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運動習得能力の低い者に対する個に応じた指導について

    ここのところ、障がいのある子や運動の苦手な子に対する指導法の工夫例について書く記事が続いた。その要締は、「個々の子どもの障がいや発達の特性や行う運動の構造的な特性を踏まえて、少し努力すれば達成する課題を設定して解決させながら、ステップ・バイ・ステップで上達させるようにする指導を行うこと」である。その際に問われるのは、そのような指導を行うことができる教師の資質や力量である。

 

 そこで今回は、障がいのある子や運動の苦手な子に対する指導法を工夫することができる教師に求められる資質や力量に関する内容について、以前に読んだ論文『スポーツがうまくできない者の運動感覚世界に入り込む個に応じた指導を考える』(鵜川是著)を参考にして書いてみたい。

 

 著者の鵜川氏は、体育学・スポーツ運動学を専門としている地元の国立大学教育学部保健体育科の元教授である。氏と出会ったのは私が附属小学校勤務をしていた頃なので、かれこれ30年ほど前になる。出会った当時は教養部在籍だったと思うが、その後の学部再編によって教育学部に配置転換になった。私は氏の研究室を時々訪ね、「学校体育のスポーツ指導」に関してそれぞれの思いや考えをとりとめもなく語り合った。その際に、氏がしきりに話題にしていたのが、「学校体育における二極化の要因とその改善策」であった。

 

    私が今回改めて読み返した論文は今から18年ほど前に提出されたものだが、そのような問題意識の下に執筆され、特に「運動習得能力の低い者に対する個に応じた指導」について具体的に記述されている。少し抜粋してみよう。

 

 「…教師は(運動習得能力の)低い者の生の動きを観て、彼の今までの運動経験などを含む能力状態、彼がその技に持っているイメージ、彼の性格などを感じ取り、今の仕方を繰り返し練習してもできるようになれないことや修正する箇所などを見極めて、課題を変更する、『ここをこんな感じでこうしたら』と指示や示範をする必要がある。(動きの大きさや軌跡など目に見える)動きの形について指示を出すには、教師がある程度の運動知識を持っておればできることかも知れない。しかし(力の入れ方、動きの速さ、始動のタイミングなど感じ取る)力動感については、教師が低い者の生の動きを観ながら教師の身体内に彼と同じ段階の課題を彼の身になってしている積もりでの力動感を呼び起こす『運動共感』をし、教師の力動感と彼の力動感とを比べて適切な指示を出す必要がある。」〈( )内の言葉は、読み手が分かりやすいように私が補足した内容〉

 

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    ここで述べている内容は、「一人一人の内側で感じている運動感覚を大切にした指導」、つまり「一人一人の運動感覚世界に入り込む個に応じた指導」を具体的に述べたものである。そして、このような指導を教師ができるようになるためには、「教師がその技を覚え始めた頃の、できれば前述の歩き始めに当たる段階辺りの技の動き方の運動感覚的なことを持っていること」が重要になるのである。さらに、技ができるようになるためには「低い者が身体と対話すること」がどうしても必要になる。その内容については、次のように述べている。

 

 「今どのような動き方(特に力動感)をしたかを筋感覚などで自己観察して、教師の指示や示範と何処がどう違うのかを感じ取ること、今の動き方が心地よかったかどうかを感じ取ること、今、目指している目的意識が自分の今の能力状態に適切かどうかを自問することなどである。」しかし、このような「自分を見つめること」を低い者は出来にくい。そこで、「最初は教師ができるだけ彼らの『身になって』教師自身の身体と対話して、彼らに身体と対話させる必要がある。」そして、「両者が身体と対話したことの『摺り合わせ』をその低い者にさせることが、ここで言う個に応じた指導と学習」なのである。

 

 最後に、今までの学校体育において特に運動習得能力の低い者に対する個に応じた指導が少なかった要因を分析している箇所がある。そこでは、その背景にある「自然科学的な運動研究や心身二元論で人間を捉えていること」の問題点を指摘しており、私は我が意を得たりの心境になった。また、その問題点を克服する道を(その場で問題になっている事柄に関しての納得点を、その場にいる者たちの主観と主観の間で探し出すと考える)「現象学的な考え方」に見出そうとしており、哲学や倫理学に興味をもっている私にとって明るい展望が開けた。今後、フッサールを祖とする「現象学」について学び直し、「運動習得能力の低い者に対する個に応じた指導」の在り方について追究したい。そして、障がいのある子や運動の苦手な子に対する指導法を工夫することができる教師に求められる資質や力量について、実践的な研究を参考にしながら積極的に提言していきたい。