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介護の本質とは…~三好春樹著『介護のススメ!―希望と創造の老人ケア入門―』から学ぶ~

 先日、介護福祉士の資格をもつ方による「介護のこころ」と題する講演をたまたま聴く機会を得た。約2時間の講演だったが、認知症の高齢者を介護した豊富な経験談をリアルに再現するような巧みな話術に引き込まれている内に、あっという間に時間が過ぎた。笑いを誘いながらも、認知症の高齢者の実態に応じた介護の在り方について熱く語ってくれたので、私は次第に思考を深めていった。改めて介護の本質について追究してみたい気持ちがより高まってきた。

 

 そんなこともあって、私は前回の記事で予告した理学療養士で「生活とリハビリ研究所」所長の三好春樹氏の著書を、最近読んだ。ちくまプリマー新書の『介護のススメ!―希望と創造の老人ケア入門―』である。ちくまプリマー新書は、プリマー(primer)が「初歩読本、入門書」を意味する通り、筑摩書房ヤングアダルトを対象として出版した新書。どの本も各テーマに即した内容のポイントを要領よく整理して、大変分かりやすく表現されている。本書は、特にその特徴が表れていた。私は数日間で読了し、著者の介護論のポイントを知ることができた。そして、私なりに介護の本質をつかむことができた。

 

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 そこで今回は、本書の中で特に私が共感した内容の概要をまとめつつ、私なりにつかんだ介護の本質について綴ってみようと思う。

 

 学生運動にかかわったことで卒業寸前に退学処分を受け、高校中退という学歴になった著者の三好氏は、数々の職業を転々としたと言う。そして、24歳の時に偶然、介護の世界に入ったそうである。勤務先は、交通の便が悪い場所にあった特別養護老人ホーム(以下、特養ホーム)。当時、特養ホームは入所者が「もう一度生きていこう」という気持ちを起こすような介護が行われていなかったので「姥捨山」と呼ばれていたそうだが、著者が働くことになった施設は入所してくる老人が元気になっていく。その理由は「老人が嫌がることをしない」という介護だと、著者は次第に気付いていく。介護者たちは「老人が嫌がることをしない」ために、例えば入浴を嫌がる老人の心理への「想像力」や老人の世界に沿うような演技力を含めた「創造力」を駆使して、様々な創意工夫をしていたのである。このことが、介護の仕事を楽しくし、よりよい介護をつくり出していたのである。私は、著者が気付いたこのシンプルな介護論に強く共感するとともに、ここにこそ介護の本質があると確信した。

 

 また、著者は医療やリハビリが「人体」に関わる仕事なのに対して、介護は「人生」に関わる仕事だと言っている。つまり、介護という仕事は「こんな体になったけど生きていてよかった」と思えるような体験をしてもらうことなのである。だから、介護が目指すべき方向は、医療やリハビリの評価軸である「専門的」「科学的」「客観的」という方向でいいとは言えない。むしろ「自発的」「主体的」「個性的」「個別的」という評価軸を大切にしていく方向こそ求められる。また、これからは医療やリハビリという「人体」に関わる仕事も同様な方向が必要とされるのである。私は、著者の介護という仕事に対する考え方について知り、大きく頷いていた。介護のみならず医療やリハビリの分野でも、利用者や患者たちの実存性をもっともっと大切にしてほしいと強く願っている。

 

 さらに、著者は認知症の人たちに対しても、「見当識障がい」や「記憶障がい」がありながら、その人らしく暮らしていくこと、生きていくことを支えるのが介護の仕事だと語っている。そして、そのような介護ができるには、まず介護者が興味をもつのは脳ではなく、その脳が作り上げている世界の方だと言い切っている。言い換えれば、介護者は「見当識障がい」をあってはならない異常と見るのではなく、「見当識障がい」の中身=「見当識変化」に興味をもつことが大事なのである。著者は、認知症の定義を「老化に伴う人間的変化」ととらえている。つまり、原因が何かはひとまず置いておいて、脳が作る世界で起こっていることを現象として見るという現象学的定義を採用している。私は、この認知症の定義について大いに共感するとともに、教育現場における子どもたちの問題行動に対する姿勢と共通するなあと共鳴した。

 

 最後に、著者は介護という仕事の魅力「3K」について語っている。その一つは、「感動」。入所してずっと無表情だったお婆さんが初めて笑った。食べなかった人が、自分の手でスプーンを口に運んだ。もう一回この体で生きていこうという気持ちになったのである。それに立ち会えたし、自分がそのきっかけになっているかもしれないのだから「感動」である。二つ目は、「健康」。食事、排泄、入浴の仕方について老人主体のやり方をすれば、介護で腰を痛めることはなく、より体を動かすから運動量は多い。高い入会金を払ってスポーツクラブに通ってトレーニングする必要はなく、「健康」の保持増進を図ることができる。三つ目は、「工夫」。介護は人の「人生」に関わる仕事。利用者たちは一人一人みんな個性的だから、単にマニュアルに頼るのではなく創意工夫が大切になる。だから、介護はやればやるほど、自分の「想像力」と「創造力」を豊かに駆使して「工夫」をしていく仕事なのである。私は、介護という仕事を誤解していた。今まではどちらかと言えば、別の意味の「3K」である「きつい」「汚い」「危険」な仕事ではないかと思っていた。しかし、本書を読んで著者の介護職に関するとらえ方を具体的に知るに至り、その認識は再構成された。

 

 読者の方々も、介護の本質を知れば知るほど、介護の世界は魅力に満ちたものになるのではないだろうか。また、在宅介護でご苦労をして疲れ切っている方々も、本書を読めば追い詰められている心が少しは軽くなるのではないだろうか。実際に在宅介護の過酷さや大変さを体験していない私が言っても説得力はないが、著者のように長年にわたって介護現場で体験を積み重ねてきた方の生きた言葉は、きっと一人一人の心に届くと信じている。