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上質の歴史小説は面白いなあ!~葉室麟著『実朝の首』を読んで~

 今月8日(日)、松本潤主演のNHK大河ドラマ「どうする家康」の初回放送を視聴した。今までの徳川家康像とはかなり異なるイメージだったからか、ちょっと拍子抜けした感じだった。また、テーマ曲も題字も、豊かな感性に乏しい私には少し違和感があった。多くの視聴者は、どんな感想を持たれただろうか。因みに平均世帯視聴率は、15.4%(関東地区、速報値/ビデオリサーチによる)だった。前作の小栗旬主演「鎌倉殿の13人」の初回が17.3%だったらしいから、1.9ポイントのダウン。この10年間でも、2018年の鈴木亮平主演「西郷(せご)どん」と同率の最下位になっている。今後、「どうする家康」をどれだけの国民が視聴するか注目していきたいと思う。・・・「どうする視聴者!」

 

 ところで、「鎌倉殿の13人」の脚本家が三谷幸喜氏だったこともあり、私は前作をずっと視聴し続けた一人であるが、物語終盤の展開では幾つかの史実に関する三谷氏の解釈の面白さを味わうことができた。例えば、最終回において伊賀の方によって毒を盛られた北条義時が解毒薬を求めている場面で、北条政子がそれを飲まさずに見殺しにしてしまったこと。我が子である頼家や実朝が殺された背景にある義時の関与を知るに至った政子の複雑な心境を踏まえたこの意外な顛末は、三谷氏の独自な解釈に基づいたものなのではないだろうか。私は、鎌倉幕府の屋台骨を背負ってきた北条氏の肉親間の愛憎織りなす葛藤が表わされていたと思い、意外ではあったが納得できる結末だと思った。

 

 それに対して、私が三谷氏にもう少し深く取り上げてほしかった事柄がある。それは、鶴岡八幡宮鎌倉幕府の三代将軍・源実朝が、甥の公暁によって暗殺された後の顛末、つまり「実朝の首」は誰に持ちされたのかということ。歴史ファンなら周知の事実だと言われている、この謎についての三谷氏独自の解釈による脚本を見たかった。私は、年末年始の時期を過ごしながら、少しモヤモヤした気分を持ち続けていた。そして、今回の「どうする家康」の初回放送を視聴した後に、思い出したのである。確か直木賞作家の葉室麟氏が著した歴史小説の中に、この事柄を取り上げた作品があったような気がする。私は早速、書店に出掛けて探してみると、あった、あった!そのタイトルもそのままの『実朝の首』だった。私はすぐに購入し、例の如く就寝前後の時間を活用した読書の対象にして、つい先日読了した。

 面白かった!この作品も、三谷氏とは異なる葉室氏独自の解釈に基づいた「実朝の首」の行方をテーマにした歴史的エンターテイメントになっていた。しかし、それは単に娯楽的な楽しみだけを追究しているのではなく、豪族の三浦義村や幕府執権の北条義時を実朝暗殺の黒幕ととらえる歴史学の定説を踏まえながらも、今までにない歴史ドラマを描いているのである。私は、歴史上の人物の相関図をきちんと把握することや、歴史的な官職名や人物名等に馴染むことなどが苦手なので、どちらかというと歴史小説は避けがちであった。そんな私でも、本作品を読み進めるうちに物語の展開にぐいぐい引き込まれてしまったのである。

 

 本作品においては、「実朝の首」を持ち逃げしたのは、三浦義村の一族で公暁の乳母子に当たり、それまで公暁に仕えていた15・6歳の美少年の弥源太。ではなぜ弥源太なのか。その理由の一つは、とある事情で公暁と義村に恨みを抱いていたことである。その詳しい事情は本書に委ねたいが、「実朝の首」を弥源太が持ち逃げした後の展開が大変面白い。まず、隠していた首が、武常晴という武士に取られたのである。そして、常晴に連れて行かれた波多野忠綱の廃れ屋敷で、先の和田合戦では和田方として大暴れした朝夷名三郎と出会う。さらに、謀反人として幕府に討たれた和田義盛の嫡孫・和田朝盛たちも加わり、「実朝の首」を幕府や朝廷から死守しようとして・・・。

 

 「実朝の首」を巡って、上述したような和田一族の残党、北条政子や義時を中心とする鎌倉幕府、そして後鳥羽上皇を中心とする京の朝廷という三勢力の駆け引きと戦いが繰り広げられるストーリーは、本当にワクワク感をもって読み進めることができた。その背景には、著者が権力者の恣意による正史と、名もなき民衆の願望による稗史のどちらにも目配りし、きちんと考察した上で自分なりの歴史を構築して本作品を創作しているので、それが物語に重厚さと説得力を加えているのである。だから、なおのこと面白さが増すのである。

 

 私は中・高の社会科教員免許を取得しているが、卒業したのが商業高校の商業科だったために日本史を学習しておらず、大学でもあまり日本史の講座を取っていなかった。だから、日本史に対する深い理解が足りず、どちらかと言えば苦手な分野である。しかし、NHKの大河ドラマには興味があり、特に戦国時代や幕末の動乱期に活躍した歴史上の人物が主人公になった作品の時は今まで必ず視聴してきた。確かな史実に基づく歴史と、大河ドラマ歴史小説で描かれる創作に基づく歴史とが異なるのは当たり前だが、歴史を題材としている点では共通である。本作品のような上質な歴史小説を手掛かりにして、歴史学に対してもっと積極的にアプローチしてみたいなと考えている今日この頃である。