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「愛」の本質について~苫野一徳著『愛』から学ぶ~

    当ブログの中では比較的短いタイトルであるし、前期高齢者としてはあまりに青臭いと思うが、実は今回の入院生活において私が一番感銘を受けたのが『愛』(苫野一徳著)という哲学書であったので、敢えてこのタイトルにした。想い起せば、私自身が若い頃に大いに悩んだテーマの一つが「愛」の本質であったのだ。既に懐かしく淡い思い出の一コマになってしまっているが、私は恋人(現在の妻のこと)との恋愛関係を通して「真の愛とはどのようなものなのか?」という切実な問いを確かにもっていた。そして、路上に駐車した車の中で何時間もかけて二人で「愛」の本質について対話を重ねたことを思い出す。今から思えば当時は断片的な知識と情熱的な思いでしか語ることができなかったが、今回『愛』(苫野一徳著)をベッドの上で読みながら私は当時漠然と考えていたことが活字として明確に表現されているという実感を得ることができた。読後、私はとても爽やかな気分に浸ることができたのである。

 

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 そこで今回は、本書から学んだ「愛」の本質について私なりにまとめながら、簡単な所感を綴ってみたいと思う。

 

 まず、著者について少し触れておく。当ブログでも苫野氏の著書や対談記録等を取り上げた記事を何度も投稿しているので読者の皆さんもよく知っていると思うが、彼は現在、熊本大学教育学部准教授を務めている教育学者であり、文芸・音楽評論家であり哲学者でもある竹田青嗣氏を師と仰ぐ哲学徒でもある。その著者がかつて「人類愛」の啓示を受け、深い恍惚状態にあったが、その後、哲学に本当の意味で出会ってから“教祖”をしていた「人類愛教」は崩壊したらしい。そして、自分に「人類愛」の霊感を与えたのは、自分自身の孤独の不安や苦悩を打ち消したい欲望によって作り上げられた幻影だったことを悟ったと言う。さらに、「人類愛」のような反動的なロマンとしての「愛」の思想は、真面目な悩める若者に典型的な思想であることに気が付いたとのこと。ここから著者の「愛」の本質解明への挑戦が始まったのである。それから20年もの間、思索し続けてきた成果が本書に結実したのである。

 

 したがって、本書の中心的主張は何と言っても「愛」の本質解明、つまり哲学が解き明かした「ほんとうの」愛のすがたなのである。以下に、そのエッセンスをまとめてみよう。

 

 著者は、青年期の思想を象徴する“素朴なロマン主義”“愛の理想理念化”“ロマンに敗れたニヒリズム”などは、「愛」の本質洞察につながるのではなく、あくまで「愛」の幻影にすぎないと主張する。また、「愛」の“非利己性”を否定するのも早計であると言う。さらに、「愛」の本質洞察を困難にする理由として、「愛」の“理念性”があると断言している。したがって、「愛」の本質を洞察するためには、まずは自らの「愛」の経験を確実に捉え、それを言葉に表し、その普遍性を問い合わなければならないのである。これは、「愛」に対して現象学で言われる本質観取を行うということである。そして、著者はこの知的営為を通して得た結論として、次のようにまとめたのである。

 

○ 「愛」の根本本質は、「合一感情」と「分離的尊重」弁証法であり、それがより高次になればなるほど、「存在意味の合一」(相手が存在しなければ、わたしの存在意義もまた十全たり得ないとする確信)と「絶離的尊重」(相手は“このわたし”には決して回収され得い個別的存在であるとする確信)の弁証法(矛盾的・対立的観念のいわば高次の綜合の意味)へと高まっていく。

○ [愛]の本質契機は、その理念的な「歴史的関係性」(“このわたし”を受容し肯定してくれてきた関係性)であ る。

○ “真の愛”の根本本質は、「自己犠牲的献身」(単なる自己満足に回収されることのない献身)である。

 

 最後に、“真の愛”が可能になるのは、自己不安とその反動ゆえのナルシシズム(自己の価値への過剰な執着)を乗り越えることと、わたしはこの人をわたしとは絶対的に分離された存在として尊重するという「意志」をもつことという、二つの条件を満たす必要があると著者は言う。そうなのだ!「愛」は育て上げるものなのである。私は「その通りだなあ…。」と深く納得した独り言がつい口から出た。本書は、新書版ではあるが真の哲学書なので、概念的な用語が多く、抽象的な言語に馴染んでいない方にはやや難解な感じを持つかも知れないが、決して難しくはない。むしろ「愛」を実感した体験や経験を持ったほとんどの方には内容的には分かりやすい書だと思う。私の今年一番のお薦め本なので、ぜひ手に取ってほしいと願っている。