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「人生・生き方」「教育・子育て」「健康・スポーツ」などについて考え、雑学的な知識を参考にしながらエッセイ風に綴るblogです。

入院生活を一人旅としてとらえる~帚木蓬生著『閉鎖病棟』をきっかけにして~

   昨年12月から当ブログを運営してきて以来、この1年間で記事の投稿間隔が2週間ほども空いたのは今回が初めてである。その理由は私の怠慢という訳ではなく、その間に思わぬ入院生活を余儀なくされたからである。

 

…先月27日(水)の夕食後しばらくして、私は便意を催す急激な腹痛に襲われた。しかし、なかなか思うように排便することができず、何度もトイレに駆け込んだ。腹痛を耐えて額から汗が噴き出す中、5、6回のトイレ通い後にやっとホッとできる状態になった。少し左下腹部に不快感を覚えたが、当夜は夜具の中に身体を滑り込ませた。ところが、その不快感は夜通し続いたので、あまり満足な睡眠が取れなかった。仕方なく朝方になって寝床から起きて便座に腰を落とすと、何と!下血してしまったのである。「あっ、5年前と同じだ!」

 

…教職生活最後の年度に入って1か月ほど経った頃、本県義務教育教職員の教育研究団体の会長に選任されてちょうど1週間後、教育関係団体の定期総会に来賓として出席しなければならないその時期に、今回と同様な症状に見舞われたことがあった。その日は土曜日ということもあったので、私は市内の救急病院に駆け込み、即日入院した。断食と点滴治療によって下血を止めながら、病院に外出許可を得て何度も各種の定期総会に出席したことを思い出す。幸い約1週間後に無事に退院できたが、本当に綱渡りのような日々を送ったことを経験したのである。

 

 私は当時のことを思い出し、下血をした日の午前10時過ぎには5年前に受診した病院へ着いた。きっと長い時間待たされるだろうと覚悟していたが、当日の消化器内科担当の男性医師に診察してもらったのは、意外に早く11時前だった。医師による問診や触診等の結果、前回と同様に即日入院することになった。その後、指示されたX線やMRIの画像検査等をした上で担当看護師が私を迎えに来てくれたのは、もう正午近くになっていた。そして、入院棟7階4人部屋の入口右側のベッドまで案内され、病衣に着替えてベッドに横になったのは午後0時半だった。その後、すぐに始まった点滴治療を受けながら、私は病室の真っ白な天井を見た。何だか非日常的な感覚だった。まだ左下腹部に不快感はあったが痛みは感じなかったので、私は数日前から読んでいた『閉鎖病院』(帚木蓬生著)の栞を挟んでいたページを開けて読み始めると、すぐに物語の場面や当時人物の情況が頭の中に浮かんできて、物語世界に徐々に浸っていった。

 

 本書は、長野県のとある精神科病棟を舞台として、それぞれが重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たちのリアルな日常を患者の視点から淡々としつつ優しさに溢れる語り口で著した人間ドラマ。山本周五郎賞を受賞した著者会心のベストセラー小説である。本年11月1日には、本書を原作に笑福亭鶴瓶綾野剛小松菜奈などをメインキャストにして映画化された『閉鎖病棟―それぞれの朝―』が劇場公開されている。私は、この映画をぜひ観たいと思ったがなかなか都合がつかないので、まずは原作を読んでみようと本書を手に取ったという次第である。

 

 さて、本書の中の次のような一節を病院のベッドの上で読んだ時に、私は自分が入院生活を送るようになった実存的な実感をうまく言い表していると思った。

「…それが病院に入れられたとたん、患者という別次元の人間になってしまう。そこではもう以前の職業も人柄も好みも、一切合切が問われない。…」

そうなのである。私が実感した非日常的な感覚とは、このような感覚だったのである。しかし、著者がこの一節で表現しようとしているのは患者という立場の「非人間性」であり、その「閉鎖性」だと思うが、私はそれとは別の感覚も味わった。それは、見知らぬ土地を一人旅する旅人という立場の「匿名性」であり、「開放性」の感覚だったのである。自分のアイデンティティーを喪失するような体験は、ともすると「負の側面」で語られることが多いが、私は近代的な自我の硬直性から脱構築するという「正の側面」から語ることも大切ではないかと考え、今回の入院生活の在り方を問い直すことにした。

 

 そのような思索の中で、私は「思わぬ入院生活を送ることになったが、ここは入院という一人旅をすることになったととらえよう。」と思わず呟き、今まで読みたかったがなかなか読む時間が取れなかった積読本をできるだけ入院旅のベッドの上で集中して読もうと思ったのである。その結果、今月5日に退院するまでの実質1週間、純文学・時代小説・推理小説哲学書等の多ジャンルの本を読むことができた。そこで、次回から数回にわたって、この読書によって自分なりに考えたことを順次、記事に綴ってアップしていきたいと思う。読者の皆さん、乞うご期待ください。(というほどの内容にはならないと思うが…)