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風変わりな家裁調査官を描いた小説の妙味とは…~伊坂幸太郎著『チルドレン』を読んで~

 気になっていた。とても気になっていたけど、そのままにしてしまった。…それは、当ブログの記事に対して、初めてコメントをくれた方への応答的な記事を書きそびれたまま3か月以上も経ってしまったこと。本年2月17日付けの記事「エッセイが苦手な小説家のエッセイ集の魅力!~伊坂幸太郎著『3652 伊坂幸太郎のエッセイ集』を読んで~」に対して、神崎和幸さんという方からコメントをいただいていた。内容は、『3652』を読んだ簡単な感想と、私が読んでみたいと綴った『終末のフール』と『チルドレン』が面白いよというものだった。私は嬉しくて、神崎さんってどんな人かなと思い、彼のオフィシャルブログを開いてみた。すると、彼はかつて某探偵事務所に勤務していたことがあり、それもあって探偵を主人公とするミステリー小説『デシート』を出版したことがある人だった。私は小説家の彼に対して応答するような記事は簡単には書けないなとちょっとビビッてしまい、『終末のフール』か『チルドレン』かの読後所感を綴る記事の中で触れようと思った。ところが、それを実行することができないまま現在に至ってしまったのである。

 

 今回の記事で、私はそれを実行しようと思う。というのは、前々回の記事で家庭裁判所調査官の仕事について綴った際に、『チルドレン』(伊坂幸太郎著)のことを思い出したのである。本書も確か主人公の職業が家裁調査官だった。私は『あしたの君へ』(柚月裕子著)を読み、家裁調査官の主人公が不器用だけど一歩一歩成長していく姿に爽やかな感動を覚えたので、本書を読もうというモチベーションが上がった。今が「読み時」だ。私は就寝前の布団の中での読書対象として本書を選び、ここ2日間ほどで読み通した。

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 そこで今回は、本書に対する私なり読後所感をできるだけ率直に綴ることで、以前にいただいた神崎さんのコメントに対する応答にしたいと思う。

 

 本書は著者自らが「短編集のふりをした長編小説」と称した作品で、5つの短編に共通する登場人物が出てきて、彼らの日常的な出来事がユーモラスに描かれている。特に調査官になる前後の陣内という風変わりな人物を面白く描いている変則的な連作集となっている。ただし、描かれている年代が先後していて、その上に語り手もその都度変えるというように、全体の構成にも著者独特の工夫が凝らされており、それらが本書の魅力となっている。

 

 私が特に好きな一篇は、本書の表題作「チルドレン」。陣内はすでに家裁調査官についているが、本編の語り手は彼の後輩に当たる武藤。武藤は「心理学や社会学の技法を用いて、少年犯罪の原因やメカニズムを解明し、適切な処遇を裁判官に意見として提出する」という家裁調査官の職能に沿ってある少年事件に正面から当たろうとするが、そんなん「適当」でいいとうそぶくのが30代になっても変わっていない陣内。私はそのような風変わりな家裁調査官である陣内という人物が、最初はあまり好きになれなかった。『あしたの君へ』の主人公である家裁調査官補の望月大地は、まだまだ未熟で頼りなく、少年事件や家事事件に対して試行錯誤しながらも誠実に職務に立ち向かう人物だったので、とかく頭にバカが付くぐらい真面目な私にとっては好ましい人物像であった。ところが、本書で描かれている家裁調査官の陣内は、直情傾向にして何事にも断定的で、過剰なまでの自信家。また、妙なたとえ話で相手を煙に巻くのを得意とする奇人変人の類である。あまりに不真面目でいい加減な人物像なのである。

 

 ところが、そんな陣内がなぜか多くの少年たちに慕われている。また、武藤が担当した高校生の木原志朗が万引きした少年事件に対しても、芥川龍之介著『侏儒の言葉』(自家製『侏儒の言葉 トイレの落書き編』付)を使って、木原親子(実は本当の親子ではないが…)のハートをつかむきっかけをつくる。彼の融通無碍なアプローチによって現状を打破していく物語の展開は、『あしたの君へ』の中の物語とはまた違った不思議な爽快感を私に与えた。そうなのだ!家裁調査官という仕事をシリアスに描き、正面からアプローチするというある意味で正統派と言われる道を選ばず、陣内によるトリックスター的な独自性のあるアプローチをするというある意味で異端派と言われる道をあえて著者は選んでいるのである。それこそが、少年問題に対する著者なりの処方箋なのであり、一つの有効な解決法なのである。

 

 私はそのような考えに至って、風変わりな家裁調査官を描いた本書の妙味が分かったような気になった。確かに本書は、至る所に著者の遊び心が現わされたエンタメ的な小説仕立てになっている。しかし、そのような著者のサービス精神旺盛な作風に目を奪われてはいけない。その深層では、少年事件のよりよい解決に向けた著者ならではの真摯な姿勢が隠されていることを見逃してはならないのである。

 

    最後に、私はその片鱗として子どもたちの歪んだ集団性を的確に指摘している、陣内の次のような言葉を取り上げたい。…「子供のことを英語でチャイルドと言うけれど、複数になるとチャイルズじゃなくて、チルドレンだろ。別物になるんだよ。」

 

追伸;神崎さん、やっと『チルドレン』を読みましたよ。そして、柚月裕子さんの『あしたの君へ』とは違う、伊坂幸太郎さんの小説の妙味を実感し、また新たな読書の愉しみ方を見つけることができました。あの時のコメントが、私の背中を押してくれました。本当にありがとうございました。いつか機会を見つけて『デシート』も読んでみたいと思っています。