現在、東京大学医学部附属病院循環器内科助教をされており、西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修められている臨床医である。本書は、著者が日々の臨床現場での経験を通して感じたことをもとに、「健康」の本質について考えたことがまとめられている。簡単に言えば、今まで西洋医学が追求してきた「病気学」ではなく、伝統医学やその他の文化で伝えられてきた「健康学」の考え方(健康を「からだ・こころ・いのちの知恵」という風に広く考えること)について書かれているのである。

 

 このような「健康学」の考え方は「健康創生論」(サルトジェネシス)、また「病気学」の考え方は「病因追究論」(パソジェネシス)と言われており、当ブログの2018年12月30日付けの記事でも取り上げた。その際には、「痛み」への対応にはそれらの考え方を統合する「統合医療」の方法が有効であることを綴ったが、本書に貫いている著者の考え方も「統合医療」の必要性ではないかと思った。

 

 本書において著者は、「健康学」を考える時、「あたま・からだ・こころ」という三つの関係について知っておくべきことがあると述べている。そして、現代の超高度情報化社会に生きる私たちは、「からだ」と「こころ」の働きよりも「あたま」の働きのほうが高度だと勘違いする傾向にあるが、生命の維持をするという究極の目的のためには、「からだ」や「こころ」の瞬時の判断以上に高度なものはないと強調している。それを受けて、真の「健康」を生きるためには、「からだ」と「こころ」の仕組み、さらにはそのつながりについて知ってほしいと詳しく解説している。

 

 ここでは、これらの仕組みやつながりについては触れないが、最終章“自分にとっての「健康学」”の中で著者が特に主張している点と私の心に特に強く残っている内容についてぜひまとめておきたい。

 

    まず、著者が特に主張している点について。それは、人間にとっての「健康」は一人一人異なり、変化のプロセスもまた一人一人異なるものだからこそ、常に発見し続ける必要があるということ。別の言い方をすれば、自分の「健康」について真の意味で知ることができるのは「自分」だけなのだということ。だから、自分のことを深く知りたいと思うことからスタートして、自分の「からだ」や「こころ」の個性を知り、その個性を受け入れることが大切であること。また、「からだ」や「こころ」の違和感を感じ取り、それを解消するための最終的な対応策は自分で決めることが求められることなどである。

 

 次に、私の心に特に強く残っている内容について。それは、医療とはみんなの心を和らげて心穏やかに暮らすためのものであり、医者や患者などの上下関係で考えるのではなく誰もが平等に探究するものであり、究極的には自分らしい人生を、自分なりの幸せを生きていくことをサポートするためのものであるということ。そのためには、自分自身の「健康」を捉え直すために個々人の感受性や身体感覚を一番大切にすること。しかし、現状の社会や学校の中では外側の「評価」が重視されるために、それらが疎外され「からだ」も「こころ」も居心地の悪さを感じ、委縮してしまう。だから、これからの私たちには、誰からもジャッジされない安全で安心できる「場」が必要になる。そのような「場」があれば、私たちはまた「からだ・こころ」の心地よい場所へと戻ることができ、豊かな感受性と身体感覚を取り戻すことができるということなどである。

 

 私は、そうした安全で安心できる「場」の一つとして、前々回までの記事で取り上げてきた「哲学対話」は有効なのではないかと、本書を読みながらずっと考えていた。そして、「哲学対話」は、結果的に「思考力」を育成するだけではなく、「健康」の保持・増進を図ることにもつながっていくのだと私は確信した。「健康学」は「哲学対話」の実践と通じている!