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思春期のADHD児に対する支援について~小栗正幸著『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』から学ぶ~

 今年も早や2月を迎え、本年度は後2か月ほどで終わる。本年度の勤務状況について振り返るにはまだ早いかもしれないが、特別支援教育指導員として昨年度とは少し内容が異なる教育相談を担当することがあったので、今回はそのことについて綴ってみようと思う。

 

    その教育相談というのは、中学1年生のADHD(注意欠如・多動症)児に関するものである。一つ目の事例は、昨年の4月、入学式を終えてまだ2週間ほどしか経っていない時期に、市内のある中学校から「1年の男子生徒2名(A君とB君)が授業中に立ち歩いたり、

教室を飛び出したり、高所に登るなど危険な行為を繰り返したりする。また、注意をしても反抗的な言動を取ってしまうために、教員の中には体調を崩す者も出ているので、適切な支援の内容及び方法等について教えてほしい。」という主旨の申請が出された。

 

 そこで、私たち指導員二人は訪問等の日程を調整して、4月下旬にまずA君の学校生活の様子を行動観察しに行くことになった。参観した「キャリア教育」の導入部分の総合的な学習の授業では、A君は自席に5分間も座っていることができず、ほとんどの時間は小学校から仲の良かったC君の席の横に座り込んで何かと話し掛けていた。二人は授業中にもかかわらず、勝手にふざけたりおしゃべりをしたりしていた。担当教員が何度か注意した時に、二度ほど自席に戻ったが、A君は配布された職業適性チェック表の項目をほとんど読むことなく、適当に丸印を付けているような様態だった。

 

 もう一人のB君の様子を行動観察しに行ったのは、5月の連休明けだった。参観した理科の授業では、最初B君は自席でグルーブの友達にしゃべりかけたり、手遊びをしたりしていたが、グループ活動になってからは離席して室内の実験道具等を勝手に触ったり、教室内外をうろうろと立ち歩いたりするなど、多動性が目立っていた。ただ、他のグループに行って課題解決のヒントを教えたり、担任教員から頼まれて結果発表のためのパソコン操作を熱心にしたりするなど、授業へ参加しようとする言動も見られた。

 

 このB君は、もともと小学校低学年の頃から多動性や衝動性の強い言動が見られ、医師からADHDと診断されていたが、中学校入学後にちょっとした行動を教員から厳しく叱責たれたことをきっかけにして、その言動が激化してしまった。また、A君は小学校6年生の卒業間近になってから教室を飛び出すようになったらしく、中学校入学後に教員から厳しく叱責されたことをきっかけに学校での言動が悪化してしまったので、保護者が心配して医療機関を受診させたところ医師からADHDと診断されたのである。

 

 二人ともADHDという発達障害をもっていたのは事実ではあるが、私たち指導員が行動観察に行った時はまだその特性が現れていて、二次障害が出ている状態だと思わなかった。だから、私は1年部の教員に対して、視聴覚の刺激の少ない環境づくりやできるだけ誉めること、トークンエコノミーの原則を活用した行動改善の具体的手立てなどの支援の方法についてアドバイスをした。また、保護者と密に連絡を取り合い、支援の方針について共通理解を図って、家庭でも協力してもらうように話しておいた。

 

 しかし、学校は2学期末にはA君とB君、それとC君も含めた3人の適切な学びの場についての教育相談の申請をしてきた。その訳は、1学期の教育相談後に3人とも保護者の了解を得て、特別支援学級に体験入級させて個別指導をしようしたが、結果的にタブレット端末で動画を見ているだけで学習に取り組もうとしなかったこと。正式に特別支援学級に在籍しないと指導する教員がいないので、現状をただ放置しておくことしか方策がないとのこと。私はその後の具体的な支援内容を聞いた時、もっと1年部の教師集団が保護者と一緒に知恵を絞って3人の生徒を根気強く支援し続けてほしかったと、強く思った。結局、3人を通常の学級から排除しただけの結果ではないのか。

 

 続いて、二つ目の事例を紹介しよう。2学期末の時期に市内の別の中学校から「ADHDと診断されている1年生D君が、授業中に勝手に立ち歩き、友達の学習を邪魔したり暴力を振るったりする。また、教員の指導に対して暴言を吐いたり、胸倉を掴んだりするので、手の打ちようがない状態になっている。適切な支援の内容及び方法等について教えてほしい。」という主旨の申請が出されたのである。

 

 そこで、私たち指導員は2週間後に2学期の終業式を迎えようとする時期に、D君の学校生活の様子を行動観察しに行くことになった。学校に着いた時はまだ休憩時間だったが、D君は他のクラスに入って同級生をヘッドロックしてふざけていたが、その男子生徒は苦しそうな表情をして「止めろや。」と叫んでいた。そこに、学年生徒指導担当の男の先生がやって来て、叱責したところD君は反抗的な言葉を吐いてその教員の胸倉を掴んでいた。そうこうするうちにチャイムが鳴ったので、次の社会科授業を担当する生徒指導主事の男の先生がその仲裁に入るようにして、D君を自教室へ連れて行った。

 

    次に、参観した社会科の授業では、D君は授業妨害するような言動を繰り返し、友達の学習を邪魔していた。また、わざと卑猥な言葉を発したり、参観していた指導員や担任の教員に対して挑発するようなことをしたりしていた。そこで、年が明けた正月5日に1年部の教員たちから入学から今までのD君の様子の変化やそれに対する学校の対応についての経緯、家庭情況等について話を聞くと、最初は教員が厳しく叱責するような対応をしていたことが分かった。おそらく、今までのD君への支援の仕方が適切ではなかったことが、ADHDの二次障害を悪化させたのであろう。さらに、現在のD君の素行についても、本人が所轄の警察署の生活安全課にお世話になったことを自慢そうに話していたので、校外でも他校の悪友たちと一緒に非行をしている様子が伺われるとのことだった。

 

 私は、このD君の状況は「特別支援教育」の範囲を超えて、「生徒指導」の範囲になっているのではないかと思った。しかし、1年部の教員たちやD君の保護者との教育相談もする予定になっていたので、何か有益な話をするための研修をする必要を感じた。ネット検索による情報の中で、『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』(小栗正幸著)という本を見つけた。発刊年は少し古かったが、私の必要感に応えるには最も有効な本ではないかと思い、馴染みの古書店で手に入れて目を通した。

 本書によると、思春期のADHD児が二次障害を起こしそうになったり、すでに起こしたりした時には、「約束事項」と「禁止事項」を区別して指導することが大切であると強調されていた。それぞれの指導のポイントを、次に簡潔にまとめてみよう。

◆「約束事項」の指導のポイント◆

① 指導者も子どもも「約束事項」に関する「同意契約書」を作成し、お互いに持つ。

② 契約書には、「約束が履行されたか、されなかったか、いずれの場合でも〇〇君と△△さん(指導者)が所定の記録用紙に記録することによって証明される。」と明記する。

③ 子どもと一緒に考えた記録用紙の様式も明示する。

④ 「約束事項」は、毎日のように起こることの中から子どもとの話し合いで決める。その際、スモールステップを踏むような内容も考慮しておく。

⑤ 「約束事項」は「禁止事項」ではないことに注意する。

⑥ マンネリ化を防ぐために、契約期間も取り決めておく。

⑦ 「約束事項」指導の動機付けとして、約束を守った時のご褒美(報酬)も取り決めておく。

⑧ 約束を破った場合の罰則も取り決めておくが、罰則にならないような警告カードを有効に活用するとよい。

※ 「約束事項」の指導は子どもたちに「約束を守る練習をさせること」が目的なので、「子どもが約束を履行しやすくするための工夫」が必要である。

◆「禁止事項」(非行)の指導のポイント◆

① 非行発覚直後には、子どもに「非行は絶対にしてはいけないことだ。」と事実のみ伝える。その際、「〇〇君も分かっている通り」と付け加える。反対に、「〇〇君が分かってくれていて嬉しかった。」とか「気づいてくれてよかった。」とかの肯定的な表現は絶対に言わないこと。また、この段階でやってはいけないのは、「非行について説諭すること」である。

② 謝罪は絶対に保護者同伴で行う。被害者に頭を下げる保護者の姿を子どもに直視させることに大きな意味がある。

③ 反省のさせ方については、子どもの視点を過去ではなく、現在を起点とした未来に向けることが重要である。最初に行う教示は、「〇〇君が再度非行を惹き起こした場合と、非行を起こさなかった場合とで、君と家族との関係、君と学校との関係、君と友達との関係、そして君の進路はどう違ってくるか考えてみよう。」である。このやり方を効果的にするには、内容を小分けにして、度々想起させることである。

※ 「禁止事項」の指導における反省のさせ方は、自分の行動の結果を考える練習であり、未来を適切に構成するための練習にあたる作業である。

 

 私はこれらの指導のポイントをもとに、1年部の教員たちにアドバイスをしたことは言うまではない。