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弱い心を癒してくれそうな「珈琲屋」の熱いコーヒーを飲んでみたいなあ!~池永陽著『珈琲屋の人々―どん底の女神/心もよう―』を読んで~

    つい2週間ほど前まで夏日が続いていたと思っていたら、最近は最低気温が10℃を下回る日があり、あっという間に晩夏から晩秋、いや冬になってしまった感じがする。もうこの時期なので、当然と言えば当然なのだが・・・。日本の四季は本当になくなってしまうのだろうか。我が国に長く伝えられてきた季節に対応した繊細な感性や情緒性は、衰えていってしまうのだろうか。俳句の季語は、どのように変化していくのだろうか。近年の地球温暖化に伴う異常気象の影響は、日本人の精神性や文化の在り方まで根本的に変化させるのかもしれない…などと、取り留めのない思いを転がしてしまう。

 

 結局“読書の秋”を味わうことがなかった今週初め、私は気軽に読める現代小説の世界に浸ってみたいという気分になった。さて、何を読もうかと迷っていたら、「寒くなってきたら、熱いコーヒーが飲みたくなるなあ。そうだ、熱いコーヒーが象徴的に描かれているあのシリーズの小説を読もう。」と、心の中で自然に呟いていた。勘のいい読者の皆さんなら、もうお分かりですよね。そうです、池永陽の『珈琲屋の人々』シリーズです。私は、シリーズの3冊目まで(サブタイトル2作目「ちっぽけな恋」、3作目「宝物を探しに」)読んでいたので、今回は第4作目「どん底の女神」、第5作目「こころもよう」を読むことにし、いつものように寝床の友にしてここ数日間を過ごして、昨日読了した。

 そこで今回は、その2作品の簡単な内容概要と私なりのワンポイントの読後所感を綴ってみようと思う。

 

 本シリーズの主人公は、総武線沿線の商店街にある喫茶店「珈琲屋」を営む宗田行介。行介は、過去に義憤にかられて人を殺め、8年間の懲役に服した過去を持っている。そんな行介の幼馴染であり、同じ商店街で「アルル」という洋品店を営むプレイボーイの島木、そして行介と過去に付き合っていた「蕎麦屋・辻井」の一人娘で、今でも行介のことを愛し続ける冬子が、「珈琲屋」の常連客であり本シリーズのレギュラーである。本シリーズは、そんな店にやってくる様々な闇や事情を抱えた人々の物語と、行介と冬子の物語を絡ませて描いたものである。

 

 「どん底の女神」では、「イル」という犬と一緒に河川敷の茂みの中のトタン屋根の仮設小屋で暮らしている67歳になる元ホテルマンの米倉、一重瞼の細い目ゆえにあだ名をつけられ突然いじめのターゲットになった女子高生、父親から虐待を受けて育ち今ではほぼ引きこもり状態になっている40代の男、誰をも惹きつける笑顔だけして取り柄のない自分と向き合うことを拒み自ら「ニート」と名乗っている27歳の青年、夫の浮気を疑い自分も年下の男と浮気をして夫に復讐しようと目論む42歳の女、中期の胃癌だと宣告された47歳のサラリーマン、半グレ集団の男から否応なしに犯罪に加担させられている自称医大希望の女子受験生が主人公になっている。そんな現代の社会問題を映し出すようなドラマの主人公たちが、殺人という罪を犯した行介が営む「珈琲屋」へやってきて、熱いコーヒーを飲む。私は、その場面を想像するのが好きである。

 

 また「心もよう」では、馴染みの三人のメンバーに、刑務所で行介と出会い、行介を兄貴と慕う順平と、『伊呂波』という曰くつきのおでん屋の新しい女将になった理央子が加わる。行介は、この新しい二人のメンバーの目に似たような暗い眼差しを感じる。そして、実際に二人には暗い過去の秘密があり、そのドラマの顛末は巻頭の「それから」とそれと呼応する終章の「これから」を中心にして展開されているので、未読の読者はぜひ楽しみに読み進めて行ってほしい。また、それ以外の「年の差婚」や「女同士」「商売敵の恋」等では、やはり現代の社会問題に因んだドラマが描かれている。そして、それぞれに悩みや闇を抱えた主人公たちは「珈琲屋」を訪れる。その訳は、殺人を犯した行介を見に来て、自分の中にある暗い闇を何とかしたいからである。それに対して、行介は悩み苦しむ人々が、自分のように殺人を犯してしまわないようにと願って、店自慢のブレンドコーヒーを「熱いですから」という朴訥な一言を添えて出すのである。

 

 私は、この熱いコーヒーこそ行介の心の中にある“熱い思い”を象徴していると思う。だからこそ、本シリーズ名は「珈琲屋の人々」なのではないか。私もたまに他人を羨んだり憎んだりする弱い心になりそうな時がある。そんな時には、私の弱い心を癒してくれそうな「珈琲屋」の熱いコーヒーを飲んでみたいなあ!寝床の中で本シリーズの第4作目と第5作目を読みながらウトウトしていると、私が「珈琲屋」のカウンター席に座って、行介の出した洒落た柄のあるコーヒーコップを両手で包み込むように持って、熱いコーヒーを少しずつ啜っている場面が頭の中に浮かんでくる。これが正夢になったら、どんなに幸せな気分に浸ることができるだろう・・・。